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全国に伝わるもの

アマビエとはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

アマビエ  / アマビエ

水の妖怪 現代の噂話

海に現れ、疫病が流行ったら自分の姿を写して見せよと告げた妖怪。

アマビエの姿を描いた図

作者不明 「肥後国海中の光り物」 1846年 / パブリックドメイン 出典

アマビエとはどんな妖怪か

アマビエは、一枚の瓦版にだけ残された妖怪です。

弘化三年(1846年)、肥後国の海に現れたと伝わります。

弘化三年(1846年)、毎夜のように海に光るものが現れるので役人が出向いたところ、この姿のものが現れて、こう告げたと記されます。

私は海中に住むアマビエである。今年から六年のあいだは豊作が続く。しかし病が流行ったら、私の姿を写して人々に見せよ。

そう言って海へ帰った、というのが記録のすべてです。

これ以外に、アマビエの記録はありません。 地元に伝承として残ってもいません。同じ型の話はアマビコ(尼彦・天日子)として各地の瓦版にあり、アマビエはその書き写しの誤りではないかとする説が有力です。

2020年、感染症の流行を受けてこの絵が広く共有され、江戸時代の瓦版一枚が現代によみがえりました。

アマビエの漢字表記と読み方

読みは「あまびえ」です。瓦版には片仮名でのみ記されており、漢字は当てられていません。

注目すべきは、同じ型の話が「アマビコ」として各地に残っていることです。アマビコは複数の瓦版で確認できますが、アマビエはこの一枚だけです。

ここから、「アマビコ」の「」を「」と書き誤った、あるいは版を彫るときに崩れた、という説が出ています。つまりアマビエという名は、写し間違いから生まれた可能性があります。

決定的な証拠はありませんが、記録の数の差は無視できません。

アマビエ(あまびえ)

瓦版に記された名。仮名書きのみで、漢字は当てられていない。

アマビコ(あまびこ)

同じ型の話に現れる名。こちらは各地に複数の記録がある。

尼彦(あまびこ)

アマビコに当てられた漢字のひとつ。

天日子(あまびこ)

同じくアマビコに当てられた漢字。

海彦(あまびこ)

同じ型の記録に見られる表記。

アマビエの姿と特徴

アマビエの姿は、瓦版の絵一枚で完全に決まっています。

… 長く、肩から背に垂れる。
… 鳥の嘴のように前へ突き出る。
… 大きく丸い。
… 全身が鱗におおわれる。
… 三本。ひれのような形。
大きさ … 記録に明記はないが、絵から人ほどと読める。

三本の足が最大の特徴です。海から半身を出した姿で描かれ、下半身は水中にあります。

アマビコのほうは、三本足という点は共通しながら、猿に近い姿で描かれるものが多く、姿は一定していません。

瓦版の絵は、線も彫りも粗いものです。素朴で、たどたどしい線で描かれています。しかし、この絵が2020年に世界中で共有されることになりました。

一枚の絵が、百七十年以上を経て意味を持ち直した。妖怪の絵で、これほどの例は他にありません。

アマビエの伝承物語

  1. 弘化三年、肥後の海に現れる
  2. アマビコの系譜 ─ 予言する獣たち
  3. アマビコの写し間違い ─ 名が生まれる
  4. 2020年の復活 ─ 百七十年後の再会

弘化三年、肥後の海に現れる

アマビエの記録は、一枚の瓦版に尽きます。

弘化三年四月、肥後国の海に毎夜のように光るものが現れました。不審に思った役人が出向いたところ、海中から姿を現したものがありました。

われは海中に住むアマビエと申す者なり。

そして告げます。当年より六箇年のあいだは諸国で豊作が続く。ただし、病が流行ることがあれば、

はやく私の写しを人々に見せよ。

そう言って海へ入っていった。役人はその姿を写し取り、江戸へ送った──というのが全文です。

これ以上の記録はありません。 どの海か、どの役人か、その後どうなったかは書かれていません。

妖怪としては異例なほど記録が薄い。 それでもアマビエが現代に残ったのは、この一枚が残っていたからです。

アマビコの系譜 ─ 予言する獣たち

アマビエには、よく似た仲間がいます。同じ型の話が、アマビコの名で各地に残っています。

アマビコの瓦版は複数確認されており、内容はほぼ共通します。

海や山に現れる豊作と疫病を予言する自分の姿を写して見せよと告げる消える

この型は、江戸時代後期に流行した予言獣の一種です。件(くだん)神社姫ヨゲンノトリなど、同じ役割を持つものが数多く記録されています。

共通するのは、姿を写すことで災いを避けられるという点です。

絵を持っていれば病にかからない。

瓦版はこの触れ込みで売られました。つまり予言獣の絵は、護符として売られた商品でもありました。

アマビエもまた、その一枚だったのです。

アマビコの写し間違い ─ 名が生まれる

アマビエとアマビコの関係については、書き誤りの説が有力です。

根拠は次のとおりです。

記録の数 … アマビコは複数の瓦版が確認されている。アマビエは一枚だけ。
内容の一致 … 予言の中身も、姿を写せという指示も、ほぼ同じ。
字の形 … 「コ」と「エ」は、崩し字や版木では紛れやすい。

江戸時代の瓦版は、速さを重んじて作られた印刷物です。誤字や誤記は珍しくありませんでした。

つまり、アマビエという妖怪は、写し間違いによって生まれたのかもしれません。

ただし、これを断定する証拠はありません。もともとアマビエという名の妖怪がいた可能性も残ります。

いずれにせよ、誤記から生まれたかもしれない妖怪が、現代でもっとも親しまれる妖怪のひとつになったという事実は変わりません。

2020年の復活 ─ 百七十年後の再会

2020年、世界的な感染症の流行のなかで、アマビエは突然よみがえりました。

きっかけは、瓦版の絵と「病が流行ったら私の姿を写して見せよ」という一節が広く共有されたことです。

姿を写して見せよ。

この指示は、絵を描いて共有するという行為そのものを促します。妖怪が、自ら拡散の方法を指定していたのです。

絵を描いて公開する人が相次ぎ、菓子や玩具、掲示物にアマビエの姿が使われました。公的な機関の啓発にも用いられています。

江戸時代の護符が、そのまま現代の形で機能したことになります。

紙に描いて掲げれば病を避けられるという発想は、十九世紀と二十一世紀でほとんど変わりませんでした。アマビエの流行は、妖怪が今も人の役に立ちうることを示しました。

アマビエの伝承地域

アマビエには、訪ねられる伝承地がありません。

瓦版は「肥後国の海」とだけ記しており、具体的な浜も港も書かれていません。 熊本県のどこであるかを特定する手がかりは残っていないのです。

また、地元に伝承として残ってもいません。アマビエは、土地の言い伝えではなく、一枚の印刷物として伝わった妖怪です。

各地でアマビエを掲げる例が増えていますが、そのほとんどが2020年以降のものです。

無い場所を、あるように書くことはしません。この欄は空のままにしてあります。

アマビエの正体と考えられているもの

アマビエの正体については、次のように考えられています。

もっとも有力なのは、アマビコの書き誤りとする説です。同じ型の話がアマビコの名で複数の瓦版に残っており、アマビエは一枚だけという記録の偏りが根拠になります。

予言獣という商品という見方も重要です。江戸時代後期、豊作と疫病を予言し「姿を写して見せよ」と告げる怪異の話が、瓦版として繰り返し売られました。件、神社姫、ヨゲンノトリなど、同じ役割を持つものが数多くあります。絵は護符として売られた商品であり、その触れ込みが予言だったという側面は無視できません。

海の生き物とする見方もあります。人魚として語られた生き物の目撃が下敷きにあるという説ですが、三本足という特徴は説明できません。

実際の疫病流行への不安が背景にあることは確かです。弘化三年の前後、日本各地でコレラや麻疹が流行しています。病への恐れが、予言獣という形を求めたという順序が考えられます。

アマビエは、土地の伝承ではなく、印刷物として生まれ、印刷物として広がった妖怪です。2020年の復活も、同じ性質のうえに起きました。

アマビエをめぐる妖怪のつながり

アマビエが登場する作品と記録資料

アマビエは、作品を通じてではなく、絵そのものが広まったという点で他の妖怪と大きく違います。

2020年の流行では、無数の人が自分の絵柄でアマビエを描きました。決まった姿がありながら、描き手ごとに違う姿になる。 妖怪の広まり方として、これは新しい形といえます。

アマビエが登場する現代の広がり

2020年の啓発

感染症の流行に際して、公的な機関の啓発にもアマビエの姿が用いられました。

菓子・玩具・掲示物

多くの商品や掲示にアマビエが描かれました。江戸時代の護符が、そのまま現代の形で機能した例です。

各地の造形

像や幟など、アマビエをかたどった造形が各地に作られました。近年になって掲げられたもの。

アマビエが登場するゲーム

妖怪ウォッチ

アマビエを題材にした妖怪が登場します。

Amazonでゲームを探す

日本の妖怪を扱う各種のゲーム

2020年以降、実装される例が増えています。

アマビエが記録された資料

弘化三年の瓦版

アマビエの姿と言葉を伝える唯一の資料です。大学の図書館に所蔵されています。

アマビエの本を探す

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アマビエについてよくある質問

アマビエとは何ですか。

肥後国の海に現れたとされる妖怪です。豊作が続くこと、病が流行ったら自分の姿を写して見せよと告げたと、弘化三年の瓦版に記されています。

アマビエはどんな姿ですか。

長い髪、嘴のような口、鱗におおわれた体、そして三本の足を持ちます。瓦版の絵一枚が、姿を伝える唯一の資料です。

アマビエとアマビコの違いは何ですか。

内容はほぼ同じです。アマビコは複数の瓦版に記録がありますが、アマビエは一枚だけです。このためアマビエはアマビコの書き誤りではないかとする説が有力です。

アマビエの伝承はどこに残っていますか。

土地の伝承としては残っていません。瓦版という印刷物の記録が一枚あるだけです。肥後国の海とだけ記され、具体的な場所は分かりません。

なぜ2020年にアマビエが流行したのですか。

「病が流行ったら私の姿を写して見せよ」という一節が、絵を描いて共有するという行為をそのまま促したためです。江戸時代の護符が、現代の形で機能しました。

アマビエは疫病に効くのですか。

効きません。瓦版にそう書かれているというだけの話です。ただし、不安な時期に人が同じ絵を共有したという事実には意味があります。

アマビエと併せて覚えたい言葉・用語

瓦版(かわらばん)

江戸時代の速報的な印刷物。事件や怪異を刷って売った。

予言獣(よげんじゅう)

豊作や疫病を予言し、姿を写せば災いを避けられると告げる怪異の総称。

アマビコ(あまびこ)

アマビエと同じ型の予言獣。複数の瓦版に記録がある。

肥後国(ひごのくに)

現在の熊本県にあたる旧国名。