秋田の太平山に住み、酒屋で飲み逃げをする代わりに人の何倍も働いたという力の鬼。三吉霊神と同じものとされる。

三吉鬼とはどんな妖怪か
三吉鬼は、飲み代を力で払う鬼です。
秋田県の太平山に住むとされました。酒屋に現れ、大量の酒を飲み、代金を置かずに去ります。
ただの飲み逃げではありません。その夜のうちに、山から薪を運び入れる。材木を積み上げる。 朝になると、人が何日もかかる仕事が終わっています。
払わないのではなく、金以外で払っていました。
太平山の山頂には太平山三吉神社の奥宮があります。まつられているのは三吉霊神(みよしおおかみ)。神社は「力の神・勝負の神」と説明しています。
その神が人の姿で現れたときの呼び名が三吉鬼だ、という見方があります。
三吉鬼の漢字表記と読み方
「みよしおに」と読みます。神としての名は「三吉霊神(みよしおおかみ)」です。
「三吉」は人の名にも見えます。社伝では、太平の城主藤原三吉が神格化されたものとも伝わります。
鬼と神が、同じ名で呼ばれています。 太平山三吉神社は全国の三吉神社の総本宮で、「三吉」の名はここから各地へ広がりました。
秋田では、力を願う人が太平山へ登ります。相撲取り、力仕事の職人、勝負ごとを控えた人。三吉鬼の話は、その信仰の裏側にあたります。
三吉鬼(みよしおに)
もっとも一般的な表記。
三吉鬼(さんきちおに)
人名として読む場合。
三吉霊神(みよしおおかみ)
太平山三吉神社にまつられる神の名。
三吉神(みよしがみ)
佐々木喜善『東奥異聞』での呼び方。
三吉大明神(みよしだいみょうじん)
同書で神が自ら名乗る形。
三吉鬼の姿と特徴
三吉鬼の姿は、はっきり語られません。
酒屋に現れるときは人の形をしています。角の話も、赤い肌の話も出てきません。見た目で鬼と分かるなら、酒を出してもらえません。
分かるのは、やったことからです。一晩で山の薪を運び終える。人が何人がかりでも動かせない材木を積み上げる。
力の量だけが、鬼であることのしるしです。
佐々木喜善が『東奥異聞』に書きとめた話では、神は童子の姿で現れます。坂で車を押していた大八の前に立ち、荷車を軽々と引き上げました。
これはただの童子ではないぞ
幼い姿と、桁違いの力。 その落差そのものが、この神の現れ方です。
三吉鬼の伝承物語
酒を飲んで、薪で払う
三吉鬼の話は、酒屋から始まります。
みすぼらしい男が入ってきて、酒を頼む。次から次へと飲み、とても払えない量になる。そして黙って出て行きます。
店の者が怒るのは翌朝までです。
夜が明けると、店の裏に薪が山と積まれている。あるいは、動かせるはずのない材木がきちんと並べてある。昨夜の飲み代を、はるかに超える仕事が終わっています。
以来、三吉鬼が来ても追い返さなくなったと語られました。
払い方が違うだけで、踏み倒してはいません。 力を持つ者が、力で支払う。 この一点が、三吉鬼をただの乱暴者から分けています。
横車大八、太平山に籠もる
佐々木喜善が『東奥異聞』に、この神から力を授かった男の話を書きとめています。
大八という力自慢の男が、坂で難儀している荷車を見つけました。手を貸そうとしたところ、通りかかった童子が、からからと引き上げてしまいます。
驚いた大八が名を尋ねると、童子はこう言いました。
これ大八、よく聴けよ。汝はすこしの小力を自慢して、秋祭り小相撲などをとっているが、そんな小さな料簡では所詮だめ、真の大力をほしくば夜ひそかにわが太平山に来たり籠もれよ
(料簡=考え、心構え)
大八は言われたとおりにしました。 真冬の太平山に登り、三吉神社の籠り堂に七日七夜。真っ裸で参籠した と伝わります。
赤子が磐石のように重くなる
満願の夜になっても、大八に験はありませんでした。
寒さが身にこたえてきた頃、若い女が赤子を抱いて現れ、神前に額づきます。やがて女は「この子をちょっと抱いていてくれ」と言い、そのまま戻ってきません。
赤子が、だんだん重くなります。
膝が砕けるほどになり、やがて大磐石のような重さになる。大八は歯を食いしばり、うんうんとうなりながら耐えました。
力尽きようとしたとき、女が戻ってきます。そして、いともかるがると赤子を抱き上げました。母子の体から光がさし、女はこう名乗ります。
これ大八よ、よく聴け、われはこの国一番の守護神三吉大明神なるそよ。汝はよくかくまでこの赤子を抱き耐えた。その力の程を汝に授けてつかわそう。それこそ無際限の力量であろうぞよ
踵が土にめりこむ ─ 授かった力
翌朝、大八は山頂の御堂を出ました。
一歩を地に踏み出すと、授かった力量の重さで踵までが土にめりこんだと言います。
力が重さとして体に入っている。 授かったものが目に見える形で示されます。
その後、大八は江戸へ出て、横車大八とうたわれる天下無双の力士になったと伝えられます。
佐々木喜善は、この話をこう締めています。詳しい実録があるらしいが、自分は赤子抱きによって稀代な力量を得たという一点だけを書いた、と。
力を授ける神と、力で支払う鬼。 三吉は、その両方の名で語られてきました。
三吉鬼の伝承地域
三吉鬼の名は、太平山とその神社に結びついています。
里宮の総本宮は秋田市広面にあり、年間を通して参拝できます。奥宮は標高1,170メートルの山頂で、登山になります。
佐々木喜善が書いた大八の話も、この籠り堂が舞台です。
太平山三吉神社 総本宮(たいへいざんみよしじんじゃ そうほんぐう)
全国の三吉神社の総本宮
太平山三吉神社 総本宮の所在地:秋田県秋田市広面字赤沼3-2
三吉霊神をまつる、全国の三吉神社の総本宮です。神社の説明では、白鳳二年(673年)に役行者が創建したと伝えられます。
「力の神・勝負の神」として、勝利成功・事業繁栄の信仰を集めてきました。1月17日の梵天祭では、若者が梵天を担いで境内へ突進します。
山頂の奥宮は標高1,170メートル。里宮はこの広面にあります。
JR秋田駅からバス。奥宮は登山となるため、装備と天候の確認が要る。
三吉鬼の正体と考えられているもの
三吉鬼の正体は、力そのものです。
一つめは、山の神。太平山は秋田の霊峰で、山頂に奥宮があります。山から降りてくる力の神が、里で人の姿をとる。 三吉鬼の現れ方は、この形に沿っています。
二つめは、労働。薪を運び、材木を積む。三吉鬼がするのは、人の仕事です。 一晩で終えるところだけが人と違います。
三つめは、酒。飲み代を踏み倒すのに、誰も恨まれません。払い方が金でないだけで、貸し借りは合っています。
社伝では、太平の城主藤原三吉が神格化されたものとも伝わります。人であったものが神になり、その神が人の姿で現れると鬼と呼ばれる。
人 → 神 → 鬼。 名が三度移りながら、力という一点だけが動いていません。
三吉鬼をめぐる妖怪のつながり
三吉鬼が登場する作品
三吉鬼は、神と妖怪の境目にいるものです。
太平山三吉神社の三吉霊神と同じものとされ、事典では妖怪の項に、社では力の神として扱われます。 酒を飲み逃げする話は妖怪の型ですが、その夜のうちに人の何倍も働いて返すという後半が、この鬼を神の側へ引き寄せます。
資料は秋田の民話集と、妖怪の事典に分かれます。同じ話が、別の棚に並んでいます。
三吉鬼が登場する古典・記録
三吉鬼が登場する民話
三吉鬼が登場する事典
三吉鬼が登場する漫画・アニメ
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
三吉鬼についてよくある質問
三吉鬼とはどんな妖怪ですか。
秋田県の太平山に住むとされた鬼です。酒屋で大量の酒を飲んで代金を払わずに去りますが、その夜のうちに薪を運び入れるなど、人の何倍もの仕事をして返したと語られました。
三吉鬼と三吉霊神は同じですか。
同じものとする説があります。太平山三吉神社にまつられる力の神・三吉霊神が、人の姿で現れたときの呼び名が三吉鬼だという見方です。
三吉霊神はどんな神ですか。
神社は「力の神・勝負の神」と説明しています。勝利成功・事業繁栄の信仰を集め、全国の三吉神社の総本宮が秋田市広面にあります。
三吉鬼から力をもらった人はいますか。
佐々木喜善『東奥異聞』に、大八という男の話が載ります。太平山に七日七夜籠もり、重くなる赤子を抱き耐えて力を授かり、江戸で横車大八とうたわれる力士になったと伝えられます。
太平山三吉神社はどこにありますか。
秋田県秋田市広面字赤沼3-2に総本宮(里宮)があります。奥宮は標高1,170メートルの太平山頂です。
三吉鬼と併せて覚えたい言葉・用語
三吉霊神(みよしおおかみ)
太平山三吉神社の祭神。力と勝負を司る。
梵天祭(ぼんでんさい)
毎年1月17日、担ぎ手が梵天を掲げて境内へ突進する太平山三吉神社の祭。
参籠(さんろう)
社寺に一定期間こもって祈願すること。大八は七日七夜こもった。
役行者(えんのぎょうじゃ)
修験道の祖。神社の伝えでは白鳳二年に太平山を開いたとされる。
三吉鬼の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。