八代海や有明海に現れる無数の火。漁火の異常屈折と解明されている。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 不知火」 1779年 / パブリックドメイン 出典
不知火とはどんな妖怪か
不知火は、九州に伝わる怪火です。旧暦八月一日(八朔)の風の弱い新月の夜などに、八代海や有明海に現れるとされます。千灯籠・竜灯とも呼ばれます。
現れ方は決まっています。海岸から数キロ沖に、まず一つか二つ、「親火」と呼ばれる火が出現します。それが左右に分かれて数を増やしていき、最終的に数百から数千もの火が横並びに並ぶ。その距離は四から八キロにも及ぶといいます。
引き潮が最大になる午前三時から前後二時間ほどが、もっともよく見える時間帯とされます。水面近くからは見えず、海面から十メートルほどの高さの場所から確認できるといいます。
不知火に近づくことはできません。 近づくと火が遠ざかっていきます。
かつては龍神の灯火といわれ、付近の漁村では不知火の見える日に漁へ出ることを禁じていました。
不知火の漢字表記と読み方
読みは「しらぬい」です。古くは「しらぬひ」とも読みました。
知らぬ火、つまり誰がつけたかわからない火という意味です。名前そのものが、正体不明であることを表しています。
この名の由来は、『日本書紀』『肥前国風土記』『肥後国風土記』などに記されています。
景行天皇が九州を巡られたとき、海上で真っ暗になり、どこへ着けばよいかわからなくなりました。すると前方に火の光が現れます。天皇が「あの火に向かって進め」と命じると、無事に岸に着くことができました。
天皇が土地の者に「あの火は何の火か」と問うと、こう答えたといいます。
だれがつけて燃やしているのか、わからない火でございます
しらぬひ、しらぬいという呼び名は、ここから起こったとされます。
不知火(しらぬい)
もっとも一般的な表記。
不知火(しらぬひ)
古い読み。『日本書紀』などの記述に由来する。
千灯籠(せんとうろう)
数の多さからの呼び方。
竜灯(りゅうとう)
龍神の灯火とする見方からの呼び方。
不知火の姿と特徴
不知火の見え方には、はっきりした条件があります。
時期 … 旧暦八月一日(八朔)前後。風の弱い新月の夜。
時刻 … 引き潮が最大になる午前三時から前後二時間ほど。
場所 … 八代海、有明海。
高さ … 水面近くからは見えず、海面から十メートルほどの高さから確認できる。
見え方も決まっています。
第一段階 … 海岸から数キロ沖に、一つか二つの火が現れる。これを親火と呼びます。
第二段階 … 親火が左右に分かれ、数を増やしていく。
第三段階 … 最終的に数百から数千の火が横並びになる。その距離は四から八キロに及ぶ。
そして、近づくことができません。 近づくと火が遠ざかっていきます。
条件がこれほど細かく決まっている怪異は、そう多くありません。 この細かさこそが、後に正体を突き止める手がかりになりました。
不知火の伝承物語
日本書紀に残る名の由来
不知火の名の由来は、古い書物に記されています。
『日本書紀』『肥前国風土記』『肥後国風土記』などによれば、景行天皇が熊襲を征伐して九州を巡られたときのことです。
ある海岸から船に乗って海へ出られると、真っ暗な闇が迫ってきて、どこへ着いてよいかわからなくなってしまいました。
すると、突然はるか前方にあかあかと火の光が現れます。天皇は舵を取る船頭に向かって命じました。
あの火にむかってすすめ
言われるままに船を進めると、やがて無事に海岸へ着くことができました。
天皇が村の者に「あの火は何の火だ」と問うと、こう答えたといいます。「あれは火の国の八代郡の火の村でございます。しかしだれがつけて燃やしているのか、わからない火でございます」
そこで天皇は「あれはおそらく人の燃やしている火ではあるまい」と言われました。
しらぬひ、しらぬいという呼び名は、ここから起こっています。
漁を禁じた火 ─ 漁村の掟
不知火は、龍神の灯火といわれてきました。
そして、付近の漁村では不知火の見える日に漁へ出ることを禁じていました。
これは重要な点です。不知火は、単に不思議な火として眺められていたのではありません。漁の可否を決める合図として扱われていました。
不知火が見えるのは、旧暦八月一日前後の、風の弱い新月の夜です。引き潮が最大になり、干潟ができる時期にあたります。
この条件は、漁にとっても特別な条件です。 水位が大きく下がり、澪(水の通り道)が曲がりくねって発達する。海の様子が普段とまったく違う夜です。
不知火が見える夜は、海が普段と違う夜だった。だから漁を控えた。
怪異の伝承が、実際の危険を避ける知恵として働いていた例です。
近づくことができないという言い伝えも、同じ働きをします。追いかけてはいけない、という警告です。
蜃気楼だとわかるまで
大正時代に入ると、不知火を科学的に解明しようという動きが始まりました。
その結果、不知火は蜃気楼の一種であることが明らかになります。
さらに昭和になって唱えられた説では、条件がより詳しく説明されました。
不知火の時期は、一年でもっとも海水の温度が上がる。
干潮で水位が六メートルも下降し、干潟ができる。
急激な放射冷却が起こる。
八代海や有明海の地形が効く。
これらの条件が重なったところへ、干潟の魚を獲りに出港した船の灯りが屈折して生じる、というものです。この説は現代でも有力視されています。
干潟には曲がりくねった澪が発達し、そこを船が進みます。船の灯りが空気の層で屈折し、伸び、分かれ、数を増やして見える。
近づくと遠ざかるのも、蜃気楼だからです。
正体がわかったことで、不知火の伝承は失われたわけではありません。現在も、旧暦八月一日には不知火を見る行事が行われています。
不知火の伝承地域
不知火の伝承地は、熊本県の八代海沿岸です。市町村の名にまで「不知火」が残っています。 宇城市の不知火町がそれです。
ここに挙げた永尾剱神社は、不知火を見る場所として古くから知られ、旧暦八月一日には行事が行われています。
このほか、八代市や宇土半島の沿岸各所が観望の地とされてきました。ただし、見えるかどうかは条件次第です。 旧暦八月一日前後、風の弱い新月の夜、引き潮が最大になる午前三時前後、海面から十メートルほどの高さ。この条件が揃わなければ見えません。
近年は沿岸の埋め立てや漁法の変化により、かつてほど見られなくなったといわれます。
有明海側にも伝承がありますが、具体的な観望地を確かめられませんでした。
永尾剱神社(えいのおつるぎじんじゃ)
不知火を見る社として知られる
永尾剱神社の所在地:熊本県宇城市不知火町永尾
八代海に面した社で、海のなかに鳥居が立つ姿で知られます。
古くから不知火を見る場所とされてきました。旧暦八月一日の未明、この社の周辺から不知火を見る行事が続いています。
社の名は、海の神の使いである鱏(えい)の尾に建てられたという由来によります。海と火と神をつなぐ場所として、不知火の伝承の中心にあります。
海沿いにあり、干潮時には鳥居まで歩ける。
不知火の正体と考えられているもの
不知火の正体は、わかっています。蜃気楼の一種です。
大正時代に科学的な解明の動きが始まり、蜃気楼であることが明らかになりました。昭和には、より詳しい説明が唱えられます。
条件は四つです。
一つめ … 不知火の時期は、一年でもっとも海水の温度が上がる。
二つめ … 干潮で水位が六メートルも下降し、干潟ができる。
三つめ … 急激な放射冷却が起こる。
四つめ … 八代海や有明海の地形が効く。
これらが重なったところへ、干潟の魚を獲りに出港した船の灯りが屈折して生じるというものです。この説は現代でも有力視されています。
この説明は、伝承の細部をすべて説明できます。
水面近くから見えないのは、屈折する空気の層が海面近くにあるためです。近づくと遠ざかるのは、蜃気楼だからです。数を増やすのは、一つの灯りが層のなかで分かれて見えるためです。
そして、なぜ人がつけた火とわからなかったのかも説明がつきます。屈折した像は、実際の船の位置とまったく違う場所に見えます。四キロから八キロにわたって並ぶ火の列は、どこにも実体がありません。
正体がわかっても、不知火の伝承は生きています。 現在も旧暦八月一日には、不知火を見る行事が続いています。
不知火をめぐる妖怪のつながり
不知火が登場する作品
不知火は、名前が独り歩きした妖怪です。相撲の横綱土俵入りの型、艦名、技名。「不知火」という語は、怪火そのものを離れて広く使われています。
妖怪としての作品への登場はそれほど多くありませんが、熊本県では地名として今も生きています。
不知火が登場する漫画・アニメ・ゲーム
各種作品の名称
船名や技名として「不知火」が広く用いられています。
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不知火についてよくある質問
不知火とは何ですか。
九州の八代海や有明海に現れるとされる怪火です。数百から数千の火が横並びに現れ、その距離は四から八キロに及ぶといいます。
不知火の正体は何ですか。
蜃気楼の一種です。干潟の魚を獲りに出港した船の灯りが、海水温・放射冷却・地形の条件によって屈折して生じると説明されています。
なぜ「不知火」というのですか。
誰がつけたかわからない火という意味です。『日本書紀』などによれば、景行天皇が九州を巡られたとき、土地の者が「だれがつけて燃やしているのかわからない火」と答えたことに由来します。
いつ見られますか。
旧暦八月一日(八朔)前後の風の弱い新月の夜、引き潮が最大になる午前三時前後とされます。海面から十メートルほどの高さから見えるといいます。
不知火に会える場所はありますか。
熊本県宇城市不知火町の永尾剱神社が、古くから不知火を見る場所とされてきました。旧暦八月一日には行事が行われています。
不知火と併せて覚えたい言葉・用語
親火(おやび)
最初に現れる一つか二つの火。ここから数を増やしていく。
八朔(はっさく)
旧暦八月一日。不知火が現れるとされる日。
澪(みお)
干潟に発達する水の通り道。船はここを通る。
竜灯(りゅうとう)
不知火の別名。龍神の灯火とする見方による。