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化猫遊女(ばけねこゆうじょ)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

化猫遊女  / バケネコユウジョ

獣の妖怪 怪談・百物語

品川宿の噂から生まれた、夜になると化け猫に変わる遊女。

化猫遊女の姿を描いた図

磯田湖龍斎 「売言葉 化猫遊女」 1777年 / パブリックドメイン 出典

化猫遊女とはどんな妖怪か

化猫遊女は、江戸時代のキャラクターです。

黄表紙、洒落本、咄本、歌舞伎などに登場して人気を博しました。

もとは、噂です。

当時の品川宿で起きていた「化け猫の飯盛女がいる」という風説をもとに創作されました。

飯盛女は、宿場で客をとった女です。

そして、こう描かれます。

普段は遊廓に勤めている遊女が、深夜になると化け猫に姿を変えるというものです。

典型的な場面があります。

客が寝入った後に遊女がこっそりと起き、客が気づくと、遊女がネコの顔と人型の体を持つ化け猫に姿を変え、こっそりと食べ物を食べているというものです。

化猫遊女の漢字表記と読み方

読みは「ばけねこゆうじょ」です。

化け猫になる遊女、という名です。

なぜ猫にたとえられたのか、理由が並べられています。

遊女が「寝子(ねこ)」の別名で呼ばれたこと。
実際にネコを飼う遊女が多かったこと。
周囲から隔離された遊郭は非現実的な空間であり、その中にいる遊女はある意味で妖しげな存在であったこと。
閉鎖された環境では陰湿な感情が蓄積されて妖怪伝承のもととなりやすかったこと。

そして、食事です。

遊女が客の前で食事をとるのは失礼にあたったため、廊下や下卑蔵部屋でこっそりと食事をとっておりそうした場面を偶然目撃した者には不気味な光景に映ったであろうといいます。

化猫遊女(ばけねこゆうじょ)

もっとも一般的な表記。

化物伊勢屋(ばけものいせや)

噂の発祥とされた品川宿の宿の呼び名。

お化け伊勢屋(おばけいせや)

同じく品川の宿の呼び名。

化猫遊女の姿と特徴

化猫遊女の姿は、変わる途中で描かれます。

ネコの顔と人型の体を持つ化け猫。
こっそりと食べ物を食べている

食べているところを見られます。

食べているものは、作品によって違います。

エビを頭からガリガリと齧る(『化物世櫃鉢木』1781年、『腹鼓臍噺曲』1798年)。
を食べ散らかす(歌舞伎『花相撲源氏張胆』1775年)。
人間の腕を齧る(『小雨衆雨見越松毬』1796年)。

人を食べるものもあります。

ただし後者では、遊女は人間の姿のままで描かれており、人間の腕と見えたものはサツマイモの見間違いにすぎなかったというオチがついています。

化猫遊女の伝承物語

  1. 親孝行な化け猫
  2. 化物伊勢屋
  3. 名が「野」で終わる

親孝行な化け猫

化猫遊女には、同情される筋もあります。

1781年(天明元年)の黄表紙『化物世櫃鉢木』、および同書と他書との改題合成本である1802年(享和2年)の『化物一代記』での話です。

品川宿の遊廓で深夜に客が遊女部屋を覗くと、井出野という馴染みの遊女が化け猫に姿を変えてエビを頭からガリガリと齧っている場面があります。

エビです。

そして、事情が語られます。

この化け猫は、狩人に殺された親の家を相続したいと化け修行をしている、親孝行な娘とされています。

親孝行です。

化け修行をしています。

恐ろしいだけの妖怪ではありません。

化物伊勢屋

この話の発祥は、実在の宿です。

江戸当時、品川宿の伊勢屋という宿場に化け猫の飯盛女がいるという噂が立ったことが発祥とされます。

噂の年代もたどれます。

1776年(安永5年)の咄本『売言葉』に「猫また」と題した話が2話あり、「此ごろ猫またざたの気味わるく」とあることから、1775年以前にこうした風説が存在していたと見られています。

1788年の洒落本『一目土堤』にも「化物伊勢屋は南駅(しながわ)の」とあります。

そして、屋号が定着します。

伊勢屋」の名は平凡な屋号であるため、ほかの伊勢屋と区別するために「化物伊勢屋」などの名が定着したようです。

5代目古今亭志ん生の『品川心中』にも「土蔵相模、島崎、お化け伊勢屋」とあります。

名が「野」で終わる

化猫遊女には、名づけの決まりがありました。

伊勢屋の飯盛女の名は「野」で終わっていたため、
『化物世櫃鉢木』の井出野をはじめ、化猫遊女も「野」で終わる名のことが多いといいます。

実在の宿の習わしが、作品に写されています。

そして、話は独り歩きします。

こうした風説が安永・天明期(1772年から1788年まで)にかけてキャラクター化されて黄表紙などに登場し、
それらの作品の中で実際の品川の噂話とはまったく関係ない姿で描かれるようになりキャラクターとして一人歩きを始めたものが化猫遊女です。

作品の中に、噂への目配せも残っています。

『化物世櫃鉢木』では、化猫遊女を覗き見た客が「どこかで話に聞いたようなことだ」と台詞を言う場面があります。

化猫遊女の伝承地域

化猫遊女は、品川宿の噂から生まれました。

品川宿の伊勢屋という宿場に化け猫の飯盛女がいるという噂が立ったことが発祥とされます。

品川宿は、東海道の最初の宿場です。田舎侍や坊主たち相手の遊廓として人気を博していました。

噂が江戸中に広まるにつれて、伊勢屋が「化物伊勢屋」「お化け伊勢屋」と呼ばれるようになりました

1801年の品川細見『ぶら提灯』には「伊勢屋」が2件登載されています。

宿場は現存せず、この名で祀られた社や碑もありません。この欄は空のままにしてあります。

化猫遊女の正体と考えられているもの

化猫遊女については、次のように整理できます。

一つめは、噂から生まれたものです。品川宿の伊勢屋という宿場に化け猫の飯盛女がいるという噂が立ったことが発祥とされます。

二つめは、覗き見の場面です。客が寝入った後に遊女がこっそりと起き、客が気づくと、ネコの顔と人型の体を持つ化け猫に姿を変え、こっそりと食べ物を食べているというのが典型です。

三つめは、親孝行です。化物世櫃鉢木』の井出野は、狩人に殺された親の家を相続したいと化け修行をしている、親孝行な娘とされています。

四つめは、猫にたとえられた理由です。遊女が「寝子」の別名で呼ばれたこと、実際にネコを飼う遊女が多かったこと、客の前で食事をとるのは失礼にあたったため廊下などでこっそり食べていたことなどが挙げられます。

五つめは、一人歩きです。安永・天明期にキャラクター化されて黄表紙などに登場し、実際の品川の噂話とはまったく関係ない姿で描かれるようになりました

この妖怪は、噂と創作の境目にいます。 実在の宿の名が、作品の中に残りました。

化猫遊女をめぐる妖怪のつながり

化猫遊女が登場する作品

化猫遊女は、噂が作品になった例です。

品川の宿に立った風説が、黄表紙や歌舞伎に取り込まれ、やがて独り歩きしました。

資料は江戸の戯作と、後年の落語や小説に分かれます。

化猫遊女が登場する古典

化物世櫃鉢木

1781年の黄表紙。品川の遊廓で化け猫に変わる遊女・井出野を描きます。

花相撲源氏張胆

1775年の歌舞伎。化猫遊女が魚を食べ散らかす場面があります。

一目土堤

1788年の洒落本。「化物伊勢屋は南駅の」とあります。

化猫遊女が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。品川の噂と作品の関係を整理しています。

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化猫遊女が登場する落語・小説

品川心中

5代目古今亭志ん生の所演。「土蔵相模、島崎、お化け伊勢屋」とあります。

半七捕物帳

岡本綺堂。「例の化伊勢屋ではありません」という台詞があります。

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化猫遊女についてよくある質問

化猫遊女とは何ですか。

普段は遊廓に勤めている遊女が、深夜になると化け猫に姿を変えるという、江戸時代の黄表紙や歌舞伎などのキャラクターです。

どんな場面で描かれますか。

客が寝入った後に遊女がこっそりと起き、客が気づくと、遊女がネコの顔と人型の体を持つ化け猫に姿を変え、こっそりと食べ物を食べているというものが典型です。

発祥は何ですか。

江戸当時、品川宿の伊勢屋という宿場に化け猫の飯盛女がいるという噂が立ったこととされます。噂が広まるにつれ、伊勢屋は「化物伊勢屋」「お化け伊勢屋」と呼ばれるようになりました。

なぜ猫なのですか。

遊女が「寝子(ねこ)」の別名で呼ばれたこと、実際にネコを飼う遊女が多かったこと、客の前で食事をとるのは失礼にあたったため廊下などでこっそり食べていたことなどが理由として考えられています。

化猫遊女と併せて覚えたい言葉・用語

飯盛女(めしもりおんな)

宿場で客をとった女。

黄表紙(きびょうし)

江戸後期の絵入りの読み物。

品川宿(しながわしゅく)

東海道の最初の宿場。化猫遊女の噂の発祥地。