長崎県西海市で、正月二日に焼く鬼の骨。七草雑炊を食べる由来ともされる。

夢の散歩 「大瀬戸町の漁港(長崎県西海市)」 2004年 / CC BY-SA 3.0 出典
鬼の骨とはどんな妖怪か
鬼の骨はひとことで言えば、正月の行事に残った鬼です。長崎県西海市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、井之口章次「西彼杵の正月行事」(『民間伝承』14巻3号・通巻143号、1950年、32頁)を典拠に、正月2日にオンノホネ(鬼の骨)を焼く。昔、鬼ヶ島で退治した鬼の骨を焼いた日といわれる。その時に焼いた骨に見立てた餅がのどに引っかかったのが、七草ズーシ(雑炊)を食べて喉を通ったいわれで、今でも七草ズーシを食べると記します。
鬼ヶ島は、桃太郎の話で知られる島です。
この土地では、退治した後の骨を焼く日が正月二日とされました。
そして、七草の雑炊を食べる理由にもなっています。
鬼の骨の漢字表記と読み方
読みは「おにのほね」です。土地ではオンノホネと呼ばれます。
「ズーシ」は雑炊(ぞうすい)がなまったものです。
「七草」は正月七日に食べる若菜です。セリ、ナズナなど七種を粥や雑炊にします。
この図鑑には鬼、なまはげも収めています。
鬼の骨(おにのほね)
日文研データベースが示す表記。
オンノホネ(おんのほね)
土地での呼び方。
七草ズーシ(ななくさずーし)
七草の雑炊を指す土地の言い方。
鬼の骨の姿と特徴
この記録に鬼の姿はありません。あるのは、行事です。
日 … 正月二日。
すること … オンノホネ(鬼の骨)を焼く。
由来 … 昔、鬼ヶ島で退治した鬼の骨を焼いた日。
続き … その時に焼いた骨に見立てた餅が、のどに引っかかった。
解決 … 七草ズーシを食べて喉を通った。
今 … 今でも七草ズーシを食べる。
鬼の姿や大きさは書かれていません。
鬼の骨の伝承記録
正月二日に骨を焼く
正月二日に、オンノホネを焼きます。
昔、鬼ヶ島で退治した鬼の骨を焼いた日といわれます。
焼くもの自体は、鬼の骨に見立てたものとみられます。
正月の火の行事は各地にあります。 この図鑑には正月様(福島)も収めています。
そちらは鳥小屋の火を焚く行事でした。
餅がのどに引っかかる
その時に焼いた骨に見立てた餅が、のどに引っかかりました。
正月の餅は、のどに詰まりやすいものです。
七草ズーシを食べて、喉を通りました。
そのため、今でも七草ズーシを食べるといいます。
行事の由来が、行事の中で説明されています。
鬼の骨の伝承地域
公的データベースの地域欄は長崎県西海市大瀬戸町を示します。報告は西彼杵(にしそのぎ)の正月行事を集めたものです。
行事の現在については書かれていません。
鬼の骨の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、正月行事の由来です。
鬼ヶ島の鬼——桃太郎の話につながる名が出てきます。
そして、七草の雑炊を食べる理由まで一続きになっています。
焼く、詰まる、通す——三つの出来事が正月の行事を作っています。
この図鑑には鬼、なまはげ、正月様も収めています。
鬼の骨が記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『民間伝承』の記事です。
正月行事をまとめた報告で、西彼杵の他の習わしも並びます。七草の由来を扱った本と併せて読むと、この話の位置が見えてきます。
鬼の骨が記録された民俗資料
西彼杵の正月行事
井之口章次が『民間伝承』14巻3号(1950年)に載せた中心資料です。
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鬼の骨についてよくある質問
鬼の骨とは何ですか。
長崎県西海市で、正月二日に焼く行事とその由来の話です。
なぜ正月二日なのですか。
昔、鬼ヶ島で退治した鬼の骨を焼いた日といわれると記録されています。
七草ズーシとは何ですか。
七草の雑炊です。餅が喉に引っかかったとき、これを食べて通ったとされます。
今も行われていますか。
記録は「今でも七草ズーシを食べる」と書いています。現在の様子は書かれていません。
鬼の骨と併せて覚えたい言葉・用語
オンノホネ(おんのほね)
鬼の骨を指す土地の言い方です。
ズーシ(ずーし)
雑炊がなまった言い方です。
西彼杵(にしそのぎ)
長崎県の地域名。この報告の範囲です。
鬼の骨の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。