『古事記』の因幡の白兎で、兎に海上へ一列に並ぶよう欺かれ、その背を渡らせた「和邇」と記される海の生き物。

Aimaimyi 「白兎神社の鳥居(鳥取県鳥取市白兎)」 2010年 / CC BY-SA 3.0 出典
和邇とはどんな妖怪か
和邇は、古代の海の異類です。
『古事記』の因幡の白兎に出てくることで知られます。一頭の怪物ではなく、島から岬まで列を作れるほどの群れとして現れました。
因幡の白兎での役割、山陰に残る呼び名、ほかの古代物語の用例を分けて読む必要がある海の異類です。
和邇の漢字表記と読み方
読みは「わに」です。「和邇」は『古事記』の表記で、鳥取県の白兎伝説では「ワニザメ」と説明されています。
同じ「和邇」の語でも、因幡の白兎の群れ、海神の一族、古代の人名・氏族名では意味が異なります。
和邇(わに)
『古事記』に見える表記。因幡の白兎では海上へ並ぶ生き物を指す。
鰐(わに)
漢字一字で記す表記。現代の爬虫類名だけを意味するとは限らない。
ワニザメ(わにざめ)
因幡の白兎を紹介する鳥取県資料で、物語の和邇を説明する呼び方。
和邇の姿と特徴
因幡の白兎の本文は、和邇の色も頭の形もひれも足も体長も書きません。
分かるのは三つだけです。海に住む。大勢が横一列に並ぶ。兎が背中を踏んで渡れる。
鳥取県の紹介では和邇をワニザメとします。山陰でサメを「わに」と呼ぶことが根拠です。その場合、兎を傷つける鋭い歯と、海上へ連なる背が物語の像に重なります。
四本足、緑の鱗、長い吻。現代のワニの姿は、白兎の本文には書かれていません。
和邇が登場する古典の物語
兎は海を渡るため、和邇の群れを欺く
淤岐の島にいた兎は、因幡の陸へ渡りたいと考えます。そこで海にいる和邇へ、兎の一族と和邇の一族のどちらが多いか比べようと持ちかけました。和邇たちには、島から気多の岬まで一列に並ぶよう求めます。
すると和邇たちは海上へ列を作り、兎は数えるふりをして、その背を一頭ずつ跳び渡りました。和邇は最初から兎を襲うために集まったのではなく、数比べの誘いに応じて並びます。兎の機転が成功しかけるところから物語が動きます。
最後の一頭の前で嘘を明かし、皮を剝がされる
陸へ着く直前、兎は得意になり、海を渡るために和邇をだましたのだと明かしてしまいます。すると、欺かれたと知った最後の和邇は兎を捕らえ、その衣服、つまり毛皮を剝ぎました。
この場面の和邇は、騙された側です。先に約束を偽った兎へ報復する役です。兎が痛みを負うことで、後に八十神の偽りの助言と、大穴牟遅神の正しい助けが対照的に描かれます。
兎は弱いから傷つけられたのではなく、自分の知恵を誇って相手を侮ったために失敗します。和邇の怒りは、物語の因果を成立させる重要な転換です。
八十神の助言で傷が悪化し、大穴牟遅神に救われる
皮を剝がれた兎へ、八十神は海水を浴び、風に当たって伏せるよう教えます。塩が傷にしみ、乾いた皮膚が裂けた兎は、さらに苦しみました。
遅れて来た大穴牟遅神は、真水で体を洗い、蒲の花粉を敷いて転がるよう伝えます。兎は元の毛を取り戻し、大穴牟遅神が八上比売と結ばれると予言します。和邇の場面は、この救済と縁結びへ続く発端です。
八十神は傷を悪化させ、大穴牟遅神は事情を聞いて回復へ導きます。和邇に皮を剝がされた出来事によって、兄弟たちの性格の違いが目に見える形になります。
山陰ではサメを「わに」と呼ぶ
山陰地方では、サメの肉を「わに」と呼ぶ食文化と言葉が残ります。舞台が日本海沿岸であること、海に群れ、兎が背を渡る物語であることから、和邇をサメとみる説明には地域的な根拠があります。
一方、「和邇」は海神の側の存在にも使われます。一つの動物名ではなく、海の異類の総称でした。因幡の白兎ではサメ像がよく合いますが、古代の和邇という語全体を一種類の魚へ固定することとは別の問題です。
「鮫か鰐か」という二択だけでなく、どの文献のどの場面で使われた語かを見る必要があります。白兎伝説では、山陰の海と群れで行動する点がサメ説を支えます。
豊玉姫が八尋の和邇になる ─ 産屋の禁
和邇の名がもっとも大きく出るのは、豊玉姫の出産です。『古事記』の一節を南方熊楠が引いています。
その産に方っては八尋の和邇と化りて匍匐い逶蛇う
(八尋=きわめて大きいこと。匍匐い逶蛇う=這い、うねる)
姫は夫にこう頼んでいました。
すべて佗国の人は産に臨める時、本国の形を以て産生む、故に妾今もとの身を以て産を為す、願わくは妾を見るなかれ
産むときは本国の形に戻る。だから見ないでほしい。 見られた姫は海へ帰ります。
南方はこれを、族霊の作法として読みました。鮫を祖先とする一族が、事あるごとに鮫の所作をする。姫は和邇の子孫として、和邇のように這った のだという見方です。
和邇の伝承地域
地図は『古事記』の因幡の白兎と結び付けられてきた白兎海岸周辺を示します。沖合の淤岐ノ島、海食棚、不増不減の池などが物語の景観として伝えられています。
白兎海岸周辺(はくとかいがんしゅうへん)
因幡の白兎の舞台と伝わる地域
白兎海岸周辺の所在地:鳥取県鳥取市白兎
鳥取県は、淤岐の島や気多の岬と結び付く白兎海岸周辺を物語の地として紹介しています。
物語の舞台。
和邇の正体と考えられているもの
因幡の白兎に登場する和邇は、山陰で「わに」と呼ばれたサメを背景に持つ可能性が高いと説明されています。海を横切る列や、兎との会話は物語上の表現です。
古代の人が実際のサメを知らなかったのではなく、身近な海の大型魚を、言葉を理解し約束に応じる一族として物語へ登場させたと考えると、動物名と異類の境目が見えます。
和邇をめぐる妖怪のつながり
和邇が記録された資料
因幡の白兎を読む中心は『古事記』です。鳥取県の地域資料を併せると、淤岐ノ島・気多の岬と白兎海岸周辺の結び付き、山陰でサメを「わに」と呼ぶ説明が分かります。
古代文献の「和邇」は場面によって役割が異なるため、白兎伝説のワニザメ像を、ほかのすべての和邇用例へそのまま広げることはできません。
和邇が記録された古典・地域資料
『古事記』上巻「稲羽の素兎」
兎が和邇を並ばせて海を渡り、欺きを明かして皮を剝がされる物語。
鳥取県「白うさぎ年」特集
物語の流れと、山陰でサメを「わに」と呼ぶ説明を地域側から紹介する。
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和邇についてよくある質問
和邇とは何ですか。
『古事記』などに登場する海の生き物です。因幡の白兎では大勢で海上へ並び、数えるふりをした兎に背を渡られた後、欺きを知って報復します。
因幡の白兎のワニはサメですか。
山陰でサメを「わに」と呼ぶ用例と海の舞台から、サメとする説明が有力です。ただし古代語の和邇すべてを一種類のサメへ限定することはできません。
和邇はなぜ兎の皮を剝いだのですか。
兎が数比べを装って背を渡り、最後に欺いたと明かしたためです。先に交わした約束を破られたことへの報復として描かれます。
和邇の伝承地域はどこですか。
因幡の白兎は鳥取県の白兎海岸周辺と結び付けられています。地図は物語の舞台を示します。
和邇と併せて覚えたい言葉・用語
和邇(わに)
古代の物語に現れる海の生き物。因幡の白兎では群れで海に並ぶ。
淤岐の島(おきのしま)
兎がいたとされる沖の島。白兎海岸沖の島と結び付けられる。
気多の岬(けたのみさき)
兎が渡ろうとした因幡側の岬。白兎海岸周辺と伝えられる。
和邇の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。