各地に伝わる巨大な猫の怪異。捕らえてみたら尾が二股だった。

作者不明 「瓦版 大猫」 江戸時代 / パブリックドメイン 出典
大猫とはどんな妖怪か
大猫は、日本各地の何箇所かに伝わる巨大な猫の怪異です。
江戸笄町近辺の大猫がいるほか、同じ江戸市中の大崎袖ヶ崎、紀伊国(現在の和歌山県および三重県南部)、越後国(現在の新潟県の本州地域)などに、それぞれ個別の大猫の記録があります。
土地ごとに別の話です。
江戸の笄町の話から始めます。
江戸下屋敷にご隠居付きの盲目の鍼医がいましたが、治療の帰りに消息を絶ちました。
多くの人々が捜します。
行方は杳として知れなかったが、幾日かのち、鍼医は畑の肥壺で発見され、介抱の末に正気を取り戻しました。
大猫の漢字表記と読み方
読みは「おおねこ」です。
大きな猫、というだけの名です。
土地ごとに、別の名で呼び分けられます。
袖ヶ崎の大猫(江戸・大崎袖ヶ崎)。
紀州熊野の大猫(紀伊国)。
土岐山城守の大猫(『半日閑話』)。
泊り山の大猫(越後国)。
どれも「大猫」です。
そして、大きさが具体的に語られます。
立丈 壱尺三寸(立った姿勢の時の体高 約39.4cm)、横 三尺二寸(約97.0cm)。
大猫(おおねこ)
もっとも一般的な表記。
袖ヶ崎の大猫(そでがさきのおおねこ)
大崎袖ヶ崎屋敷の怪異譚。
紀州熊野の大猫(きしゅうくまののおおねこ)
『新著聞集』の怪異譚。
泊り山の大猫(とまりやまのおおねこ)
『北越雪譜』の大猫。
大猫の姿と特徴
大猫の姿は、話ごとに違います。
江戸笄町
全身斑まだら模様。立丈 壱尺三寸(約39.4cm)、横 三尺二寸(約97.0cm)。尾が二股に割れていた。
袖ヶ崎
犬ほどもある大きな猫。
紀州熊野
トラと見まごうほどの大きな獣。捕らえてみると猪ほどにもなる大きな猫。
泊り山
足跡がお盆ほどもあった。
尾が二股に割れる点は、猫又の特徴です。
大猫の伝承物語
狐だと思って捕らえたら
江戸の笄町の話は、思い違いから始まります。
盲目の鍼医が治療の帰りに消息を絶ち、幾日かのち畑の肥壺で発見されました。
肥壺です。
これを聞いた下屋敷の人々は、狐(妖狐)に化かされたのに違いないと考え、狐退治に乗り出しました。
狐だと思いました。
あちこちから集められた狐釣の名人達が夜ごと挑んだ結果、5匹目にしてようやく、名人で百姓の一人がそやつを捕らえました。
五匹目です。
ところが、違いました。
捕らえてみたらばそやつは狐などではなく全身斑まだら模様の猫であり、尾が二股に割れていたといいます。
袖ヶ崎屋敷の怪
袖ヶ崎の大猫は、屋敷の怪異です。
只野真葛が文化8年(1811年)に刊行した回想記『むかしばなし』の巻1に掲載されています。
只野真葛の祖父・丈庵が勤めていた時の話です。
場所は、仙台伊達家の下屋敷でした。
大崎袖ヶ崎屋敷(現在の東京都品川区東五反田3丁目)です。
落成後間もない頃、怪しげな出来事が相次ぎました。
昼夜の別なく長屋にどこからともなく拳大の石が投げ込まれる。
宿直の侍が枕返しをされる。灯火が突如として消える。蚊帳の吊り手が一斉に切れて落ちる。
そして、終わります。
==犬ほどもある大きな猫が長屋門の軒下あたりで眠っているのを近侍の者が鉄砲で撃ち殺したところ、それよりのち、妖しい出来事は起きなくなったといいます。
虎と見まごう獣
紀州熊野の大猫は、山の話です。
江戸時代半ばの寛延2年(1749年)に刊行された説話集『新著聞集』に収められています。
徳川の世の初め頃のことです。
紀伊国牟婁郡熊野の山の中、山陰になるとある洞窟に、トラと見まごうほどの大きな獣がいたといいます。
そやつは山里にも下りてきます。
キツネや犬を捕えて食らうのですが、時には人が追いかけられることまであったといいます。
里人は鉄砲で撃ちましたが、素早く逃げおおせます。
捕らえたのは貞享2年5月(1685年6月頃)のこと、ある者の仕掛けた罠にその獣が掛かったのでした。
正体を確かめてみたところ、猪ほどにもなる大きな猫でした。
大猫の伝承地域
大猫は、日本各地の何箇所かに伝わります。
江戸・笄町近辺 … 下屋敷で捕らえられた、尾が二股に割れた大猫。
江戸・大崎袖ヶ崎 … 大崎袖ヶ崎屋敷(現在の東京都品川区東五反田3丁目)。仙台伊達家の下屋敷でした。
紀伊国牟婁郡熊野 … トラと見まごうほどの大きな獣。貞享2年5月に罠にかかりました。
越後国魚沼郡塩沢村(現・新潟県南魚沼市) … 泊り山の大猫。足跡がお盆ほどもあったといいます。
いずれも屋敷や山そのものが舞台であり、この名で祀られた社や碑は確かめられていません。この欄は空のままにしてあります。
大猫の正体と考えられているもの
大猫については、次のように整理できます。
一つめは、各地の別々の話です。江戸笄町、大崎袖ヶ崎、紀伊国、越後国などに、それぞれ個別の大猫の記録があります。
二つめは、大きさです。笄町のものは立丈 壱尺三寸(約39.4cm)・横 三尺二寸(約97.0cm)、紀州のものは猪ほど、越後のものは足跡がお盆ほどとされます。
三つめは、二股の尾です。笄町の大猫は尾が二股に割れていたといい、猫又の特徴と重なります。
四つめは、屋敷の怪です。大崎袖ヶ崎屋敷では石が投げ込まれる、枕返しをされる、灯火が消える、蚊帳の吊り手が切れるなどの出来事が相次ぎ、大猫を撃ち殺すと止みました。
五つめは、思い違いです。笄町では狐に化かされたと考えて狐退治をしましたが、捕らえてみたら猫でした。
大猫は、実在の大きな猫を語ったものとも読めます。 寸法が細かく記されている点が、それを思わせます。
大猫をめぐる妖怪のつながり
大猫が登場する作品
大猫は、寸法まで記録された怪異です。
立丈 壱尺三寸、横 三尺二寸。捕らえて測った記録が残っています。
資料は江戸の随筆と説話集が中心です。
大猫が登場する古典
北越雪譜
鈴木牧之、1837年。泊り山の大猫を記します。足跡がお盆ほどもあったといいます。
半日閑話
大田南畝の随筆。巻16に土岐山城守の大猫の怪異譚があります。
大猫が登場する研究
大猫が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
猫の妖怪として、化け猫や猫又と並べて取り上げられます。
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大猫についてよくある質問
大猫とは何ですか。
日本各地の何箇所かに伝わる巨大な猫の怪異です。江戸笄町、大崎袖ヶ崎、紀伊国、越後国などに、それぞれ個別の記録があります。
どれくらい大きいのですか。
笄町のものは立丈 壱尺三寸(約39.4cm)・横 三尺二寸(約97.0cm)でした。紀州のものは猪ほど、越後のものは足跡がお盆ほどもあったといいます。
狐だと思ったという話は何ですか。
盲目の鍼医が行方不明になり畑の肥壺で発見されたため、人々は狐に化かされたと考えて狐退治に乗り出しました。 ところが5匹目に捕らえたのは狐ではなく、尾が二股に割れた大猫でした。
袖ヶ崎の話とは何ですか。
大崎袖ヶ崎屋敷で石が投げ込まれる、枕返しをされる、灯火が消えるなどの怪異が相次ぎ、犬ほどもある大きな猫を鉄砲で撃ち殺したところ、妖しい出来事は起きなくなったという話です。
大猫と併せて覚えたい言葉・用語
笄町(こうがいちょう)
江戸西郊の地名。大猫が捕らえられた下屋敷があった。
只野真葛(ただのまくず)
『むかしばなし』の著者。袖ヶ崎の大猫を記した。
新著聞集(しんちょもんじゅう)
1749年刊の説話集。紀州熊野の大猫を収める。