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岐阜県

両面宿儺(りょうめんすくな)とはどんな妖怪か|姿と伝承

両面宿儺  / リョウメンスクナ

人型の妖怪 各地の伝説和漢三才図会

ひとつの胴に二つの顔を持つ異形。都では討たれる賊、飛騨では開祖として伝わる。

両面宿儺の姿を描いた図

撮影 Toyotsu 「両面宿儺坐像(円空作・円空仏寺宝館)」 1685年の像 / CC BY-SA 出典

両面宿儺とはどんな妖怪か

両面宿儺はひとことで言えば、顔が二つある異形です。

日本書紀』に記録されました。

仁徳天皇の巻に、飛騨国に現れたものとして記されます。ひとつの胴体に前と後ろに顔があり、顔と顔は互いに背き合っていました。うなじがなく、それぞれの顔に手足が二本ずつ付く。腰には左右に剣を帯び、四本の手で二張りの弓を同時に使ったといいます。

書紀はこれを皇命に従わず、民から奪うことを楽しんだ者として書き、討伐された経緯まで記します。

ところが、飛騨の土地ではまったく逆に語られてきました。寺を開き、毒龍を退治し、民を救った存在として、複数の寺に開基伝承が残っています。

同じ相手が、中央の記録では賊、土地の伝承では英雄になっている。 この落差こそが両面宿儺という存在の核心です。

近年は漫画作品を通じて名が一気に広まりました。

両面宿儺の漢字表記と読み方

読みは「りょうめんすくな」です。「儺」の字は難しく見えますが、追儺(鬼を追う行事)の「儺」と同じ字です。

スクナ」という名は、記紀に登場するスクナビコナとの関係が指摘されることがあります。ただし、両者を結びつける確かな根拠はありません。「両面」は名の一部ではなく、姿の説明として付いたものと考えられています。

両面宿儺(りょうめんすくな)

もっとも一般的な表記。

兩面宿儺(りょうめんすくな)

旧字体による表記。

宿儺(すくな)

書紀本文での呼び方。「両面」は姿の説明にあたる。

両面四臂(りょうめんしひ)

仏像などで、二つの顔と四本の腕を持つ姿を指す語。宿儺の姿の説明に用いられる。

両面宿儺の姿と特徴

『日本書紀』の記述は、日本の古典のなかでも際立って細かい身体描写です。

一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ背き合っている。頭の頂は合わさっていて、うなじがない。
それぞれに手足があり、膝はあるが膝の裏と踵がない。

つまり、前を向く顔と後ろを向く顔が背中合わせにくっついており、首の後ろにあたる部分が存在しない。膝の裏と踵がないという記述は、膝が曲がらない、あるいは足の形が人と違うことを示すと解されます。

武装も具体的です。腰の左右に剣を帯び、四本の手で二張りの弓と矢を使ったとされます。力は強く、動きは速かったといいます。

飛騨の寺に伝わる像では、二つの顔を持ちながら穏やかな表情で表されることがあります。討伐された賊としてではなく、土地を開いた者として彫られているためです。同じ姿が、立場によって正反対の表情を与えられています。

両面宿儺の伝承物語

  1. 日本書紀の記述 ─ 討たれる者として
  2. 飛騨の伝承 ─ 寺を開いた者として
  3. 顔が二つある ─ 記述の読み方
  4. 現代の両面宿儺 ─ 名が広まるまで

日本書紀の記述 ─ 討たれる者として

『日本書紀』仁徳天皇の巻に、次のような趣旨の記事があります。

飛騨国に宿儺という者がいた。ひとつの胴に二つの顔があり、顔は互いに背き合っている。うなじがなく、それぞれに手足がある。力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で弓矢を使う。

皇命に従わず、人民から略奪することを楽しみとした。

そこで難波根子武振熊が遣わされ、宿儺は討たれました。

記述はこれだけです。どこに住んでいたか、誰を率いていたか、どう戦ったかは書かれていません。 姿の描写だけが異様に細かく、行いは一行で片づけられています。

中央の記録が、従わない相手をどう書き残したか。 その典型がここにあります。

飛騨の伝承 ─ 寺を開いた者として

飛騨の土地に伝わる話は、書紀とまったく違います。

高山市丹生川町の千光寺は、両面宿儺が開いたと伝えられます。円空が彫った両面宿儺の像がこの寺に伝わっており、討伐された賊ではなく、開山の祖として祀られています。

岐阜県関市の日龍峰寺にも、両面宿儺にまつわる伝承があります。この地では、宿儺が毒龍を退治して民を救ったと語られます。

このほか飛騨各地に、鬼を退治した、水を引いた、山を開いたといった伝承が点在します。

中央から見れば従わない賊、土地から見れば土地を拓いた首長。 どちらが本当かではなく、同じ人物について二通りの記憶が並存していることが、両面宿儺の伝承の実態です。

顔が二つある ─ 記述の読み方

二つの顔という描写については、いくつかの読み方があります。

ひとつは、二人の首長を一人として書いたとする読み方です。飛騨の勢力に二人の指導者がいて、それを一体のものとして記録したというものです。四本の手、二張りの弓という描写とも合います。

もうひとつは、面をかぶった姿とする読み方です。祭祀のために面をつけた首長の姿が、そのまま記録されたという説明です。

三つめは、中央に従わない者を異形として描く常套とする読み方です。土蜘蛛が長い手足を持つと書かれたのと同じ手法で、姿を歪めて書くこと自体が、従わない相手への評価だったという見方です。

いずれも推測であり、確かめる手立てはありません。ただ、姿の描写がここまで具体的なのは、単なる悪口では説明しにくいという指摘もあります。

現代の両面宿儺 ─ 名が広まるまで

両面宿儺は長いあいだ、飛騨の郷土史と古典の研究者以外にはほとんど知られない存在でした。

それが大きく変わったのが近年です。漫画作品に強大な存在として登場したことで、名前の知名度が短期間で跳ね上がりました。作品での設定は書紀の記述とは大きく異なりますが、二つの顔と四本の腕という姿だけは受け継がれています。

これをきっかけに、飛騨の伝承地を訪ねる人も増えました。千光寺の円空仏や、日龍峰寺の伝承が、あらためて注目されています。

古典に一段落しか記述のない存在が、千数百年後に最も検索される妖怪のひとつになった。 妖怪の知られ方が作品に左右されることを、両面宿儺ほどはっきり示す例はありません。

両面宿儺の伝承地域

両面宿儺の伝承地は、岐阜県の飛騨と美濃に集中しています。討たれた場所を伝える地はなく、残っているのは開いた・救ったという側の伝承ばかりです。

『日本書紀』は討伐を記しますが、その舞台がどこかは書いていません。そのため、討伐地とされる場所は挙げていません。

千光寺(せんこうじ)

両面宿儺が開いたと伝わる寺

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千光寺の所在地:岐阜県高山市丹生川町下保1553

飛騨の袈裟山にある真言宗の寺で、両面宿儺の開基伝承を持ちます。

この寺には、江戸時代の僧円空が彫った仏像が多数伝わっており、そのなかに両面宿儺の像があります。二つの顔を持つ姿でありながら、穏やかな表情に彫られています。

討たれた賊としてではなく、この土地を開いた者として像が作られている。 書紀の記述との落差が、もっともはっきり見える場所です。

円空仏を多く所蔵することで知られ、寺宝館がある。高山市街から車で向かうことになる。

日龍峰寺(にちりゅうぶじ)

両面宿儺の毒龍退治伝承が伝わる寺

地図で開く

日龍峰寺の所在地:岐阜県関市下之保

美濃の高沢山にある寺で、高澤観音の名でも知られます。両面宿儺が毒龍を退治して民を救ったという伝承が伝わり、これを開創の由来としています。

本堂は斜面に張り出した舞台造りで、山中の古い寺の姿をよく残しています。

飛騨と美濃の両方に宿儺の伝承があることは、その勢力が一つの谷にとどまらなかったことを示すと読まれることがあります。

飛騨側の千光寺とあわせて訪ねる人が多い。

両面宿儺の正体と考えられているもの

両面宿儺の正体については、次の見方が示されています。

もっとも有力なのは、飛騨の豪族の首長とする見方です。大和の勢力が飛騨へ及ぶ過程で抵抗した在地の勢力があり、その首長が書紀に記録されたというものです。土地の伝承が英雄として語り継いだことは、この見方をよく支えます。

二人の指導者を一体として記したとする見方もあります。二つの顔、四本の手、二張りの弓という描写は、二人分を一人に重ねた表現とすれば筋が通ります。

祭祀の面をかぶった姿とする見方もあります。両面の面は各地の祭礼に例があり、面をつけた首長の姿が伝わったという説明です。

中央の記録の常套とする見方もあります。従わない相手を異形として書くことは、土蜘蛛など他の例にも見られます。

どれも決め手を欠きます。両面宿儺が何者であったかは、わかっていません。 確かなのは、討伐を記した中央の書と、開基を伝える土地の寺が、千数百年にわたって並び立っているということだけです。

討たれた側が異形として語られる例は、ほかにもあります。物部守屋の怨霊とされる寺つつきは、聖徳太子の建てた寺を嘴で突くといいます。

両面宿儺をめぐる妖怪のつながり

両面宿儺が登場する作品

呪術廻戦』の両面宿儺は創作上の存在です。『日本書紀』の討伐記事、千光寺の開山伝承、円空作の像を、作中設定へ読み替えないよう分けて紹介します。

両面宿儺が登場する漫画・アニメ

呪術廻戦

両面宿儺の名を持つ極めて強大な存在が登場します。二つの顔と四本の腕という姿が受け継がれています。この作品によって名が広く知られるようになりました。

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両面宿儺が登場する仏像・美術

円空作 両面宿儺坐像

岐阜県高山市の千光寺に伝わる木像です。二つの顔を持ちながら穏やかな表情に彫られています。

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両面宿儺についてよくある質問

両面宿儺とは何ですか。

『日本書紀』仁徳天皇の巻に記された、ひとつの胴に二つの顔を持つ異形です。朝廷に従わず討たれたと記されますが、飛騨の土地では寺を開いた英雄として伝わります。

両面宿儺は実在しましたか。

わかっていません。飛騨の豪族の首長を記録したものとする見方が有力ですが、確かめる手立てはありません。

両面宿儺はどこにいたのですか。

『日本書紀』は飛騨国と記します。現在の岐阜県高山市や関市に伝承が残り、千光寺と日龍峰寺には開基の伝承があります。

両面宿儺は鬼ですか。

書紀は鬼とは書いていません。ただし異形の姿と討伐された経緯から、後世の妖怪の書では鬼の一種として扱われています。

両面宿儺の像は見られますか。

岐阜県高山市の千光寺に、円空が彫った両面宿儺の像が伝わっています。

なぜ顔が二つなのですか。

二人の首長を一人として記した、祭祀の面をかぶった姿を記した、従わない相手を異形として描いたなど、いくつかの読み方があります。定まった答えはありません。

両面宿儺と併せて覚えたい言葉・用語

日本書紀(にほんしょき)

720年に成立した日本最古の正史。両面宿儺の記述は仁徳天皇の巻にある。

円空(えんくう)

江戸時代前期の僧。全国を巡って多数の木像を彫った。飛騨に作例が多い。

開基(かいき)

寺を開いた人。両面宿儺は飛騨・美濃の複数の寺で開基とされる。

二面四臂(にめんしひ)

二つの顔と四本の腕を持つ姿。仏像の表現に用いられる語で、宿儺の姿の説明にも使われる。

両面宿儺の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「両面宿儺と高山市国府町との関係」
  2. 高山市『高山市歴史文化基本構想』第2章(両面宿儺坐像)
  3. 高山市『高山市歴史文化基本構想』第8章(千光寺道)