姫路城の天守に隠れ住むとされる女の妖怪。年に一度だけ城主と会う。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 長壁」 1779年 / パブリックドメイン 出典
長壁姫とはどんな妖怪か
長壁姫は、姫路城に隠れ住むといわれる女の妖怪です。小刑部姫・刑部姫・小坂部姫とも書きます。
姿は文献によって違います。三十歳ほどの妖しい女、十二単を着た気高い女性、蝙蝠を従えた老姫。同じ妖怪とは思えないほど描かれ方が変わります。
共通するのは、姫路城の天守に住んでいるという一点です。
松浦静山の随筆『甲子夜話』によれば、天守に住み、人が入ってくることを嫌う。年に一度だけ老婆の姿で城主と会い、それ以外の人は怯えて登らないといいます。
井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』(1685年)では「於佐賀部」として、八百匹の眷属を操り、自在に人の心を読みすかしたと記されます。
江戸時代の怪談集『諸国百物語』では、天守で加持祈祷をしていた阿闍梨の前に現れ、身の丈二丈の鬼神に変じて蹴り殺したといいます。
長壁姫の漢字表記と読み方
読みは「おさかべひめ」です。
表記が多いのが特徴で、長壁・刑部・小刑部・小坂部・於佐賀部と、書物ごとに変わります。音は同じで、当てる字が違うだけです。
姫路には刑部という地名があり、そこに由来するという見方があります。姫路城が築かれる前、この地には刑部神社があったともいわれます。
刑部は「おさかべ」とも「ぎょうぶ」とも読みます。愛媛県松山の化け狸隠神刑部の刑部は「ぎょうぶ」です。同じ字で読みが違う点に注意が必要です。
浄瑠璃『播州皿屋敷』(1741年)では、姫路城を手に入れた青山鉄山を悩ます怪異「八天狗刑部」として登場します。
長壁姫(おさかべひめ)
もっとも一般的な表記。
刑部姫(おさかべひめ)
同じものの表記。小刑部姫とも。
小坂部姫(おさかべひめ)
同じく別の表記。
長壁(おさかべ)
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』での表記。
於佐賀部(おさかべ)
井原西鶴『西鶴諸国ばなし』での表記。
長壁姫の姿と特徴
長壁姫の姿は、文献ごとにまったく違います。
『諸国百物語』(1677年) … 三十歳ほどの妖しい女。叱られると身の丈二丈(およそ六メートル)の鬼神に変じます。座頭の姿でも現れます。
『老媼茶話』(1742年) … 三十四、五歳の、十二単を着た気高い女性。肝試しに来た小姓に「何をしに来た」と訊ね、率直な答えに感心して錣(兜の首元を守る防具)を与えます。
『今昔画図続百鬼』(1779年) … 蝙蝠を従えた老姫の姿。鳥山石燕が描きました。
『甲子夜話』 … 年に一度、老婆の姿で城主と会う。
『夭怪着到牒』(1788年) … 顔を見た者は即座に命を失うとあります。
若い女、気高い姫、老婆、鬼神。三十歳の女から老姫まで、同じ妖怪の記述とは思えないほど幅があります。
共通するのは、天守に住み、人を寄せつけないという一点だけです。
長壁姫の伝承物語
天守に登る肝試し ─ 繰り返される話の型
長壁姫の話には、決まった型があります。誰かが天守に登るというものです。
『諸国百物語』の例 … 姫路城主が、若侍に夜の天守の不審な灯りを確認しに行かせます。侍が行くと女がおり、証拠の品として櫛をくれました。城主が自分で確認しに行くと座頭が現れ、身の丈一丈ほどの鬼神に変じます。気づけば城主は御座所にいました。
『老媼茶話』の例 … 姫路城主・松平義俊の小姓、森田図書が肝試しで天守に上ります。三十四、五歳の十二単の女性に出会い、「何をしに来た」と訊ねられて「肝試しです」と答えました。その度胸と率直さに感心した女性は、証拠品として錣をくれました。
この型は共通しています。 天守に登る、女に会う、証拠品をもらう。
証拠品をくれるという部分が重要です。長壁姫は、単に人を襲う妖怪ではありません。度胸を認め、褒美を与える存在としても語られています。
八百の眷属 ─ 西鶴が描いた長壁姫
井原西鶴の浮世草子『西鶴諸国ばなし』(1685年)に描かれた「於佐賀部」は、際立っています。
西鶴によれば、於佐賀部は
八百匹の眷属を操る。
自在に人の心を読みすかす。
人の心をもてあそぶ。
とされます。人間離れした記述です。
八百匹の眷属という設定は、愛媛県松山の隠神刑部が八百八匹の狸を率いるという話とよく似ています。どちらも「刑部」の名を持ちます。
つながりがあるかどうかは、確かめられていません。ただし、城に住む主が多数の眷属を従えるという発想は共通しています。
江戸時代の奇談集『老媼茶話』(1742年)では、猪苗代城の妖姫亀姫と近縁の化け物として併記されています。
城には主がいる。天守という、人が住まない特別な場所に何かがいるという発想が、各地の城に同じような妖怪を生みました。
城主は否定した ─ 甲子夜話の記述
松浦静山の随筆『甲子夜話』には、興味深い記述があります。
まず、伝えられている話が書かれます。「ヲサカベ」は姫路城の天守に住んでおり、人が入ってくることを嫌う。年に一度だけ老婆の姿で城主と会い、それ以外の人は怯えて登らない、というものです。
そこで著者の松浦静山は、実際に姫路藩主の酒井忠以に、このことを尋ねてみました。
返ってきた答えはこうでした。
世の中ではそのような事が言われているが、天守の上は特に変わったところはない
当の城主が、否定しています。
これは貴重な記録です。妖怪の話について、当事者に直接確かめた例はそう多くありません。
それでも長壁姫の話は残りました。天守は人の住まない場所であり、そこに何かがいると考えたい気持ちのほうが、城主の証言より強かったということでしょう。
現在、姫路城の大天守の最上階には長壁神社が祀られています。
長壁姫の伝承地域
長壁姫の伝承地は、姫路市内にまとまっています。住むとされる姫路城の天守と、市街地の長壁神社です。
注目したいのは、長壁姫が妖怪として語られながら、同時に神として祀られていることです。大天守の最上階にも社があり、市街地の社では毎年六月にゆかたまつりが行われます。
姫路城には、もうひとつ大きな怪談があります。皿屋敷のお菊です。城内にはお菊井戸があり、市街地の十二所神社にはお菊神社があります。
長壁姫とお菊。二つの怪談が、同じ城と同じ町にあります。 ただし両者に物語のつながりはありません。ただ、浄瑠璃『播州皿屋敷』(1741年)には、姫路城を手に入れた青山鉄山を悩ます怪異として「八天狗刑部」が登場します。芝居のなかでは、一度だけ交わっています。
姫路城(大天守の長壁神社)(ひめじじょう(おさかべじんじゃ))
長壁姫が住むとされる天守
姫路城(大天守の長壁神社)の所在地:兵庫県姫路市本町
長壁姫が住むとされる城です。国宝であり、世界遺産にも登録されています。
大天守の最上階には長壁神社が祀られています。 天守に登った人は、この社の前まで行くことになります。妖怪が住むとされる場所に、その妖怪を祀る社があるという形です。
城内には、皿屋敷の伝説にちなむお菊井戸もあります。姫路城は、二つの大きな怪談を抱えた城です。
大天守の最上階まで登ることができる。
長壁神社(おさかべじんじゃ)
長壁姫を祀る市街地の社
長壁神社の所在地:兵庫県姫路市立町
姫路の市街地にある社で、長壁姫を祀ります。
姫路城が築かれる際に城内から移されたと伝えられ、城下の人々の信仰を集めてきました。
毎年六月にはゆかたまつりが行われます。姫路の夏を代表する祭りが、この社の祭りです。 妖怪として語られる長壁姫が、土地の守り神として祀られていることがわかります。
姫路城の南、商店街の近くにある。
長壁姫の正体と考えられているもの
長壁姫の正体については、いくつかの見方があります。
一つめは、土地の神です。姫路には刑部という地名があり、姫路城が築かれる前にこの地に刑部神社があったともいわれます。城が建つ前からあった土地の神が、城の主として語られるようになったという見方です。市街地の長壁神社が今も祀られ、ゆかたまつりが続いていることは、この見方を支えます。
二つめは、天守という場所です。天守は、人が住まない場所です。城主も普段は登りません。人の入らない高い場所に何かがいるという発想は、どの城にも生まれ得ます。猪苗代城の亀姫も同じ型です。
三つめは、狐や狸です。八百匹の眷属を操るという西鶴の記述は、隠神刑部が八百八匹の狸を率いる話とよく似ています。城に憑いた獣という説明も可能です。
四つめは、天守を守るための話とする見方です。人が勝手に登れば城の守りに関わります。恐ろしい話があれば、人は登りません。実際『甲子夜話』は「それ以外の人は怯えて登らない」と書いています。
そして、城主自身は否定しています。 松浦静山が姫路藩主の酒井忠以に尋ねたところ、「世の中ではそのような事が言われているが、天守の上は特に変わったところはない」という答えが返ってきました。
長壁姫が何であったかは、決められていません。
長壁姫をめぐる妖怪のつながり
長壁姫が登場する作品
長壁姫は、泉鏡花の『天守物語』によって近代文学のなかに生き延びました。姫路城の天守に住む富姫を主人公とするこの戯曲は、長壁姫の伝説を下敷きにしています。
近年はゲーム作品を通じて名が知られるようになりました。城の主という設定が、そのまま役柄として使えるためです。
長壁姫が登場する古典
長壁姫が登場する芸能
長壁姫が登場するゲーム・漫画
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長壁姫についてよくある質問
長壁姫とは何ですか。
姫路城の天守に隠れ住むといわれる女の妖怪です。年に一度だけ城主と会い、それ以外の人が登ることを嫌うとされます。
どんな姿ですか。
文献によってまったく違います。三十歳ほどの妖しい女、十二単を着た気高い女性、蝙蝠を従えた老姫、身の丈六メートルの鬼神と、記述の幅が非常に大きいものです。
城主は長壁姫を見たのですか。
松浦静山が姫路藩主の酒井忠以に尋ねたところ、「世の中ではそのような事が言われているが、天守の上は特に変わったところはない」という答えが返ってきたと記録されています。
隠神刑部と関係がありますか。
確かめられていません。どちらも「刑部」の名を持ち、八百ほどの眷属を従えるという記述が似ていますが、つながりを示す資料はありません。
長壁姫に会える場所はありますか。
兵庫県姫路市の姫路城です。大天守の最上階には長壁神社が祀られています。市街地にも長壁神社があり、毎年六月にゆかたまつりが行われます。
長壁姫と併せて覚えたい言葉・用語
天守(てんしゅ)
城の最も高い建物。人が住まない場所であり、妖怪の話が生まれやすい。
錣(しころ)
兜につけて首元を守る防具。肝試しの証拠品として与えられた。
亀姫(かめひめ)
猪苗代城の妖姫。長壁姫と近縁の化け物として併記される。
天守物語(てんしゅものがたり)
泉鏡花の戯曲。長壁姫の伝説を下敷きにしている。