大晦日や節分の夜、首切れ馬に乗って現れるという徳島の鬼。出遭うと投げ飛ばされる。

Navian 「青雲橋(徳島県三好市山城町)」 2010年 / パブリックドメイン 出典
夜行さんとはどんな妖怪か
夜行さんの漢字表記と読み方
読みは「やぎょうさん」です。「さん」が付くのは、恐ろしいものを直接の名で呼ばずに敬って言う言い方にあたります。
名のもとになった「夜行日」は、陰陽道による忌み日です。月ごとに日が決まっており、正月と二月は子の日、三月と四月は午の日、五月と六月は巳の日、七月と八月は戌の日、九月と十月は未の日、十一月と十二月は辰の日とされます。
つまり夜行さんは、特定の一夜ではなく、暦の上で決まった何日もの夜に現れるものとして語られてきました。
もともと夜行日とは、祭礼のときに社の中心となるものをよそへ移すことをいい、その務めに関わらない者は家にこもって身を慎む日でした。
その戒めを破って行事を汚した者への祟りを「夜行」と呼ぶようになった、という説もあります。
夜行さん(やぎょうさん)
徳島県での一般的な書き方。
ヤギョー(やぎょー)
高知県越知町野老山付近での呼び方。
夜行日(やぎょうび)
この鬼が現れるとされた忌み日の名。
夜行さんの姿と特徴
夜行さんの姿は、土地によって伝わり方が違います。
もっとも広く語られる姿 … 首の無い馬に乗った鬼。
三好市山城谷での姿 … 髭の生えた片目の鬼。毛の生えた手を差し出す。
高知県越知町付近での姿 … 姿は伝えられていない。錫杖を鳴らして夜の山道を通る音だけがする。
同じ名でありながら、姿がはっきり語られる土地と、音しか語られない土地があります。
とくに吉野川の下流から香川県の東部にかけては、鬼ではなく首切れ馬そのものを夜行さんと呼びます。この地域では、節分の夜に現れるといわれます。
一般には夜行さんは首切れ馬に乗っているとされますが、二つが必ず組になっているわけではありません。むしろ首切れ馬だけの言い伝えのほうが数は多いとされます。
姿よりも、出遭ったときにどうするかが細かく伝えられている点が、この妖怪の特徴です。
夜行さんの伝承物語
暦に決められた、出てはいけない夜
夜行さんの話は、日付と切り離せません。
徳島県では、大晦日、節分の夜、庚申の夜、そして夜行日は、魑魅魍魎が活動する日とされ、夜歩きを戒める日とされてきました。
庚申の夜は、体の中の虫が抜け出して人の行いを告げに行く夜とされ、各地で眠らずに過ごしました。節分は季節の変わり目、大晦日は年の変わり目です。
いずれも、区切りの夜です。
折口信夫は、節分をこう言い表しました。
節分は冬が行き詰って、春が鼻の先まで来て居る夜と言うことなのです。
年と季節の継ぎ目に、外から何かが入ってくる。その晩、鬼は村の側へ来ます。
此日、村や町々の家々へ、鬼が入り込もうとするものと信じて居ました。
夜行日は、これに陰陽道の暦が重なったものです。月ごとに十二支で日が決まっており、覚えていなければ避けようがありません。 出てはいけない夜を、鬼の名で覚えさせたのです。
草履を頭に載せて伏せる
夜行さんの伝えでもっとも具体的なのは、逃れ方です。
運悪く出遭ってしまったら、草履を頭に載せて地面に伏せる。そうすれば夜行さんは通り過ぎていくとされました。
なぜ草履なのかは、はっきりしません。
足に履くもの、つまりもっとも低く汚れたものを頭に載せる行いは、身をきわめて低くする姿勢を表すという見方があります。自分を人ではないもの、取るに足らないものとして見せることで難を避けるという考え方です。
似た作法は各地にあります。頭に何かを載せる、地に伏せる、息を殺す。隠れるのではなく、害を加える値打ちのないものになる ことを目指しています。
おかずの話をすると毛の手が出る ─ 山城谷の戒め
三好市山城谷では、別の戒めが伝わります。
家の中でその日のおかずの話をしていると、夜行さんが毛の生えた手を差し出してくるというのです。
食べ物の話をしてはいけない、という戒めです。 外に出るなという戒めが、家の中の言葉づかいにまで及んでいます。
首をはねられた馬が天へ昇る ─ 八王子の夜行さん
徳島から遠く離れた東京都八王子市にも、夜行さんの名で語られるものがあります。
ただしこちらは、首なし馬に姫君が乗る姿で現れます。
滝山丘陵にあった高月城が攻められたとき、城の姫が馬で逃れようとしました。馬は敵兵に見つかって首をはねられ、首のないまま走り続け、そのまま天へ昇ったといいます。
以来、姫と首なし馬は満月の夜に八王子を徘徊し、その姿を見た者は必ず不幸になると語られました。
いまも蹄の音がする ─ 四つ角を走り抜けるもの
八王子には、近年の話もあります。
深夜の人けのない通りで、背後から蹄の音がする。振り返っても何も見えない。四つ角を、上半身が女で下半身が馬のものが猛烈な速さで走り抜けた。
徳島の夜行さんが暦の夜に現れるのに対し、八王子のそれは満月の夜と深夜の通りに現れます。同じ名で、出る条件が入れ替わっています。
首のない馬という一点だけが、四国と武蔵で共通しています。
しかし、この八王子の夜行さんは、徳島の夜行さんとはまったく別のものとみられています。
おしら様に類するものではないか、という説もあります。おしら様は馬と娘にまつわる東北の信仰です。
名が同じでも、由来も姿も違う。同じ呼び名が離れた土地で別々に生まれることは珍しくありません。
夜行さんの伝承地域
夜行さんの伝承地は、徳島県の各地です。
このうち姿が具体的に語られるのは三好市の旧山城谷村政友で、髭の生えた片目の鬼とされます。
吉野川の下流から香川県東部にかけては、鬼ではなく首切れ馬そのものを夜行さんと呼びました。
高知県高岡郡越知町の野老山付近では「ヤギョー」といい、姿は伝えられず、錫杖の音だけが語られます。
いずれの土地にも、夜行さんを祀った祠や碑は確かめられませんでした。忌み日を伝える話であって、信仰の対象ではないためとみられます。
山城谷(やましろだに)
片目の鬼として語られる地
山城谷の所在地:徳島県三好市
旧三好郡山城谷村政友にあたる一帯です。
ここでの夜行さんは、髭の生えた片目の鬼とされます。
家の中でその日のおかずの話をしていると、毛の生えた手を差し出してくるといわれました。
首切れ馬に乗る形とは異なる、この土地だけの伝えです。
鬼にちなむ碑や祠は確かめられませんでした。
野老山(ところやま)
音だけが伝わる地
野老山の所在地:高知県高岡郡越知町
高知県高岡郡越知町の野老山付近では、夜行さんを「ヤギョー」と呼びます。
錫杖を鳴らしながら夜の山道を通るといわれますが、姿かたちは伝えられていません。
音だけで語られるという点で、徳島の伝えとは形が違います。
徳島県外の伝えであり、同じ名で別の形を取っています。
夜行さんの正体と考えられているもの
夜行さんの正体については、次のように考えられています。
忌み日を守らせるための話とする見方があります。夜行日・庚申・節分・大晦日という、外出を慎むべき夜が先にあり、それを守らせる恐ろしいものとして鬼が置かれた、という順序です。
祭礼を汚した者への祟りとする見方もあります。夜行日はもともと、社の中心となるものをよそへ移す日であり、関わらない者は家にこもるべき日でした。その戒めを破った者への祟りが「夜行」と呼ばれるようになった、という説です。
首切れ馬が先にあったとする見方も無視できません。徳島から香川にかけては、鬼ではなく首切れ馬そのものを夜行さんと呼ぶ土地があり、鬼のほうが後から加わった可能性があります。
土地ごとに別々のものが同じ名を得たとする見方もあります。東京都八王子市の夜行さんは首なし馬に姫君が乗る形で、徳島のものとは別系統とされています。
どれか一つには決められません。 ただ、この妖怪が「いつ出るか」と「どう逃れるか」に語りの重心を置いていることは、どの土地でも共通しています。
夜行さんをめぐる妖怪のつながり
夜行さんが登場する作品
夜行さんは、作品よりも土地の言い伝えとして生きてきた妖怪です。
江戸時代の絵師が描いた例は確かめられませんでした。書物に絵が残らなかったぶん、姿の細かい部分は土地ごとに違ったまま伝わっています。
広く知られる「首切れ馬に乗る鬼」という形も、徳島県内で一様だったわけではありません。
近年は、徳島の妖怪を紹介する催しや読み物のなかで名を見ることが増えています。
夜行さんが登場する伝え
八王子の昔話
首なし馬に姫君が乗る形の夜行さんが語られます。徳島のものとは別系統とされます。
夜行さんが登場する書物
妖怪を扱う各種の事典
徳島の妖怪として、首切れ馬と組にして紹介されることが多いものです。
夜行さんが登場するそのほか
四国の妖怪を扱う各種の作品
首の無い馬にまたがる鬼の姿で描かれることがあります。
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夜行さんについてよくある質問
夜行さんとは何ですか。
徳島県に伝わる鬼です。大晦日、節分、庚申の日、夜行日と呼ばれる忌み日の夜に、首の無い馬である首切れ馬に乗って徘徊するといわれます。出遭った人は投げ飛ばされたり蹴り飛ばされたりするとされました。
夜行日とは何ですか。
陰陽道による忌み日です。正月と二月は子の日、三月と四月は午の日、五月と六月は巳の日、七月と八月は戌の日、九月と十月は未の日、十一月と十二月は辰の日とされます。この夜は外出を控えるものとされました。
出遭ったらどうすればよいとされますか。
草履を頭に載せて地面に伏せているとよいとされます。そうしていれば夜行さんは通り過ぎ、難を逃れられると伝えられます。
首切れ馬とは必ず組になっているのですか。
なっていません。首切れ馬だけの言い伝えのほうが数は多いとされます。吉野川下流から香川県東部にかけては、鬼ではなく首切れ馬そのものを夜行さんと呼びます。
八王子の夜行さんも同じものですか。
別のものとみられています。八王子では首なし馬に姫君が乗る姿で現れ、高月城から逃れた姫の話にもとづきます。おしら様に類するものとする説もあります。
夜行さんと併せて覚えたい言葉・用語
夜行日(やぎょうび)
陰陽道の忌み日。月ごとに十二支で日が決まり、夜歩きを慎むものとされた。
庚申(こうしん)
六十日ごとに巡る日。夜に眠らず過ごす習わしがあり、怪異の語られる夜でもあった。
山城谷(やましろだに)
徳島県三好市の一帯。夜行さんを髭の生えた片目の鬼と伝える。
錫杖(しゃくじょう)
頭に輪の付いた杖。越知町では、その音だけが夜行さんの気配とされた。
夜行さんの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。