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全国に伝わるもの

馬骨(ばこつ)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

馬骨  / バコツ

火の妖怪獣の妖怪 妖怪絵巻

妖怪絵巻『土佐お化け草紙』に描かれた馬の妖怪。火事で焼け死んだ馬が化けたものとされる。

馬骨の姿を描いた図

作者不明 「土佐お化け草紙 馬骨と宿守」 1859年 / パブリックドメイン 出典

馬骨とはどんな妖怪か

馬骨はひとことで言えば、絵巻に一度だけ描かれた馬の妖怪です。

江戸時代の妖怪絵巻『土佐お化け草紙』に登場します。

その絵では、蚊帳の中で、蝦蟇の妖怪「宿守」と向かい合っている姿が描かれています。室内に吊られた蚊帳という、意外なほど日常的な場所です。

そして絵には、火事で焼け死んだ馬が化けたものである、と書き添えられています。

分かっているのは、これだけです。

何をするのか、どこに出るのか、どうすれば避けられるのか。絵巻はいっさい語りません。

それでも、この短い書き添えは、江戸時代の人々の暮らしと感覚をよく映しています。

馬骨の漢字表記と読み方

読みは「ばこつ」です。字の通り、馬の骨を意味します。

ところが「馬の骨」という言葉には、江戸時代に別の意味もありました。馬の骨から採った脂肪分で作った、粗悪で安い蝋燭のことを「馬の骨」と呼んだのです。

つまりこの名は、獣の骨そのものと、そこから作られる灯りの両方を指していました。

「どこの馬の骨だか知れない」「どこの牛の骨とも馬の骨ともつかぬ」という言い回しがあります。

この言葉の由来を、火事で焼けた馬や牛の骨に求める俗な説があります。

絵巻がこの妖怪に付けた「火」に関する説明は、そうした言葉の連想を踏まえたものとみられます。

馬骨(ばこつ)

『土佐お化け草紙』に描かれた妖怪の名。

馬の骨(うまのほね)

馬の骨から採った脂で作った粗末な蝋燭の呼び名でもあった。

宿守(やどもり)

同じ絵巻で馬骨と向かい合って描かれる蝦蟇の妖怪。

馬骨の姿と特徴

姿は、絵巻の一枚がすべてです。

場面 … 室内に吊られた蚊帳の中。
相手 … 蝦蟇の妖怪「宿守」と向かい合っています。
姿 … 馬の妖怪として描かれます。
由来 … 火事で焼け死んだ馬が化けたもの、と書き添えられています。

蚊帳のなかで、馬と蝦蟇が向かい合う。

妖怪の絵としては、恐ろしさよりも奇妙さが先に立つ図です。

『土佐お化け草紙』には、こうした取り合わせの絵がいくつも収められています。土地の言い伝えを写したというより、絵師の思いつきによる組み合わせを含むとみられます。

馬骨がなぜ蚊帳の中にいるのか、なぜ蝦蟇と向かい合っているのか。説明はありません。

絵だけがあって、話がないのです。

馬骨の伝承物語

  1. 火事と馬をめぐる言い伝え
  2. 東山の馬骨と名乗る化物
  3. 狐火の燃料としての馬の骨
  4. 絵一枚と短い書き添えだけが残った
  5. 火事で牛馬を死なせる恐れ
  6. 土佐お化け草紙という絵巻

火事と馬をめぐる言い伝え

馬骨の説明には「火事で焼け死んだ馬」とあります。この一言の背後には、各地に広がっていた強い禁忌があります。

飼っている牛馬を火事に巻きこんで死なせるのは良くないという言い伝えです。

山口県では、そうすると家が栄えないと言われました。静岡県、山梨県、愛知県、福井県では、七代祟ると語られました。

七代というのは、当人だけでなく子孫にまで及ぶという意味です。それほど重い過ちとされていました。

東北地方などでは「馬は火を恐れる動物」とされ、火事のときに火を目にすると動けなくなってしまうとも語られていました。

これは俗信であると同時に、実際の観察でもあります。

東山の馬骨と名乗る化物

農家にとって牛馬は、家族に近い働き手でした。逃がしてやれずに焼き殺してしまうことは、財産の損失であり、心の重荷でもありました。

その重荷が、妖怪の姿を取ったのが馬骨だと考えられます。

南方熊楠は『十二支考』に、紀州で聞いた化物退治の話を書きとめています。夜ごと三体の怪が寺へ入ってきて、それぞれ名を告げます。

中より誰ぞと問う声に応じ、東山の馬骨と答え、今晩は至極好い肴あるそうで結構でござると挨拶して通る。

「東山の馬骨」と名乗ります。 翌朝、村人は東の野に馬の頭の骨を見つけました。馬の骨が化けるという発想は、絵巻の外にもありました。

狐火の燃料としての馬の骨

馬の骨と火の結び付きは、もう一つの言い伝えにも現れます。

狐火です。

狐たちが燃やす火の燃料には、馬の骨が用いられると考えられていました。

狐火は、夜の野山に点々と連なって見える正体不明の灯りのことです。全国に伝わります。

その火を狐が灯していると考えるなら、燃料が要ります。そこで持ち出されたのが、野に転がる馬の骨でした。

これは、たしかに理屈が通っています。馬の骨から採った脂で蝋燭が作られていたのですから、骨が燃えることは人々が知っていました。

馬の骨は、燃えるものだったのです。

粗悪で安い蝋燭の名が「馬の骨」であったこと。狐火の燃料が馬の骨とされたこと。焼け死んだ馬が化けて馬骨になること。

三つの話は、すべて同じ結び付きの上にあります。骨と火です。

絵一枚と短い書き添えだけが残った

馬骨について分かっていることは、絵一枚と短い書き添えだけです。理由はいくつか考えられます。

絵巻のために作られた可能性があります。『土佐お化け草紙』のような妖怪絵巻には、土地の言い伝えを写したものと、絵師が思いついて描いたものが混じっています。馬骨の名を土地の言い伝えのなかに探しても、いまのところ見つかっていません。

言葉から起こされた可能性もあります。「どこの馬の骨」という慣用句と、粗末な蝋燭の呼び名。この二つが結び付けば、火に関わる馬の妖怪という着想は自然に出てきます。

火事で牛馬を死なせる恐れ

もともと説明を必要としなかった可能性もあります。絵巻は絵を見るものです。名と一言の由来があれば足りました。

記録が失われたのではなく、はじめから多くを語られなかったとみるのが妥当です。

それでも、この妖怪には芯があります。牛馬を火事で死なせることへの恐れという、確かな背景を持っています。

一枚の絵に、当時の暮らしの重みが詰まっています。

「どこの馬の骨」という言い回しのほうは、柳田国男が「家の話」で使っています。

何の素性も知れぬ馬の骨が、吝嗇・貪慾ないしは幸運によって、一門の旧家であるがごとく反りかえって歩く

(吝嗇=りんしょく。けち)素性の知れないものの代名詞として、馬の骨が置かれています。 妖怪の名は、この言い回しと地続きにあります。

土佐お化け草紙という絵巻

馬骨が描かれた『土佐お化け草紙』は、江戸時代の妖怪絵巻の一つです。

妖怪絵巻とは、さまざまな妖怪の姿を並べて描いた巻物のことです。『百鬼夜行絵巻』の系統が有名ですが、それとは別に、地方で作られたものが数多く伝わっています。

こうした絵巻には、他のどこにも見えない妖怪が描かれていることがあります。

馬骨も、そうした一つです。同じ絵巻に描かれる蝦蟇の妖怪「宿守」も同様です。

絵巻の名に「土佐」とありますが、これは絵巻そのものの呼び名にあたります。

この点は取り違えられやすいところです。

絵巻の研究では、俗信との関わりが指摘されています。牛馬を火事で死なせることへの禁忌、狐火の燃料、馬の骨の蝋燭。絵巻に描かれた妖怪の背後には、当時の人々が実際に信じていたことが横たわっています。

絵巻は、その断片を留めた器だと言えます。

馬骨の伝承地域

馬骨は、特定の土地に結び付いていません。

絵巻の名に「土佐」とありますが、これは絵巻そのものの呼び名です。馬骨が土佐、いまの高知県の言い伝えであると示す記録は見つかりませんでした。

出る場所を記した記述もありません。絵に描かれているのは室内に吊られた蚊帳の中ですが、それがどこの家かは語られていません。

背景にある「牛馬を火事で死なせてはならない」という言い伝えは、山口県、静岡県、山梨県、愛知県、福井県、東北地方など各地に広がっています。各地にまたがります。

そのため、この妖怪をたずねて行ける場所はありません。

馬骨の正体と考えられているもの

馬骨の成り立ちについては、次のような見方があります。

絵巻のために起こされたとする見方があります。土地の言い伝えに名が見つからず、記述も一行の由来だけであることから、絵師の着想による可能性が指摘されます。

慣用句から生まれたとする見方もあります。「どこの馬の骨だか知れない」という言い回しの由来を、火事で焼けた馬や牛の骨に求める俗な説がありました。絵巻の説明は、その説を踏まえたものとみられます。

蝋燭の名から来たとする見方も考えられます。馬の骨から採った脂で作る粗末な蝋燭が「馬の骨」と呼ばれていました。骨と火はすでに結び付いていたのです。

禁忌が形をとったとする見方もあります。牛馬を火事に巻きこんで死なせると七代祟る、という重い言い伝えが各地にありました。その恐れが姿を得たとみるものです。

どれか一つに決めることはできません。 ただ、この妖怪が「骨」と「火」という二つの言葉の結び付きの上に立っていることは確かです。

馬骨をめぐる妖怪のつながり

馬骨が登場する作品

馬骨は、一枚の絵だけで知られている妖怪です。

物語も、目撃談も、退ける方法もありません。名と姿と、一行の由来があるだけです。

それでも、絵巻に描かれたことによって、この妖怪は失われずに残りました。

近年、地方に伝わる妖怪絵巻の研究が進み、こうした妖怪が改めて取り上げられるようになりました。

有名な妖怪の陰に、名だけが残されたものが数多くあります。馬骨はその一つです。

馬骨が登場する絵

土佐お化け草紙

江戸時代の妖怪絵巻。馬骨が蚊帳の中で宿守と向かい合う姿を描きます。

馬骨が登場する書物

妖怪百物語絵巻

湯本豪一の著。各地の妖怪絵巻を集めて紹介したものです。

妖怪の通り道 俗信の想像力

常光徹の著。『土佐お化け草紙』と俗信との関わりを論じています。

馬骨が登場するそのほか

妖怪を集めた各種の事典

絵巻にのみ見える妖怪として、名と絵が紹介されています。

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馬骨についてよくある質問

馬骨とは何ですか。

江戸時代の妖怪絵巻『土佐お化け草紙』に描かれている馬の妖怪です。蚊帳の中で蝦蟇の妖怪「宿守」と向かい合う姿で描かれ、火事で焼け死んだ馬が化けたものだと書き添えられています。

馬骨はどこに出るとされますか。

出る場所を記した記録は見つかっていません。絵巻の名に「土佐」とありますが、これは絵巻そのものの呼び名にあたります。

なぜ火と結び付いているのですか。

江戸時代には、馬の骨から採った脂で作った粗末な蝋燭が「馬の骨」と呼ばれていました。また狐火の燃料は馬の骨だとも考えられていました。骨と火はすでに結び付いていたのです。

牛馬を火事で死なせる禁忌とは何ですか。

飼っている牛馬を火事に巻きこんで殺してしまうのは良くないとする言い伝えです。山口県では家が栄えないと言われ、静岡県、山梨県、愛知県、福井県では七代祟ると語られていました。

ほかに記録は残っていますか。

絵巻の一枚と短い書き添え以外に、まとまった記録は見つかっていません。土地の言い伝えのなかに馬骨の名を探しても、いまのところ確かめられていません。

馬骨と併せて覚えたい言葉・用語

土佐お化け草紙(とさおばけぞうし)

江戸時代の妖怪絵巻。馬骨と宿守が描かれている。

宿守(やどもり)

同じ絵巻に描かれる蝦蟇の妖怪。馬骨と蚊帳の中で向かい合う。

狐火(きつねび)

夜の野山に連なって見える正体不明の灯り。燃料は馬の骨とされた。

七代祟る(しちだいたたる)

子孫にまで災いが及ぶという言い方。牛馬を火事で死なせた場合に言われた。

馬骨の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 青空文庫 南方熊楠『十二支考』「鶏に関する伝説」
  2. 青空文庫 柳田国男「家の話」