伊予に伝わる怪鳥。赤い鶏冠を持ち、熱くない炎を吐き、羽音を立てて現れるという。

竹原春泉 「絵本百物語 波山」 1841年 / パブリックドメイン 出典
波山とはどんな妖怪か
波山はひとことで言えば、炎を吐く怪鳥です。
伊予、現在の愛媛県に伝わります。「婆娑婆娑」「犬鳳凰」ともいいます。
江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記されています。
赤々とした鶏冠を持つ鳥で、口から同じく赤々とした炎を吐き出します。ただしこの炎は狐火などと同じく熱を伴わず、物を燃やすことはありません。
普段は山奥の竹薮に棲んでおり、人前に姿を現すことは滅多にありません。
しかし深夜には時おり人の住む村に現れ、羽をはばたかせて「バサバサ」と不気味な音を立てます。
音に気づいた人が外を覗いても、姿はすでに消えているといいます。
人を脅かすことはあっても、危害は加えません。
波山の漢字表記と読み方
読みは「ばさん」です。
別名の「婆娑婆娑」は、羽をはばたかせるときの「バサバサ」という音に由来します。
つまりこの妖怪の名は、姿ではなく音から付けられています。
「犬鳳凰」という別名もあります。鳳凰は中国の想像上の瑞鳥ですが、それに「犬」を冠する理由ははっきりしていません。
「波山」という漢字は音を写した当て字とみられます。波にも山にも棲みません。棲むのは竹薮です。
なお、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には「食火鶏」という項があります。これはヒクイドリのことで、鶏に似た姿で燃え残りの木を食べると解説されており、波山はこれをもとにしたのではないかとする説があります。
波山(ばさん)
『絵本百物語』での書き方。もっとも一般的。
婆娑婆娑(ばさばさ)
羽音に由来する別名。
犬鳳凰(いぬほうおう)
同じものを指す別の呼び方。
波山の姿と特徴
波山の姿は、鳥として具体的に語られます。
鶏冠 … 赤々としている。
口から出るもの … 赤い炎。ただし熱はなく、物を燃やさない。
棲む場所 … 山奥の竹薮。
現れる時 … 深夜。人の住む村に時おり降りてくる。
残すもの … バサバサという羽音。
音に気づいた人が外を覗いたときには、すでに姿は消えています。
つまり、この鳥は見られないことを前提に語られています。姿かたちの説明は詳しいのに、実際に見た者の話は伝わりません。
『絵本百物語』の絵では、鶏によく似た大きな鳥として描かれています。鶏冠が目立ち、口から炎を吐いています。
炎が熱くないという点は重要です。狐火や鬼火と同じ扱いで、燃やす火ではなく、光る火にあたります。
人を脅かすことはあっても危害は加えない、というのがこの妖怪の一貫した性格です。
波山の伝承物語
吐いた炎が何も焼かない
波山の吐く炎は、物を燃やしません。
熱を伴わないとされます。
狐火や鬼火と同じ扱いです。日本の怪異の火は二つに分かれます。家を焼く火と、光るだけの火。波山の炎は、はっきり後者です。
赤い鶏冠、赤い炎という派手な見た目を持ちながら、実際には何もしない。羽音を立てて、気づかれる前に消えてしまう。脅かすだけで去るという性格が、姿と行いの両方に通っています。
深夜の村に大きな鳥が舞い降りる。恐ろしい光景です。ところが翌朝には、焼けた家も、傷ついた人も、荒れた畑もありません。 何ひとつ起きていない。
この空振りが、かえって不気味さを残します。
ヒクイドリがもとになったという説
波山のもとになったものとして、しばしば挙げられるのがヒクイドリです。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には「食火鶏」という項があります。
そこでは、鶏に似た姿で、燃え残りの木を食べるなどと解説されています。
火を食べる鶏。そこから、火を吐く鶏という姿が生まれたのではないか、というのがこの説です。
実際のヒクイドリは南方の大型の飛べない鳥で、火を食べも吐きもしません。 江戸の日本で実物を見た者はほとんどおらず、書物の解説だけが伝わりました。
見たことのない異国の鳥の説明が、土地の怪異と結び付いて新しい妖怪になる。
見たことのない異国の鳥の解説が、土地の怪異と結び付いて新しい妖怪になる。書物から生まれた妖怪は、ほかにもいます。
もっとも、伊予の土地で波山がどう語られていたのかは分かっていません。鳥の名だけが先に本へ載り、その本が姿を決めました。
誰も姿を見ていない ─ 話が広がらなかった
波山について確かめられる記録は、きわめて少ないのが実情です。
まとまった記述は江戸時代の奇談集『絵本百物語』にあるものが中心で、それ以外の古い記録は確かめられませんでした。
伝承地も「伊予」とだけ伝わり、愛媛県内のどこの村に伝わったのかは分かっていません。
なぜこれほど記録が少ないのでしょうか。
一つには、害を加えないからです。人が死ねば、作物が荒れれば、その出来事は記録に残ります。波山は羽音を立てて去るだけです。
もう一つは、姿を見た者がいないという語り方です。外を覗いたときには、もう消えている。誰も証言できません。
目撃談が積み重ならなければ、話は広がりません。現在知られる波山の姿は、ほとんど『絵本百物語』の絵と文に負っています。
分かっていないことのほうが多い妖怪です。 それでも、この鳥の輪郭は江戸の一枚の絵とともに、はっきり残りました。
波山の伝承地域
波山の伝承地は、旧伊予国、現在の愛媛県とされます。
しかし、県内のどの土地に伝わったのかを示す記述は確かめられませんでした。
『絵本百物語』が「伊予」と記すのみで、村名も山名も伝わっていません。
山奥の竹薮に棲み、深夜に人の住む村へ現れる、という以上のことは分かっていません。
波山にちなむ碑や祠も確かめられませんでした。この妖怪については、伝わる場所そのものが曖昧なままです。
伊予(いよ)
波山が伝わる旧国
伊予の所在地:愛媛県
波山が伝わるとされる旧国です。現在の愛媛県にあたります。
『絵本百物語』は、この妖怪を伊予のものとしています。
ただし、愛媛県内のどの土地に伝わったのかを示す記述は確かめられませんでした。
山奥の竹薮に棲み、深夜に村へ降りてくるという以上のことは分かっていません。
波山にちなむ碑や祠は確かめられませんでした。
波山の正体と考えられているもの
波山の正体については、次のように考えられています。
ヒクイドリをもとにしたとする見方があります。『和漢三才図会』の「食火鶏」は、鶏に似た姿で燃え残りの木を食べると解説されています。火を食べる鶏から、火を吐く鶏へ、という変化を想定するものです。
怪火の一つとする見方もあります。波山の炎は熱を伴わず物を燃やしません。これは狐火や鬼火と同じ性質で、焼く火ではなく光る火として扱われています。
羽音から生まれたとする見方も無視できません。別名「婆娑婆娑」がそのまま羽音を指すことから、夜に聞こえる正体不明の羽音に姿を与えたものと考えることができます。
書物のなかで形が定まったとする見方は有力です。まとまった記述は『絵本百物語』にあるものが中心で、それ以前の伝えを確かめられる資料は見つかりませんでした。
分かっていないことが多い妖怪です。 伝承地も伊予とだけ伝わり、具体的な土地は特定できません。それでも、赤い鶏冠と熱くない炎という姿だけは、はっきり受け継がれています。
波山をめぐる妖怪のつながり
波山が登場する作品
波山は、一冊の書物によって姿を保ってきた妖怪です。
『絵本百物語』の絵と文がなければ、現在の姿は伝わらなかったとみられます。
羽音だけが伝わり、姿を見た者がいないという語り方であるため、絵が果たした役割はとりわけ大きなものでした。
近年は、火を吐く鳥の妖怪として、創作作品に取り上げられることがあります。
波山が登場する書物
波山が登場する絵
絵本百物語の挿絵
赤い鶏冠を持ち、口から炎を吐く大きな鳥として描かれています。
波山が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種の作品
火を吐く鳥の妖怪として登場することがあります。
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波山についてよくある質問
波山とは何ですか。
伊予、現在の愛媛県に伝わる怪鳥です。赤い鶏冠を持ち、口から赤い炎を吐きます。婆娑婆娑、犬鳳凰ともいいます。江戸時代の奇談集『絵本百物語』に記述があります。
吐く炎は危ないのですか。
危なくありません。この炎は狐火などと同じく熱を伴わず、物を燃やすことはないとされます。人を脅かすことはあっても危害は加えません。
なぜ婆娑婆娑と呼ばれるのですか。
羽をはばたかせるときの「バサバサ」という不気味な音に由来します。深夜に村に現れて羽音を立て、人が外を覗いたときには姿が消えているといわれます。
もとになった鳥がいるのですか。
『和漢三才図会』の「食火鶏」、つまりヒクイドリをもとにしたとする説があります。鶏に似た姿で燃え残りの木を食べると解説されており、そこから火を吐く鳥の姿が生まれたとされます。
愛媛県のどこに伝わりますか。
伊予とだけ伝わり、県内のどの土地かを示す記述は確かめられませんでした。山奥の竹薮に棲むとされる以上のことは分かっていません。
波山と併せて覚えたい言葉・用語
絵本百物語(えほんひゃくものがたり)
江戸時代の奇談集。波山についてのまとまった記述と絵を載せる。
食火鶏(ひくいどり)
『和漢三才図会』の項。燃え残りの木を食べる鶏に似た鳥とされる。
鶏冠(とさか)
鶏の頭上の肉質の突起。波山では赤々としたものとして描かれる。
狐火(きつねび)
熱を伴わず物を燃やさない怪火。波山の炎も同じ性質とされる。