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三重県

七本鮫(しちほんざめ)とはどんな妖怪か|姿と伝承

七本鮫  / シチホンザメ

水の妖怪 各地の伝説

旧暦六月、伊雑宮へ列をなして上る七匹の鮫。いまは六匹しかいないという。

七本鮫の姿を描いた図

Saigen Jiro 「伊雑宮の境内(三重県志摩市)」 2019年 / CC0 出典

七本鮫とはどんな妖怪か

七本鮫は、7匹の鮫の妖怪です。

三重県の志摩市・鳥羽市愛知県の佐久島などに伝わります。

参りに来る鮫です。

伊勢神宮内宮の別宮には「七本鮫の磯部さん参り」という言い伝えがあり、旧暦の6月24日には、太平洋から的矢湾を通って7匹の鮫が列をなして伊雑宮の大御田橋のところまで上ってきていたといいます。

列をなして川を上ります。

ところが、いまは足りません。

「七本鮫」という名前ですが、現在は6匹しかいないと言われています。

なぜそうなったのか、説明譚が複数伝わっています。

七本鮫の漢字表記と読み方

読みは「しちほんざめ」です。

鮫を「」で数えるのは、長いものを数える言い方です。

魚は普通「匹」や「尾」で数えます。

「本」で数えることが、この鮫をふつうの魚とは違うものとして扱っていることを示しています。

「磯部さん」は、伊雑宮のことです。

伊雑宮は三重県志摩市磯部町にある伊勢神宮内宮の別宮で、地元では「磯部さん」と呼ばれます。

鮫が神宮に参る、という話です。

七本鮫(しちほんざめ)

もっとも一般的な表記。

七本鮫の磯部さん参り(しちほんざめのいそべさんまいり)

伊雑宮へ上る言い伝えの呼び名。

七本鮫の姿と特徴

七本鮫の姿は、大きな鮫とだけ伝わります。

わかっているのは、次のことです。

7匹(現在は6匹)。
旧暦6月24日(25日とも)に上る。
列をなして進む。
太平洋から的矢湾を通り、伊雑宮の大御田橋まで

日付と道筋が決まっています。

そして、害を与えることもあります。

鳥羽市の亀島では、子供が七本鮫という大きい鮫に足を噛み切られたという話が伝わります。

父親が復讐しました。

大きな釣り針でこの鮫を釣り復讐を遂げたといいます。 その数日後、静かな晴天の海で突風が吹き、多くの漁夫が水死しました。

七本鮫の伝承物語

  1. 一匹殺して六匹になる
  2. 腹を裂いて家が没落する
  3. 突風が吹く

一匹殺して六匹になる

七本鮫が六匹になった理由には、いくつもの話があります。

三重県志摩市に伝わる話です。

旧暦の6月24日には7匹の鮫が伊雑宮まで上ってきていましたが、ある年、一人の漁師が七本鮫の1匹をモリで殺してしまいました

その報いはすぐに来ます。

漁師は怒った残りの鮫に噛み殺されたといいます。

それからは6匹が毎年お参りに来ます。

志摩市磯部町には、別の話もあります。

その昔、旧暦の6月25日には7本の鮫が伊雑宮まで上ってきていました。しかしあるとき、子供が鮫に襲われ、体の半分を食われてしまいます。

残されたもう半分を餌にして1本の鮫を釣り上げたので、今は6本しかないといいます。

子の体の半分が、餌にされました。

腹を裂いて家が没落する

七本鮫を殺した者には、祟りが伝わります。

鳥羽市亀島の話です。

昔、「上村三蔵」という漁師の子供が鮫に食べられてしまいました。

漁師は復讐します。

罠を仕掛け、1匹の鮫を捕らえて腹を裂いたが、その鮫は「七本鮫」の1体だったのです。

「三蔵」は祟りを恐れました。

鳥羽市の光岳寺で祈祷してもらいましたが、流行病が蔓延し一家は没落したといいます。

志摩市磯部町にも類話があります。

漁師が息子と2人でナマコを取るために海を覗いていたところ、鮫が息子をくわえて行きました 漁師は復讐するため、旧暦の6月24日に上がってくる七本鮫をつかまえ、腹を裂いてみたが中には何もなかったといいます。

寺で謝罪の供養をしましたが、その家はとうとう没落しました。

突風が吹く

七本鮫を害した後には、海が荒れます。

鳥羽市亀島の話です。

子供が七本鮫に足を噛み切られ、父親は大きな釣り針でこの鮫を釣り復讐を遂げました

その数日後です。

静かな晴天の海で突風が吹き、多くの漁夫が水死したといいます。

復讐した本人だけでは済みません。

村全体に及びます。

この形は、神使を害したときの祟りとして語られる筋です。

鮫は、神宮へ参る側にいます。

それを殺せば、神の側を害したことになります

だから、寺で祈祷しても効きませんでした。

そして、七本鮫の側も一匹を失ったままです。

七本鮫の伝承地域

七本鮫は、三重県の志摩市・鳥羽市愛知県の佐久島などに伝わります。

三重県志摩市磯部町伊雑宮(伊勢神宮内宮の別宮、地元で「磯部さん」)に「七本鮫の磯部さん参り」の言い伝えがあり、旧暦6月24日太平洋から的矢湾を通って伊雑宮の大御田橋まで上ってきたといいます。
三重県鳥羽市・亀島子供が鮫に足を噛み切られ、父親が復讐した話が伝わります。
三重県鳥羽市・光岳寺七本鮫を殺した漁師が祈祷を頼んだ寺とされます。

参拝の際は、各社寺の案内に従ってください。

伊雑宮(いざわのみや)

七本鮫が参るとされる宮

地図で開く

伊雑宮の所在地:三重県志摩市磯部町上之郷374

伊勢神宮 内宮(皇大神宮)の別宮です。

地元では「磯部さん」と呼ばれます。

旧暦6月24日、太平洋から的矢湾を通って大御田橋まで鮫が上ってくるといわれました。

6月24日の御田植祭は、国の重要無形民俗文化財です。

七本鮫の正体と考えられているもの

七本鮫については、次のように整理できます。

一つめは、神へ参る鮫です。七本鮫の磯部さん参り」といい、旧暦6月24日に7匹の鮫が列をなして伊雑宮の大御田橋まで上ってきたとされます。

二つめは、六匹になった理由です。漁師にモリで殺された子の半身を餌に釣り上げられたなど、複数の説明譚が伝わります。

三つめは、祟りです。腹を裂いた漁師の家は流行病が蔓延し没落し、別の話では静かな晴天の海で突風が吹き、多くの漁夫が水死しました。

四つめは、数え方です。鮫を「」で数えるのは長いものの数え方であり、ふつうの魚とは違うものとして扱われていたことを示します。

七本鮫が何であったかは、わかっていません。 ただ、数が足りないまま名が残っているという一点が、この話を強く印象づけています。

七本鮫をめぐる妖怪のつながり

七本鮫が登場する作品

七本鮫は、日付の決まった怪異です。

旧暦6月24日、太平洋から的矢湾を通って伊雑宮まで。道筋まで語られています。

資料は伊勢志摩の郷土の記録が中心です。

七本鮫が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。志摩・鳥羽の伝承を整理しています。

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各地の民俗語を集めた辞典。神使や祟りにまつわる語が引けます。

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妖怪をまとめて扱う作品

海の神使として、鮫や鯨にまつわる伝承と並べて取り上げられます。

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七本鮫についてよくある質問

七本鮫とは何ですか。

三重県の志摩市・鳥羽市愛知県の佐久島などに伝わる7匹の鮫の妖怪です。旧暦の6月24日列をなして伊雑宮まで上ってきたといいます。

なぜ六匹しかいないのですか。

ある年、一人の漁師が七本鮫の1匹をモリで殺してしまい、漁師は怒った残りの鮫に噛み殺されたといいます。子の半身を餌にして1本を釣り上げたという別の話もあります。

殺すとどうなりますか。

腹を裂いた漁師は祟りを恐れて寺で祈祷してもらいましたが、流行病が蔓延し一家は没落したといいます。別の話では、静かな晴天の海で突風が吹き、多くの漁夫が水死しました

磯部さんとは何ですか。

伊雑宮のことです。 三重県志摩市磯部町にある伊勢神宮内宮の別宮で、地元では「磯部さん」と呼ばれます。

七本鮫と併せて覚えたい言葉・用語

伊雑宮(いざわのみや)

三重県志摩市磯部町の、伊勢神宮内宮の別宮。

的矢湾(まとやわん)

三重県志摩市の湾。七本鮫が通る道筋とされる。

神使(しんし)

神に仕え、その使いとされる動物。