『出雲国風土記』に載る一つ目の人食い鬼。文献で確認できる最古の鬼の記述とされる。

Wakuwaku99 「温泉神社の本殿(島根県雲南市)」 2024年 / パブリックドメイン 出典
阿用郷の鬼とはどんな妖怪か
阿用郷の鬼は、記録に残るもっとも古い鬼です。
『出雲国風土記』大原郡阿用郷の条に載ります。記述では「目一鬼」と記され、鬼そのものに名前はありません。
阿用郷は、島根県雲南市に阿用の地名が残るように、阿用川の流域から赤川の南岸にかけて設けられていました。
話は短いものです。
昔、ある人がここで山田を耕して守っていたところ、目が一つの鬼が来て、その男を食いました。
男の父母は竹原の中に隠れ潜んでいましたが、竹の葉がかすかに揺れ動きます。それを見た鬼に食われている男は「動動」と言いました。
その言葉から、この地は阿欲と名付けられたと記されます。
後の神亀三年に、郷の名は「阿用」と改められました。
阿用郷の鬼の漢字表記と読み方
読みは「あよのさとのおに」です。
『出雲国風土記』では「目一鬼」と記され、「まひとつおに」「めひとつのもの」と読まれます。
郷の名の由来は、食われている男が発した「動動」という言葉です。
揺れ動くことを古い言葉で「あよぐ」といいました。ここでは、竹の葉のあよぎと、それを見た男の嘆きの声である「あよ」とを掛け、それを地名の起源としています。
はじめは「阿欲」と名付けられ、神亀三年に「阿用」と改められました。
なお、鬼の性別は文法の上からは分かりません。記紀以降の鬼は体の一部の特徴だけが記されるか、性別に触れられないことが多く、明確に判断できる鬼は『今昔物語集』に登場するものが初めとされます。
阿用郷の鬼(あよのさとのおに)
現在の一般的な呼び方。
目一鬼(まひとつおに)
『出雲国風土記』での記述。めひとつのものとも読む。
阿欲(あよ)
改称前の郷名。男の発した言葉に由来する。
阿用郷の鬼の姿と特徴
阿用郷の鬼について、『出雲国風土記』が記す特徴はごく限られています。
目 … 一つ。
行い … 山田を耕していた男を食った。
名 … 無い。
性別 … 文法の上からは不明。
これだけです。姿かたちの描写は、目が一つであること以外にありません。
背丈も、色も、角の有無も記されません。
にもかかわらず、この記述が重要とされるのは、現存する文献で確認できる最古の鬼の記述だからです。
一つ目という特徴は、後の世の一つ目小僧やからかさ小僧にも受け継がれます。
ただし、近世に登場する一つ目の妖怪の多くは、脅かすだけで人畜無害です。
一つ目の人食いという形は、むしろ古い姿を残しているとみられます。
雲南市阿用と地理的に近い土地には「野馬」という一つ目の人食いの妖怪が伝わり、古い伝えとみられています。
阿用郷の鬼の伝承物語
竹の葉が揺れた
『出雲国風土記』大原郡阿用郷の条は、次のように記します。
阿用郷は、大原郡の郡衙から東南に十三里八十歩の所に位置する。
古老の言い伝えでは、昔、ある人がここで山田を耕作して守っていた。もしくは、煙を立てて守っていた、とも読まれます。
そのとき、目が一つの鬼が来て、耕作をしていた男を食った。
男の父母は竹原の中に隠れ籠って身をひそめていたが、竹の葉がかすかに揺れ動いた。
それを見た鬼に食われている男は「動動」と言った。
阿欲という名が付く
だから阿欲と名付けられた。
これが記述のすべてです。
短いながら、この話には妙な緊張があります。
食われている息子が、隠れている父母に向かって「揺れている」と言う。それは、危ないという合図です。
自分が食われている最中に、親を案じて声を上げた。そう読むこともできます。
一方で、単に竹の葉が揺れる様を口にしただけとも読めます。
どちらとも決められないところに、この短い記述の力があります。
一つ目は何を意味するのか
阿用郷の鬼の「一つ目」については、いくつもの説が出されています。
鍛冶と結び付ける説があります。鍛冶の祖とされるものが天目一箇神とされること、そして鍛造の際に炎を見続けることで片目を失明する者が多かったことから、一つ目が鍛冶に携わる人々を表すしるしになった、というものです。古代の出雲が金属加工の盛んな地域だったことも根拠に挙げられます。
この説に立てば、鬼が農民の男を食らう展開には、製鉄集団と農耕集団の対立という背景を読むことができます。
製鉄と結び付けない見方
しかし異論もあります。 大原郡は製鉄との関わりが近隣の郡に比べて認められないことから、この伝承は鉄産業とは直結しない山中の農耕に関する記事だとする説です。この説では、阿用郷の鬼は農耕を妨げるものにあたり、「煙を立てる」という行いは警戒を表すと解されます。
漢籍の影響とする説もあります。『山海経』の注には、目が一つの者たちが住むという鬼の国の記事があり、その引用によって潤色されているのではないかと指摘されています。
地形とする説も出されています。地名学の立場から、アヨはアユ・アヤに通じ「落ちる、動揺する」を意味する語であることから「崖地、崩壊地」の称であろうとされ、目一つ鬼の伝説は地すべりを示唆しているとも理解できるとされます。
決着はついていません。
竹原に隠れた父母
この話でしばしば注目されるのが、父母が竹原に隠れたという点です。
なぜ竹原なのか。
竹の持つ再生力に神聖さを感じ取り、竹原を守られている空間と捉えていたことを示すのではないか、と論じられています。
竹は切っても伸びます。地下でつながり、群れとして生き続けます。
その場所に隠れれば守られる、という感覚があったのかもしれません。
しかし、結果として父母は守られませんでした。竹の葉が揺れたことで、鬼に居場所を知られてしまいます。
隠れ場所が居場所を教える
守られる場所であったはずのものが、逆に居場所を教えてしまった。
この皮肉が、地名の由来として残りました。
なお、二月八日と十二月八日をかつて「事八日」といいました。この日に一つ目の鬼が来るという言い伝えがあり、備えとして竹竿の先に目籠とヒイラギの枝をつけて軒先に飾る習わしがあったとされます。
これは邪視を除けるまじないとも考えられています。ここでも竹が使われています。
一つ目のものと竹との結び付きは、時代を越えて残っているように見えます。
阿用郷の鬼の伝承地域
阿用郷の鬼の伝承地は、島根県雲南市の阿用です。
古代の阿用郷は、阿用川の流域から赤川の南岸にかけて設けられていました。現在も阿用の地名が残っています。
ただし、鬼が現れたとされる具体的な場所を特定する記述は確かめられませんでした。
一つ目の人食いの妖怪「野馬」の伝承地も地理的に近く、古い伝えとみられています。
鬼を祀る祠は確かめられませんでした。地名の由来を語る話です。
阿用(あよ)
古代の阿用郷の地
阿用の所在地:島根県雲南市
『出雲国風土記』大原郡阿用郷にあたる土地です。
現在も阿用の地名が残っています。郷は、阿用川の流域から赤川の南岸にかけて設けられていました。
目が一つの鬼が山田を耕す男を食い、その男の言葉が地名の由来になったと記されます。
一つ目の人食いの妖怪「野馬」の伝承地も、地理的にこの近くにあります。
鬼が現れたとされる場所を特定する記述は確かめられませんでした。
阿用郷の鬼の正体と考えられているもの
阿用郷の鬼の正体については、次のように考えられています。
鍛冶に携わる人々を表すとする見方があります。鍛造の際に炎を見続けて片目を失明する者が多かったことから、一つ目がその表象となったという説です。古代出雲が金属加工の盛んな地域だったことも根拠とされます。
農耕を妨げるものとする見方もあります。大原郡は製鉄との関わりが薄いことから、鉄産業と直結しない山中の農耕の記事とみるものです。中国の旱魃の神に似た存在として読まれます。
漢籍による潤色とする見方も出されています。『山海経』の注には目が一つの者たちが住む鬼の国の記事があり、その引用によって話が飾られた可能性が指摘されています。
地すべりを語るとする見方もあります。アヨはアユ・アヤに通じ「落ちる、動揺する」を意味する語であることから、崖地や崩壊地の称であろうとされます。
供犠とする見方もあります。食われた男を、農耕の儀礼における供え物としての子と読むものです。
決着はついていません。 ただ、この短い記述が日本の鬼の記録の始まりに位置することは、動きません。
阿用郷の鬼をめぐる妖怪のつながり
阿用郷の鬼が登場する作品
阿用郷の鬼は、絵になったことのない鬼です。
姿の描写が「目が一つ」しかないため、描きようがありません。
にもかかわらず、日本の鬼を論じる書物では必ず引かれます。現存する文献で確認できる最古の鬼の記述だからです。
短い一節でありながら、鍛冶、農耕、漢籍、地形と、さまざまな読み方が積み重ねられてきました。
阿用郷の鬼が登場する書物
解説 出雲国風土記
島根県古代文化センターの編。本文の読み方を解説しています。
阿用郷の鬼が登場する説
阿用郷の鬼が登場するそのほか
鬼を扱う各種の書物
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阿用郷の鬼についてよくある質問
阿用郷の鬼とは何ですか。
『出雲国風土記』大原郡阿用郷の条に登場する、目が一つの人食いの鬼です。記述では目一鬼と記され、鬼そのものに名前はありません。現存する文献で確認できる最古の鬼の記述とされます。
どんな話ですか。
昔、ある人が山田を耕して守っていたところ、目が一つの鬼が来てその男を食いました。竹原に隠れていた父母のいる竹の葉が揺れ、それを見た男が「動動」と言ったことから、この地は阿欲と名付けられたと記されます。
なぜ目が一つなのですか。
決着はついていません。鍛造の炎で片目を失明する鍛冶の人々の表象とする説、農耕を妨げるものとする説、『山海経』の記事による潤色とする説、地すべりを示すとする説などがあります。
どこの話ですか。
島根県雲南市の阿用です。古代の阿用郷は阿用川の流域から赤川の南岸にかけて設けられており、現在も阿用の地名が残っています。
一つ目小僧と関係がありますか。
一つ目という特徴は共通します。ただし近世に登場する一つ目の妖怪の多くは脅かすだけで人畜無害であり、一つ目の人食いという形はむしろ古い姿を残しているとみられます。
阿用郷の鬼と併せて覚えたい言葉・用語
目一鬼(まひとつおに)
『出雲国風土記』での記述。名を持たない一つ目の鬼を指す。
あよぐ(あよぐ)
揺れ動くことを意味する古い言葉。郷名の由来とされる。
事八日(ことようか)
二月八日と十二月八日。一つ目の鬼が来るとされ、竹竿に目籠を飾った。
野馬(のま)
一つ目の人食いの妖怪。伝承地が阿用に近く、古い伝えとみられる。