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全国に伝わるもの

狐憑き(きつねつき)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

狐憑き  / キツネツキ

憑き物 各地の伝説

狐の霊に取り憑かれたとされた状態。明治以降、医学によって別の説明が与えられた。

狐憑きの姿を描いた図

法橋玉山 「狐憑き」 江戸時代 / パブリックドメイン 出典

狐憑きとはどんな妖怪か

狐憑きは、狐の霊に取り憑かれたと言われる状態です。

人の精神の錯乱した状態であり、また、そのような精神状態にある人そのような事が起こり得ると信じる信仰、迷信もいいます。

言葉が三つの意味を持ちます。

状態と、人と、信仰です。

そして、地方ごとに呼び名が違います。

管狐飯綱オサキ人狐トウビョウゲドウ犬神

どれも憑き物の名です。

日本の憑き物のうち、もっとも広い範囲にわたるものです。

狐憑きの漢字表記と読み方

読みは「きつねつき」です。

憑く」は、霊がのりうつることです。

地方ごとの呼び名が並びます。

管狐(中部)、飯綱(信濃)、オサキ(上州・秩父)、人狐(出雲)、トウビョウ(中国地方)、ゲドウ犬神(四国)。

同じことを、別の名で呼びます。

そして、医学の言葉も生まれました。

明治以降、医学者の間で狐憑きは「瘋癲(ふうてん)人」と呼ばれるようになり、1902年には門脇眞枝が「狐憑病新論」で狐憑統計表を示しました。

狐憑き(きつねつき)

もっとも一般的な表記。

狐憑(きつねつき)

送り仮名を省いた形。

狐憑症(こひょうしょう)

明治期に呉秀三が記述した医学上の呼び名。

狐憑きの姿と特徴

狐憑きには、姿がありません。

憑かれたとされる人の様子によって語られます。

古い記録が多く残っています。

日本霊異記』上巻第二縁「狐を妻として子を生ましめし縁」が日本史上最古の狐憑き伝説とされます。

同著中巻第四縁、下巻第二縁にも狐憑きが登場します。

その後も、記録は続きます。

藤原実資は『小右記長元4年8月(1031年)の条に狐憑きについて記し、
建長年間の『古今著聞集』、応永年間の『中原康冨記』にも記述があります。

江戸時代は、狐憑きに関する記述が豊富でした。

狐憑きの伝承物語

  1. 座敷牢に閉じ込められた
  2. 狐狸人の身につくものにあらず
  3. ベルツの報告と、官報

座敷牢に閉じ込められた

狐憑きとされた人の扱いは、重いものでした。

当事者は少なくない数で座敷牢に閉じ込められときに拘束具で拘束・折檻されたとされます。

ただし、記録は限られます。

1918年の「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」以前の記録は残されていません。

それより前のことは、わかりません。

そして、書物は多く残りました。

天明6年、出雲国神門郡中野村の庄屋・山根与右衛門源祐時が、全国に先駆けて学術書に近い『出雲国内人狐物語』を発行しました。

文政元年には伯耆国の医者・陶山簸南が『人狐弁惑談』を出版しています。

天保・嘉永にも、記述のある本が続きます。

狐狸人の身につくものにあらず

江戸時代に、否定する説が出ました。

文化年間、鳥取藩の医家・陶山大禄が初めて、狐憑きの妄誕無稽であることを論じました。

人狐弁惑』での言葉です。

狐憑は狂癇の変証にして所謂卒狂これなり、決して狐狸人の身につくものにあらず

狐が人につくのではない、と言い切っています。

狐が霊獣ではない例証狐憑きが馬憑きに変わる例を挙げ、こう結論しました。

畢竟これ皆精神錯乱の致すところなり

1807年には、分類が示されます。

香川修徳は「一本堂行余医言」巻五で、従前「狐憑き」と総称されていたものを驚・癲・驚癲・狂・痴鵔・不食6つに分割し、「狐憑き」の概念を否定しました。

しかし、民間ではなお迷信を払拭できませんでした。

ベルツの報告と、官報

明治維新により、西洋医学が導入されました。

加藤裕一の『文明開化』や増山守正の『旧習一新』などの啓蒙書によって、旧来的な風習として批判的に取り上げられました。

そして、医師が診ます。

1885年、内科医ベルツにより「狐憑き」とされる女を診断・治療し、狐憑きは脳障害に起因するヒステリーが原因であるとされる「狐憑病説」の論文が国内で発表されました。

ベルツは学問的報告を政府に行ない、政府は官報で、狐憑きの俗見の払拭に努めました

国が動きました。

研究も続きます。

井上円了は『妖怪講義』で狐憑きを研究対象として学術体系に組み込み、
1893年榊俶が精神病的に観察・報告し、呉秀三は初めて狐憑症として記述しました。

狐憑きの伝承地域

狐憑きは、日本各地に伝わりました。

地方により管狐飯綱オサキ人狐トウビョウゲドウ犬神などと呼ばれます。

出雲、伯耆、上州、秩父、信濃、四国。

書物の出た土地も各地にわたります。 出雲国神門郡中野村(『出雲国内人狐物語』)、伯耆国五千石村(『人狐弁惑談』)、鳥取藩(『人狐弁惑』)。

1892年(明治25年)、島村俊一は明治政府の命により島根県で狐憑きを渉猟し、その結果を報告しています。

これは人の心身に関わる事柄です。特定の家や人を挙げることはしません。この欄は空のままにしてあります。

狐憑きの正体と考えられているもの

狐憑きについては、次のように整理できます。

一つめは、信仰です。狐の霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態であり、そのような事が起こり得ると信じる信仰、迷信もいいます。

二つめは、各地の呼び名です。管狐飯綱オサキ人狐トウビョウゲドウ犬神 同じことが、土地ごとに別の名で呼ばれました。

三つめは、江戸の否定説です。陶山大禄は『人狐弁惑』で「決して狐狸人の身につくものにあらず」とし、香川修徳は6つの症状に分割して概念を否定しました。

四つめは、明治の医学です。1885年ベルツが「狐憑病説」の論文を発表し、政府は官報で、狐憑きの俗見の払拭に努めました

五つめは、閉じ込めです。当事者は少なくない数で座敷牢に閉じ込められときに拘束具で拘束・折檻されたとされます。

この項は、妖怪であると同時に、人の扱われ方の記録でもあります。 否定するための本が、江戸から明治にかけて何冊も書かれました。

狐憑きをめぐる妖怪のつながり

狐憑きが登場する作品

狐憑きは、否定の歴史がそのまま資料になっている題材です。

江戸の医家が「狐狸人の身につくものにあらず」と書き、明治には政府が官報で払拭に努めました。

資料は古代の説話集から、江戸の医書、明治の医学論文まで幅があります。

狐憑きが登場する古典

日本霊異記

上巻第二縁「狐を妻として子を生ましめし縁」が、日本史上最古の狐憑き伝説とされます。

和漢三才図会

寺島良安、1712年。狐にまつわる説を収めます。

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古今著聞集

建長年間の説話集。狐憑きの記述があります。

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狐憑きが登場する研究

日本の憑きもの

石塚尊俊。全国の憑き物筋を突き合わせた研究です。

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柳田國男『妖怪談義』

憑き物を、家と家の関係のなかで語られるものとして読み解きます。

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狐憑きが登場する漫画・アニメ

妖怪をまとめて扱う作品

憑き物の代表として、管狐やオサキと並べて取り上げられます。

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狐憑きについてよくある質問

狐憑きとは何ですか。

狐の霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態であり、そのような精神状態にある人そのような事が起こり得ると信じる信仰、迷信もいいます。

ほかにどんな呼び名がありますか。

地方により管狐飯綱オサキ人狐トウビョウゲドウ犬神などとも言います。

いちばん古い記録は何ですか。

日本霊異記』上巻第二縁「狐を妻として子を生ましめし縁が、日本史上最古の狐憑き伝説とされます。

いつ否定されたのですか。

文化年間、鳥取藩の医家・陶山大禄が『人狐弁惑』で「決して狐狸人の身につくものにあらずと論じました。1885年にはベルツが「狐憑病説」を発表し、政府は官報で俗見の払拭に努めました

狐憑きと併せて覚えたい言葉・用語

日本霊異記(にほんりょういき)

平安初期の説話集。最古の狐憑き伝説を載せる。

人狐弁惑(ひとぎつねべんわく)

陶山大禄の書。狐憑きを精神錯乱と論じた。

ベルツ(べるつ)

明治期に来日した内科医。狐憑病説の論文を発表した。