『太平記』に載る四体の鬼。金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼が藤原千方に従った。

歌川芳虎 「書画五十三駅 土山 千方之邪法」 1872年ごろ / パブリックドメイン 出典
藤原千方の四鬼とはどんな妖怪か
藤原千方の四鬼は、四人一組の鬼です。
金鬼は矢を通さず、風鬼は大風を起こし、水鬼は洪水を呼び、隠形鬼は姿を消して人を襲いました。
『太平記』によれば、天智天皇の時代、時の豪族藤原千方は四人の鬼を従えていました。
金鬼 … どんな武器も弾き返してしまう堅い体を持つ。
風鬼 … 強風を繰り出して敵を吹き飛ばす。
水鬼 … いかなる場所でも洪水を起こして敵を溺れさせる。
隠形鬼 … 気配を消して敵に奇襲をかける。
藤原千方はこの四鬼を使って朝廷に反乱を起こしました。
しかし、討伐に来た紀朝雄の詠んだ和歌によって四鬼は退散し、千方は滅ぼされることになります。
藤原千方の四鬼の漢字表記と読み方
読みは「ふじわらのちかたのよんき」です。四体をまとめて呼ぶときの言い方です。
それぞれの読みは次のとおりです。
金鬼 … きんき
風鬼 … ふうき
水鬼 … すいき
隠形鬼 … おんぎょうき
「隠形」は姿を隠すことです。「怨京鬼」と書かれることもあります。
なお、伝えによっては顔ぶれが変わります。水鬼と隠形鬼が土鬼、火鬼に入れ替わっているものもあります。
四という数は変わりませんが、中身は固定されていません。
金・風・水・土・火といった要素で分ける発想が、この四鬼の骨格にあります。
藤原千方の四鬼(ふじわらのちかたのよんき)
四体をまとめて呼ぶときの言い方。
隠形鬼(おんぎょうき)
「怨京鬼」と書くこともある。
四鬼の窟(しきのいわや)
三重県御浜町尾呂志に伝わる洞窟の名。
藤原千方の四鬼の姿と特徴
四鬼の姿は、それぞれの力によって説明されます。
金鬼 … どんな武器も弾き返してしまう堅い体を持つ。
風鬼 … 強風を繰り出して敵を吹き飛ばす。
水鬼 … いかなる場所でも洪水を起こして敵を溺れさせる。
隠形鬼 … 気配を消して敵に奇襲をかける。
顔かたちの描写は、『太平記』にはありません。 記されているのは、それぞれが何をできるかだけです。
四体が組み合わさると、攻めにくく守りにくい相手になります。
金鬼は武器が効かず、風鬼と水鬼は遠くから攻め、隠形鬼は不意を突く。
軍としての機能で分けられているのが、この四鬼の特徴です。
この点から、四鬼を忍者の原型であるともみる説があります。
姿を隠し、風や水を操るという性質は、後の世に語られる忍術の技と重なります。
藤原千方の四鬼の伝承物語
一首の和歌が四鬼を退けた
『太平記』第十六巻「日本朝敵事」に記された話です。
又天智天皇の御宇に藤原千方と云者有て、金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼と云四の鬼を使へり。
四人一組で従えていました。
それぞれの力も、そこに書かれています。
金鬼は其身堅固にして、矢を射るに立ず。風鬼は大風を吹せて、敵城を吹破る。水鬼は洪水を流して、敵を陸地に溺す。隠形鬼は其形を隠して、俄敵を拉。
朝廷の軍は、この四鬼に手を焼きました。
そこへ、討伐のために紀朝雄が遣わされます。
歌を一首詠んで退ける
紀朝雄がしたことは、戦うことではありませんでした。
一首の和歌を詠んだのです。
草も木も我大君の国なればいづくか鬼の棲なるべき
そしてこの歌によって、四鬼は退散してしまいました。
四鬼を失った千方は、こうして滅ぼされることになります。
武器で倒せない相手を、歌が退ける。
日本の説話には、歌や言葉によって怪異が退く話がしばしば見られます。片輪車の話でも、母が詠んだ一首が子を取り返しました。
岩手山と熊野に残る四鬼
藤原千方の四鬼は、坂上田村麻呂伝説にも登場します。
岩手山の話
『奥州南部岩手郡切山ヶ嶽乃由来』に記されています。
奥州達谷窟の岩屋に住む悪郎と高丸の兄弟が、苅田丸と田村丸の親子を討って帝位に就き、先祖である藤原千方の無念を晴らそうと、風鬼・水鬼・火鬼・隠形鬼も加えて謀議を企てていました。
都に上った水鬼と隠形鬼は、官女に化けて花見の宴に紛れ、帝に近付きます。しかし田村丸に見破られ、水鬼は討たれ、隠形鬼は逃げ帰りました。
勅命を受けた田村丸は五万八千余騎を率いて奥州へ攻め入ります。
千歳君が隠形鬼に囚われる
田村丸の弟・千歳君は城中深く攻め込んで隠形鬼に囚われましたが、山伏姿で現れた秋葉山大権現が千歳君を救い出し、虚空から大磐石を降らせ、大地から火焔を湧き出させて殲滅させました。
ここでは四鬼の顔ぶれが、金鬼ではなく火鬼になっています。
熊野の話
三重県南牟婁郡御浜町尾呂志に「四鬼の窟」の伝説が残ります。
四鬼の窟と呼ばれる洞窟にはかつて鬼が住んでおり、村の子供をさらっていくので人々は不安でした。
熊野鬼ヶ城で鬼の首魁や手下を討伐した田村将軍は、甲冑に身を固め、たくましい馬に乗って尾呂志の鬼退治にやってきます。
鬼どもと田村将軍の合戦の末、鬼を退治した将軍が窟に入ると、一人の子供が藤蔓で縛られていました。
浄瑠璃と、現代の作品での四鬼
藤原千方の四鬼は、後の世の作品にも取り上げられてきました。
義太夫節浄瑠璃『田村麿鈴鹿合戦』
作者は浅川一烏・豊田正蔵。成立は江戸時代中期、寛保元年九月に大坂豊竹座で初演されました。
平安時代初期に再び現れた逆臣・藤原千方が、周翁居士と称して三種の神器を奪い、氷上皇子を即位させようと謀りますが、桓武天皇に仕える坂上田村麿が鈴鹿山の合戦で討伐する、という物語です。
『太平記』では天智天皇の時代の話だったものが、ここでは平安時代初期に移されています。
現代の作品
白土三平が忍者に読み替える
漫画では、白土三平の「忍法秘話」に出てくる四鬼が火鬼・土鬼・水鬼・隠形鬼となっています。「風が如く」では火鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼です。
ゲームでも、金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼という顔ぶれで登場する作品が複数あります。藤原千方自身が登場するものもあります。
四鬼が忍者の原型とされることが、こうした扱いにつながっています。
姿を隠し、風や水を操る。この性質は、後の世に語られる忍術の技と重なります。
伝えによって顔ぶれが入れ替わることも、作品ごとの自由な扱いを許してきました。
藤原千方の四鬼の伝承地域
藤原千方の四鬼のゆかりの地は、三重県津市を中心に伝えられます。
熊野には四鬼の窟の伝説が残り、三重県南牟婁郡御浜町尾呂志にその名が伝わります。
また、四鬼は坂上田村麻呂伝説にも取り込まれ、奥州の岩手山を舞台とする話にも登場します。
三重から奥州まで、四鬼の名は田村麻呂の物語とともに広がりました。
四鬼を祀る祠は確かめられませんでした。
津市周辺(つしゅうへん)
四鬼の伝説が伝わる地
津市周辺の所在地:三重県津市
藤原千方の四鬼が伝えられる土地です。
『太平記』第十六巻「日本朝敵事」の記事がもっともよく知られますが、この土地には四鬼にまつわる言い伝えが残されてきました。
伊賀・伊勢の一帯は、後に忍びの術で知られる地域でもあります。四鬼を忍者の原型とみる説は、この土地との結び付きも背景にしています。
具体的な地点を示すものは確かめられませんでした。
四鬼の窟(しきのいわや)
鬼が住んだと伝わる洞窟
四鬼の窟の所在地:三重県南牟婁郡御浜町尾呂志
熊野に残る四鬼の伝説の場所です。
かつて鬼が住んでおり、村の子供をさらっていくので人々は不安だったと伝えられます。
熊野鬼ヶ城で鬼を討伐した田村将軍が、この地の鬼も退治し、窟に入ると一人の子供が藤蔓で縛られていたといいます。
洞窟の位置を詳しく示すものは確かめられませんでした。
藤原千方の四鬼の正体と考えられているもの
藤原千方の四鬼の正体については、次のように考えられています。
忍者の原型とする見方があります。姿を隠し、風や水を操るという性質は、後の世に語られる忍術の技と重なります。伊賀・伊勢の一帯が忍びの術で知られる地域であることも、この見方を支えます。
朝廷に従わない勢力を鬼と呼んだものとする見方もあります。『太平記』の記事は「日本朝敵事」、つまり朝廷に敵対した者を並べた章にあります。討たれる側を鬼として書く形は、古代の記録に数多く見られます。
要素で分ける発想とする見方も成り立ちます。金・風・水、あるいは土・火。四鬼は何ができるかによって区別されており、顔かたちは記されていません。
歌の力を語る話とする見方も重要です。武器の効かない相手を、紀朝雄は一首の和歌で退けました。力ではなく言葉が勝つという形は、日本の説話にしばしば見られます。
顔ぶれが固定されていないことが、この四鬼の特徴です。水鬼と隠形鬼が土鬼・火鬼に入れ替わる伝えもあり、作品によっても変わります。
四という数だけが動きません。
藤原千方の四鬼をめぐる妖怪のつながり
藤原千方の四鬼が登場する作品
藤原千方の四鬼は、そろって登場することに意味がある妖怪です。
一体ずつではなく、四体で一つの働きをします。武器が効かない者、風を操る者、水を操る者、姿を消す者という組み合わせです。
この分かりやすさが、現代の作品での扱いやすさにつながっています。
漫画やゲームでは顔ぶれが入れ替わることもありますが、それは伝承の側でも同じでした。土鬼や火鬼に入れ替わる伝えが古くからあります。
藤原千方の四鬼が登場する書物
奥州南部岩手郡切山ヶ嶽乃由来
奥州を舞台に、風鬼・水鬼・火鬼・隠形鬼が登場します。
東北の田村語り
阿部幹男の著。田村麻呂伝説の広がりを扱っています。
藤原千方の四鬼が登場する能・浄瑠璃
田村麿鈴鹿合戦
義太夫節浄瑠璃。寛保元年に大坂豊竹座で初演されました。
藤原千方の四鬼が登場するゲーム
日本の鬼を扱う各種の作品
金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の四体そろって登場することが多くあります。
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藤原千方の四鬼についてよくある質問
藤原千方の四鬼とは何ですか。
三重県津市などに伝えられる四体の鬼です。『太平記』第十六巻「日本朝敵事」によれば、天智天皇の時代に豪族の藤原千方が金鬼・風鬼・水鬼・隠形鬼の四人の鬼を従えていたとされます。
それぞれどんな力がありますか。
金鬼はどんな武器も弾き返す堅い体を持ち、風鬼は強風で敵を吹き飛ばし、水鬼はどこでも洪水を起こして敵を溺れさせ、隠形鬼は気配を消して奇襲をかけます。
どうやって退治されたのですか。
討伐に来た紀朝雄が詠んだ和歌によって四鬼は退散したと『太平記』は記します。四鬼を失った藤原千方は、こうして滅ぼされました。
顔ぶれが違う伝えもありますか。
あります。水鬼と隠形鬼が土鬼・火鬼に入れ替わっているものもあります。奥州を舞台とする話では風鬼・水鬼・火鬼・隠形鬼となっています。
忍者と関係がありますか。
この四鬼を忍者の原型とみる説があります。姿を隠し、風や水を操るという性質が、後の世に語られる忍術の技と重なるためです。
藤原千方の四鬼と併せて覚えたい言葉・用語
日本朝敵事(にほんちょうてきのこと)
『太平記』第十六巻の一節。朝廷に敵対した者を並べる。
紀朝雄(きのともお)
藤原千方を討伐に来た人物。和歌一首で四鬼を退散させた。
隠形鬼(おんぎょうき)
気配を消して奇襲をかける鬼。「怨京鬼」とも書く。
四鬼の窟(しきのいわや)
三重県御浜町尾呂志に伝わる洞窟。鬼が子供をさらったとされる。