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三つ目入道(みつめにゅうどう)とはどんな妖怪か|姿と伝承

三つ目入道  / ミツメニュウドウ

人型の妖怪 各地の伝説

明治の新聞に載った三つ目の怪僧。倒したら古狸だった。

三つ目入道の姿を描いた図

葛飾北斎 「三つ目の妖怪(下絵の部分)」 江戸時代 / パブリックドメイン 出典

三つ目入道とはどんな妖怪か

三つ目入道は、3つの目を持つ入道(僧)の姿をした妖怪です。

明治の新聞に、事例が載っています。

東京府(現・東京都)神田区の神田元柳原町に三つ目入道が出現した事例が、錦絵新聞『東京日日新聞第445号に記事として報じられています。

日付まで書かれています。

1873年8月4日(明治6年)午前3時頃のことです。

地震がありました。

梅村豊太郎という男が地震で目が覚めた後に寝つけずにいたところ、一緒に寝ていた子供が突然激しく泣き出しました

何事かと思うと、いました。

三つ目入道の漢字表記と読み方

読みは「みつめにゅうどう」です。

三つの目を持つ入道、という名です。

入道は、剃髪した人を指します。

そして、似た名の妖怪がいます。

三つ目小僧は、顔に三つの目を持つ童子姿の妖怪です。

小僧と入道の違いです。

小僧は子ども、入道は大人の僧です。

大きさが違います。

三つ目入道は、天井を突き破るほどの大きさになりました。

三つ目入道(みつめにゅうどう)

もっとも一般的な表記。

三ツ目入道(みつめにゅうどう)

字を変えた形。

三つ目入道の姿と特徴

三つ目入道の姿は、次のように伝わります。

3つの目を持つ。
入道(僧)の姿。
次第に巨大化する
天井を突き破るほどの大きさとなる。

大きくなります。

これは、見越し入道と同じ特徴です。

江戸時代後期の黄表紙においては、見越し入道の一種として、首の長い三つ目の妖怪がしばしば描かれています。

首が長く、目が三つです。

そして、正体は狸でした。

怪僧の裾を引っ張って力任せに倒したところ、その正体は古狸でした。

三つ目入道の伝承物語

  1. 裾を引っ張って倒す
  2. 人前で踊るもの
  3. 見越し入道の一種

裾を引っ張って倒す

明治の記事は、退治の場面まで書いています。

1873年8月4日(明治6年)午前3時頃梅村豊太郎という男が地震で目が覚めた後に寝つけずにいました。

そこへ、子どもが泣き出します。

一緒に寝ていた子供が突然激しく泣き出しました

何事かと思ったところです。

枕元に三つ目の怪僧が立っており、しかも次第に巨大化し、天井を突き破るほどの大きさとなりました。

天井を突き破ります。

しかし、豊太郎は動じませんでした。

度胸の据わった豊太郎は怪僧の裾を引っ張って力任せに倒しました

裾を引きます。

その正体は古狸だったといいます。

人前で踊るもの

三つ目入道には、別の記録もあります。

長野県東筑摩郡の教育委員会の調査による資料では、同郡に伝わる妖怪として「人前で踊るもの」とされています。

踊ります。

しかし、それだけです。

それ以外の記述はなく、詳細な特徴などは不明です。

名と、一言だけの記録です。

同じ郡には、三つ目小僧の記録もあります。

長野県東筑摩郡教育会の調査資料には三つ目小僧の名がありますが、名前があるのみで解説は無く、どのような妖怪かは詳細には語られていません。

同じ土地に、二つの三つ目が名だけ残っています。

見越し入道の一種

三つ目入道は、絵の中にも描かれました。

江戸時代後期の黄表紙においては、見越し入道の一種として、首の長い三つ目の妖怪がしばしば描かれています。

黄表紙は、江戸後期の絵入りの読み物です。

首が長く、目が三つです。

見越し入道は、見上げると大きくなる妖怪です。

明治の記事の三つ目入道も、次第に巨大化し、天井を突き破るほどの大きさとなりました。

同じ特徴です。

そして、正体も同じ系統です。

見越し入道入道坊主の正体は、タヌキムジナイタチとされます。

三つ目入道も、古狸でした。

三つ目入道の伝承地域

三つ目入道は、明治の新聞記事に事例があります。

東京府(現・東京都神田区の神田元柳原町に出現したと、錦絵新聞『東京日日新聞第445号に報じられています。

日付は1873年8月4日(明治6年)午前3時頃です。

長野県東筑摩郡にも同名の妖怪が伝わり、人前で踊るものとされますが、それ以外の記述はありません

個人の家の出来事であり、場所は特定されていません。この欄は空のままにしてあります。

三つ目入道の正体と考えられているもの

三つ目入道については、次のように整理できます。

一つめは、明治の新聞記事です。東京府神田区の神田元柳原町に出現した事例が、錦絵新聞『東京日日新聞第445号に報じられています。

二つめは、巨大化です。枕元に三つ目の怪僧が立っており、しかも次第に巨大化し、天井を突き破るほどの大きさとなりました。

三つめは、古狸です。度胸の据わった豊太郎が怪僧の裾を引っ張って力任せに倒したところ、その正体は古狸でした。

四つめは、名だけの記録です。長野県東筑摩郡の調査資料では「人前で踊るもの」とされますが、それ以外の記述はなく、詳細な特徴などは不明です。

五つめは、見越し入道の一種です。江戸時代後期の黄表紙では、見越し入道の一種として首の長い三つ目の妖怪がしばしば描かれています。

この妖怪は、記事の日付が残っている点が珍しいものです。 明治6年8月4日午前3時頃と、時刻まで書かれています。

三つ目入道をめぐる妖怪のつながり

三つ目入道が登場する作品

三つ目入道は、新聞に載った妖怪です。

日付、時刻、町名、人名まで書かれています。 そして、倒したら古狸でした。

資料は明治の錦絵新聞と、長野の調査資料に分かれます。

三つ目入道が登場する古典

東京日日新聞

錦絵新聞。第445号に、神田元柳原町の三つ目入道の記事があります。

三つ目入道が登場する研究

妖怪事典

村上健司編著、2000年。明治の新聞記事と長野の資料を整理しています。

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江戸東京の噂話

江戸から明治の都市の噂を集めた書。

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三つ目入道が登場する漫画・アニメ

妖怪をまとめて扱う作品

目の数で名がついた妖怪として、三つ目小僧と並べて取り上げられます。

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三つ目入道についてよくある質問

三つ目入道とは何ですか。

3つの目を持つ入道(僧)の姿をした妖怪です。明治時代東京府神田区の神田元柳原町に出現した事例が錦絵新聞『東京日日新聞』第445号に報じられています。

どんな出来事だったのですか。

1873年8月4日(明治6年)午前3時頃、梅村豊太郎が地震で目覚めた後、一緒に寝ていた子供が突然激しく泣き出し枕元に三つ目の怪僧が立っており、次第に巨大化して天井を突き破るほどの大きさとなりました。

正体は何ですか。

古狸でした。度胸の据わった豊太郎が怪僧の裾を引っ張って力任せに倒したところ、わかったといいます。

長野の記録とは何ですか。

長野県東筑摩郡の教育委員会の調査による資料で、同郡に伝わる妖怪として「人前で踊るもの」とされています。 ただしそれ以外の記述はなく、詳細な特徴などは不明です。

三つ目入道と併せて覚えたい言葉・用語

錦絵新聞(にしきえしんぶん)

明治初期の、錦絵に記事を添えた新聞。

黄表紙(きびょうし)

江戸後期の絵入りの読み物。

神田元柳原町(かんだもとやなぎわらちょう)

東京府神田区の町名。三つ目入道の出た場所とされる。