一本足で雷のような声を持つ中国古典の怪物で、甲斐では一本脚の像と結び付いて信仰された存在。

呉任臣 「山海経 夔」 1786年 / パブリックドメイン 出典
夔とはどんな妖怪か
夔は、『山海経』に出てくる一本足の怪物です。水へ出入りすると風雨が起こり、声は雷のように響きました。黄帝は夔を捕らえ、その皮を太鼓にしたと語られます。
日本では、山梨岡神社に伝わる一本脚の像が夔と見なされ、雷除け・魔除けの神として信仰されました。中国の怪物譚と甲斐の神像信仰は、江戸時代の知識を介して結び付きます。
夔の漢字表記と読み方
「き」と読みます。「KUI」は中国語音をもとにしたローマ字表記で、日本語の読みは一音の「き」です。
夔(き)
中国古典と山梨岡神社の夔神に用いられる表記。
夔牛(きぎゅう)
牛に似た姿を強調する呼び方。
夔の神(きのかみ)
山梨岡神社の一本脚像を信仰する際の呼び方。
夔の姿と特徴
『山海経』の夔は牛に似て角がなく、足は一本だけです。水へ入ると風雨を起こし、身体の光は日月のように輝き、声は雷のように響きます。山梨岡神社の夔神像も一本脚です。中国の怪物と結び付けたのは後の世の見立てです。
夔の伝承物語
流波山から現れ、水へ入る
『山海経』は、東海の中にある流波山へ夔を置きます。牛に似た大きな身体を持ちながら角はなく、地を支える足は一本だけです。
夔は山に留まらず、水へ出入りします。その動きに合わせて周囲の空が変わり始めます。陸と海の境をまたぐたび、ただの異獣ではなく、天候そのものを動かす存在として姿を現します。
風雨が起こり、雷の声が響く
夔が水へ入ると、風が吹き、雨が降ります。身体から放たれる光は日や月のようで、ひとたび声を上げれば雷鳴のように遠くまで響きます。
一本足の不安定な姿と、空を震わせるほどの声。その落差が夔の異様さを強めます。目の前の獣の鳴き声が、風雨と雷へ広がっていくため、夔は一頭の動物を越え、嵐の力をまとった怪物になります。
黄帝が捕らえ、皮を太鼓にする
甲斐の一本脚像を、荻生徂徠が夔と見る
日本で夔の名が根付いた場所が、山梨県笛吹市の山梨岡神社です。神社には一本脚の木像が伝わります。宝永3年(1706年)に甲斐を巡った荻生徂徠は、この像を中国古典に登場する夔と見ました。
夔という名が付いたのは、徂徠が見立てて以降のことです。一本脚という目立つ特徴を手掛かりに、徂徠が知る古典の怪物と甲斐の像が出会いました。
雷除け・魔除けの夔神として信仰が育つ
夔と名付けられた一本脚像は、やがて雷除け・魔除けの神として信仰を集めます。『山海経』で雷のような声を持った怪物が、甲斐では雷の災いを退ける存在へ変わりました。
中国の物語に、土地の願いが重なっています。土地にあった像、徂徠の古典知識、雷を避けたい人々の願いが重なり、新しい夔神の意味が作られました。夔は異国の怪物であると同時に、甲斐で育った信仰の対象でもあります。
夔の伝承地域
地図は日本で夔神像の信仰が育った山梨岡神社周辺を示します。中国古典の流波山は、書物の中の山です。
山梨岡神社周辺(やまなしおかじんじゃしゅうへん)
夔神像が伝わる地域
山梨岡神社周辺の所在地:山梨県笛吹市春日居町鎮目
一本脚の像が夔と結び付けられ、雷除け・魔除けの信仰を受けました。
像の公開日程は神社・自治体の最新案内で確認が必要です。
夔の正体と考えられているもの
夔は、中国古典で一本足、風雨、雷鳴、太鼓に結び付く怪物です。日本では甲斐の一本脚像を荻生徂徠が夔と見たことから、雷除け・魔除けの信仰が育ちました。異国の物語と土地の像が結び付いて意味を変えた存在です。
夔をめぐる妖怪のつながり
夔が登場する作品
夔は、異国の怪物が土地の神になった例です。
『山海経』の夔は、東海の流波山に住む一本足の獣で、水へ出入りすると風雨が起こり、声は雷のように響きます。
山梨県笛吹市の山梨岡神社には、一本脚の木像が伝わります。宝永3年に甲斐を巡った荻生徂徠が、この像を夔と見立てました。 雷のような声を持つ怪物が、甲斐では雷の災いを退ける神へ変わっています。
夔が登場する古典
夔が登場する民俗学
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夔についてよくある質問
夔とはどんな妖怪ですか。
中国の『山海経』で、一本足を持ち、風雨を起こして雷のような声を響かせるとされた怪物です。
夔は何と読みますか。
日本語では「き」と読みます。夔牛は「きぎゅう」、夔の神は「きのかみ」です。
夔と太鼓にはどんな関係がありますか。
黄帝が夔を捕らえ、その皮で太鼓を作ると、音が遠方まで響いて天下を震わせたと語られます。
山梨岡神社の夔神像は中国から来たのですか。
中国から同じ像が運ばれたとは確認されていません。甲斐の一本脚像を荻生徂徠が中国古典の夔と見たことが、名の結び付きとして伝わります。
夔と併せて覚えたい言葉・用語
山海経(せんがいきょう)
中国古代の地理・神話・異獣を記した書物。夔は大荒東経に登場します。
流波山(りゅうはざん)
『山海経』で東海の中にあり、夔が住むとされる山。
峡中紀行(きょうちゅうきこう)
荻生徂徠が宝永3年の甲斐旅行を記した紀行。夔神像に関する早い記録です。
夔の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。