隠岐の海底にすむ大蛇。娘を生贄に取り、海女に討たれた。

モノユキ 「日本の昔話と伝説 生贄にされた常世」 1908年 / パブリックドメイン 出典
夜舟主とはどんな妖怪か
夜舟主は、日本に伝わる妖怪です。
海底に住んでおり、大蛇のような姿をしています。
場所は、隠岐です。
島根県の隠岐の島の海に住んでいる大蛇のような姿をした妖怪です。
毎年、決まった日に取り立てました。
毎年6月13日に生贄として若い娘を住人たちに差し出させていました。
断ると、嵐になります。
生贄を出ししぶると、夜舟主は怒って、島に嵐を呼んで人々を困らせていました。
そして、討つ者が現れます。
夜舟主の漢字表記と読み方
読みは「よふねぬし」です。
夜の舟の主、という形の名です。
この名は、日本より外国で通っています。
日本の海の悪神(Evil god)のひとつ「Yofune-Nushi」として海外における知名度のほうが高いといいます。
逆に、日本では近現代にかけてあまり親しまれてきていなかったという状況になっています。
理由は、載った本にあります。
明治時代に来日をしたイギリス人・リチャード・ゴードン・スミスがまとめた
英文の書籍『日本の昔話と伝説』(1918年)に収められました。
同書が各地で長年にわたって翻訳出版されているためです。
夜舟主(よふねぬし)
もっとも一般的な表記。
Yofune-Nushi(よふねぬし)
英語圏での表記。
夜舟主の姿と特徴
夜舟主の姿は、大蛇です。
海底に住んでおり、大蛇のような姿をしているといいます。
海の底にいます。
大きさは、書かれていません。
わかっているのは、力の示し方です。
生贄を出ししぶると、夜舟主は怒って、島に嵐を呼んで人々を困らせていたといいます。
嵐を呼びます。
そして、取り立てには日付があります。
毎年6月13日です。
若い娘を差し出させました。
夜舟主の伝承物語
父に会いに来た娘が討った
討ったのは、外から来た少女でした。
隠岐に島流しにされた父親に会おうという決意で島にやって来た常世(とこよ)という名の少女です。
父に会いに来ました。
そして、居合わせました。
生贄として捧げられそうになっていた娘を救い、海に突入して夜舟主を退治しました。
海へ飛び込みました。
それができた理由が書かれています。
幼い頃、トコヨは真珠採取者たちと共に泳ぎ、潜ることが大好きでした。
その仕事には命の危険が伴っていたにもかかわらず、彼女は苦難の中でも息を止め続けることができたといいます。
息が続きました。
海底から木像を引き上げた
常世は、もう一つ持ち帰りました。
常世の父親の織部志摩(おりべしま)は、鎌倉幕府の執権が北条高時だった頃の武士だと語られています。
執権は、北条高時です。
その高時が、病んでいました。
話の中で、北条高時は原因不明の病気になっています。
そして、海底のものと結びつきます。
夜舟主を退治したときに常世が海底から引き上げて来た謎の木像は、高時の容貌によく似ていました。
似ていました。
これが高時を病気にしていた呪いの木像だったことが判明したことで、織部志摩は罪を許されたとされます。
娘が、父の罪を解きました。
英語で広まった
この話は、英語の本で世に出ました。
明治時代に来日をしたイギリス人・リチャード・ゴードン・スミスがまとめた英文の書籍『日本の昔話と伝説』(1918年)です。
そのなかに「隠岐の島の話」(A story of Oki island)として日本人画家による挿絵と共に収録されています。
挿絵つきです。
そして、翻訳が重なりました。
同書が各地で長年にわたって翻訳出版されていることによって、夜舟主は日本の海の悪神(Evil god)のひとつ「Yofune-Nushi」として海外における知名度のほうが高いといいます。
日本では、逆でした。
日本では近現代にかけてあまり親しまれてきていなかったという状況になっています。
著者が断りを入れている
この話には、書いた人自身の但し書きがついています。
リチャード・ゴードン・スミス自身が物語の序文で指摘しているように、彼はこの話を検証することができず、その真実性を保証するものではありません。
確かめられなかった、と書いています。
そのうえで、収めています。
挿絵は日本人画家によるものです。
明治の日本で、聞いたままを記しました。
そこが、この話の位置を決めています。
古い書物に出どころを持つ妖怪ではなく、明治に聞き書きされたものです。
それが英語で広まり、日本へ戻ってきました。
夜舟主の伝承地域
夜舟主は、島根県の隠岐の島の海に住んでいるとされます。
海底に住んでおり、大蛇のような姿をしているといいます。
毎年6月13日に生贄として若い娘を住人たちに差し出させていたとされます。
隠岐は、島根県の沖にある島々で、古くから島流しの地でした。
話の舞台は海であり、この名で祀られた社や碑は確かめられていません。この欄は空のままにしてあります。
夜舟主の正体と考えられているもの
夜舟主については、次のように整理できます。
一つめは、姿です。海底に住んでおり、大蛇のような姿をしているといいます。
二つめは、生贄です。毎年6月13日に生贄として若い娘を住人たちに差し出させ、出ししぶると、島に嵐を呼んで人々を困らせていました。
三つめは、討った者です。隠岐に島流しにされた父親に会おうという決意で島にやって来た常世という名の少女が、海に突入して夜舟主を退治しました。
四つめは、木像です。海底から引き上げて来た謎の木像は、高時の容貌によく似ており、これが高時を病気にしていた呪いの木像だったことが判明したことで、織部志摩は罪を許されたとされます。
五つめは、外国での知名度です。リチャード・ゴードン・スミスの英文の書籍『日本の昔話と伝説』(1918年)に収められ、海外における知名度のほうが高いという状況になっています。
この妖怪は、逆輸入の形で残りました。 著者自身が真実性を保証するものではないと断っています。
夜舟主をめぐる妖怪のつながり
夜舟主が登場する作品
夜舟主が登場する古典
日本の昔話と伝説
リチャード・ゴードン・スミス、1918年。「隠岐の島の話」として収めます。
夜舟主が登場する研究
夜舟主が登場する漫画・アニメ
海の妖怪を扱う作品
生贄を取る大蛇として、八岐大蛇と並べて取り上げられます。
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夜舟主についてよくある質問
夜舟主とは何ですか。
島根県の隠岐の島の海に住んでいる大蛇のような姿をした妖怪で、毎年6月13日に生贄として若い娘を住人たちに差し出させていたといいます。
誰が退治したのですか。
隠岐に島流しにされた父親に会おうという決意で島にやって来た常世という名の少女です。海に突入して夜舟主を退治しました。
木像とは何ですか。
海底から引き上げて来た謎の木像は、高時の容貌によく似ており、これが高時を病気にしていた呪いの木像だったことが判明したといいます。
なぜ海外で有名なのですか。
リチャード・ゴードン・スミスの英文の書籍『日本の昔話と伝説』(1918年)に収められ、同書が各地で長年にわたって翻訳出版されているためです。
夜舟主と併せて覚えたい言葉・用語
隠岐(おき)
島根県の沖にある島々。古くから島流しの地だった。
執権(しっけん)
鎌倉幕府で政務を統べた役職。
生贄(いけにえ)
神や怪異に捧げるために殺される人や獣。