旧家の座敷にいる十二、三歳ほどの子どもの神。いる家は富み、去られた家は絶えたと語られる。

座敷童子とはどんな妖怪か
座敷童子はひとことで言えば家につく子どもの神です。
岩手県遠野の伝承をまとめた柳田国男の『遠野物語』は、これを妖怪ではなく神と書いています。
いる家は富む。問題は、去られた家がどうなるかのほうでした。二人の童女が出ていった家は、そのすぐ後に一族二十幾人が一日で死に絶えます。
座敷童子の漢字表記と読み方
読みは「ざしきわらし」です。
「わらし」は東北で子どもを指す言葉です。柳田国男は『遠野物語』の注で、この名の本来の形をこう書いています。
ザシキワラシは座敷童衆なり。
「衆」が付くのは、一人ではなく複数いるものとして捉えられていたためです。実際、第十八話には二人の童女が並んで現れます。
座敷童子(ざしきわらし)
一般的な表記。
ザシキワラシ(ざしきわらし)
『遠野物語』での表記。
座敷童衆(ざしきわらし)
柳田国男が本来の形として注記した書き方。
座敷童子の姿と特徴
姿は十二、三歳ほどの子どもです。男の子のこともあれば、女の子のこともあります。
ただし、遠野の話で姿を見た人はごくわずかです。多くの家が知っていたのは、誰もいない座敷から聞こえる音のほうでした。
紙のがさがさという音。鼻を鳴らす音。戸を開けても、そこには何の影もありません。
座敷童子の伝承物語
- 廊下でばったり行き逢う ─ 家に住む神
- 紙のがさがさという音 ─ 姿を見ない家のほうが多い
- 橋のたもとで二人の娘に会う ─ 「おら山口の孫左衛門がところからきた」
- 一族二十幾人が茸に中る ─ 七歳の女の子だけが残る
- 金田一温泉に泊まりに行く ─ 会いに行ける場所になる
廊下でばったり行き逢う ─ 家に住む神
『遠野物語』第十七話は、こう始まります。
旧家にはザシキワラシという神の住みたもう家少なからず。この神は多くは十二三ばかりの童児なり。
土淵村飯豊の今淵勘十郎の家では、高等女学校から休暇で帰ってきた娘が、廊下でばったりザシキワラシに行き逢ってたいそう驚きました。
それは確かに男の子だったと伝えられています。
紙のがさがさという音 ─ 姿を見ない家のほうが多い
同じ村の佐々木家では、母親が一人で縫い物をしていました。
隣の部屋で紙のがさがさという音がします。その部屋は主人の部屋で、主人は東京へ行って留守でした。
不審に思って板戸を開けても、何の影もありません。しばらく座っていると、今度はしきりに鼻を鳴らす音がしました。
さてはザシキワラシだ、と母親は思いました。この家にもいるという話は、ずっと以前からありました。
この神の宿りたもう家は富貴自在なりということなり。
橋のたもとで二人の娘に会う ─ 「おら山口の孫左衛門がところからきた」
第十八話は、村の男が町から帰る場面から始まります。
留場の橋のほとりで、見慣れない二人のよい娘に行き逢いました。物思わしげな様子でこちらへ歩いてきます。
お前たちはどこから来た、と男が尋ねました。
おら山口の孫左衛門がところからきた
これから何処へ行くのか。娘たちは、離れた村の豪農の名を挙げました。
さては孫左衛門も世も末だな。 男はそう思いました。
一族二十幾人が茸に中る ─ 七歳の女の子だけが残る
それから間もなくのことです。
梨の木のまわりに見慣れない茸がたくさん生えました。食べようか食べまいかと男たちが評議しているのを聞いて、当主の孫左衛門は食べるなと止めます。
下男の一人が言いました。どんな茸でも、水桶に入れて苧殻でよくかき回してから食べれば中ることはない、と。
この家の主従二十幾人、茸の毒に中りて一日のうちに死に絶え、七歳の女の子一人を残せしが
その子は外で遊びに夢中になり、昼飯を食べに帰るのを忘れて助かりました。村の草分けの長者だった家は、一朝にして跡形もなくなります。
金田一温泉に泊まりに行く ─ 会いに行ける場所になる
遠野の記録から百年余りが過ぎ、座敷わらしは訪ねていける存在になりました。
岩手県二戸市の金田一温泉は、座敷わらしの伝説を土地の文化として案内しています。二戸市は、三浦哲郎の児童文学『ユタとふしぎな仲間たち』と、その舞台化にも触れています。
いま広く知られる「幸運を運ぶ座敷わらし」の像は、遠野の伝承をそのまま写したものではありません。文学と舞台と観光を通って、この百年で作り直された姿です。
座敷童子の伝承地域
『遠野物語』の舞台は岩手県遠野市土淵町の飯豊・山口です。
座敷わらしの宿として知られるのは岩手県二戸市の金田一温泉で、二戸市が地域の文化として案内しています。
座敷わらしの宿 緑風荘(ざしきわらしのやど りょくふうそう)
座敷わらしが出るとされる宿
座敷わらしの宿 緑風荘の所在地:岩手県二戸市金田一字長川41
金田一温泉郷にあります。
長い廊下の突き当たりにある槐(えんじゅ)の間に座敷わらしが住むといわれます。
泊まる場合は、宿へ直接お問い合わせください。
座敷童子の正体と考えられているもの
座敷童子は、家の盛衰を子どもの姿で説明した神です。
『遠野物語』はこれを妖怪と呼ばず、一貫して神と書きます。いる家は富み、去られた家は絶える。語りの重心は、いることではなく去ることに置かれています。
孫左衛門の家の顛末は、茸の毒という現実の出来事です。それを「あの二人が出ていったからだ」と読み直したところに、この神の姿が立ち上がります。
座敷童子をめぐる妖怪のつながり
座敷童子が登場する作品
座敷童子の作品は、遠野物語から始まっています。
柳田国男が書き留めるまで、この妖怪は東北の一部でだけ知られていました。 『奥州のザシキワラシの話』は、その後に佐々木喜善が座敷童子だけを集めた本です。
恐ろしい妖怪としては描かれません。 いなくなると家が傾く、という一点だけが繰り返し語られます。 『ユタとふしぎな仲間たち』でも、座敷童子は少年の味方として現れます。
座敷童子が登場する古典・記録
座敷童子が登場する児童文学
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
座敷童子についてよくある質問
座敷童子とはどんな存在ですか。
旧家の座敷にいるとされる十二、三歳ほどの子どもの神です。『遠野物語』は妖怪ではなく神と書き、いる家は富むと記しています。
座敷童子がいなくなるとどうなりますか。
『遠野物語』第十八話では、二人の童女が出ていった山口孫左衛門の家で、間もなく主従二十幾人が茸の毒に中って一日で死に絶え、七歳の女の子一人が残ったと語られます。
座敷童子の姿は見えるのですか。
廊下で行き逢ったという話がある一方、佐々木家のように紙のがさがさという音や鼻を鳴らす音だけで気づく例も伝えられます。
座敷わらしに会える場所はありますか。
岩手県二戸市の金田一温泉が、座敷わらしの伝説を土地の文化として案内しています。伝承の舞台そのものは遠野市土淵町です。
座敷童子と併せて覚えたい言葉・用語
わらし(わらし)
東北地方で子どもを指す言葉。座敷童子の「わらし」もこれにあたる。
苧殻(おがら)
皮をはいだ麻の茎。孫左衛門の家では、これで茸をかき回せば毒に中らないと言われた。
草分け(くさわけ)
その村を最初に開いた家。孫左衛門の家はこれにあたる旧家だった。
座敷童子の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。