熊野の海を荒らした鬼の大将。首を埋めた上に社殿が建つという。

金平鹿とはどんな妖怪か
金平鹿は、紀伊国熊野の海を荒らし回った鬼の大将です。
文献によっては、海賊多娥丸(たがまる)などとも記されています。
本拠がわかっています。
熊野灘の鬼の岩屋を本拠として棲み、数多くの鬼共を部下にしていたといいます。
部下がいました。
そして、討たれます。
坂上田村丸に対抗するために岩屋にたてこもったと伝えられます。
首の行方も伝わります。
三重県熊野市井戸町に鎮座する大馬神社に、鬼ヶ城に於ける討伐で、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったとの伝承があります。
金平鹿の漢字表記と読み方
読みは「こんへいか」です。
金平鹿という字が当てられています。
別の名もあります。
文献によっては、海賊多娥丸(たがまる)とも記されます。
鬼とも、海賊とも書かれます。
海を荒らし回ったという点は共通します。
そして、討った側の名も揺れます。
坂上田村丸(坂上田村麻呂)とされますが、田村麻呂が熊野へ遠征した歴史的事実は確認できません。
金平鹿(こんへいか)
もっとも一般的な表記。
多娥丸(たがまる)
海賊として記される場合の名。
金平鹿の姿と特徴
金平鹿の姿は、細かく語られていません。
わかっているのは、次のことです。
鬼の大将である。
熊野灘の鬼の岩屋を本拠とする。
数多くの鬼共を部下にしていた。
紀伊国熊野の海を荒らし回った。
海を荒らします。
そのため、海賊とも記されます。
海賊多娥丸という名がその形です。
討伐の場面は、鬼ヶ城です。
鬼ヶ城に於ける討伐で、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったと伝えられます。
金平鹿の伝承物語
首の上に社殿が建つ
金平鹿の最期は、社に残りました。
三重県熊野市井戸町に鎮座する大馬神社です。
そこに伝承があります。
鬼ヶ城に於ける討伐で、賊の頭(かしら)の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったといいます。
首の上に社です。
この賊の頭が海賊多娥丸とされています。
そして、ゆかりの地が並びます。
鬼の岩屋 … 坂上田村丸に対抗するためにたてこもった岩屋と伝えられます。
魔見ヶ島 … 鬼ヶ城の沖にある小島。観音の化身である童子が舞いを舞ったと伝えられます。
泊観音(清水寺) … 田村丸が千手観音を安置して建立したと伝えられます。
大馬神社 … 坂上田村丸が金平鹿の首を埋めたところに社殿を建てたと伝えられます。
田村麻呂は来ていない
この伝説には、史実との食い違いがあります。
熊野の鬼退治伝説は、坂上田村麻呂が熊野へ遠征している事で成立していますが、田村麻呂が熊野へ遠征した歴史的事実は確認できません。
来ていません。
そこで、説が立てられています。
桐村栄一郎は、先に「時の権力に抵抗する勢力を鎮圧した」伝承があり、時代と共に伝承の中身や主役が入れ替わったのではないかとしています。
主役が入れ替わりました。
根拠になる書物があります。
『熊野山略記』には、「桓武天皇の頃に熊野山が蜂起し、併せて南蛮の乱も起き、熊野三党(榎本氏、宇井氏、穂積氏)に征伐せよとの勅命が下った」とあります。
嵯峨天皇の弘仁元年(810年)、熊野三党は大将の愛須礼意と孔子を討ったが、悪事高丸は討ち逃した。東国に逃げた高丸を坂上田村丸が征伐したとあります。
南蛮が鬼になった
『熊野山略記』では、主役が違います。
熊野三党が主役で、田村麻呂は脇役です。
地元の三氏が討ちました。
そこから、変化が推測されます。
桐村栄一郎は、「南蛮」が「鬼」に、「榎本、宇井、鈴木」が「田村麻呂」に入れ替わったのが、熊野の坂上田村麻呂伝説のルーツではと推測しています。
呼び名が入れ替わりました。
外から来た者が「鬼」になります。
地元の氏族が「田村麻呂」になります。
話が広まるにつれ、より有名な名前に置き換えられていくという形です。
同じことは、各地の鬼退治伝説にも起きています。
金平鹿の伝承地域
金平鹿にゆかりの地は、三重県熊野市に集まっています。
大馬神社(三重県熊野市井戸町) … 坂上田村丸が金平鹿の首を埋めたところに社殿を建てたと伝えられます。
鬼の岩屋 … 坂上田村丸に対抗するためにたてこもった岩屋と伝えられます。
魔見ヶ島 … 鬼ヶ城の沖にある小島。観音の化身である童子が舞いを舞ったと伝えられます。
泊観音(清水寺) … 田村丸が千手観音を安置して建立したと伝えられます。
参拝の際は、各社寺の案内に従ってください。
大馬神社(おおまじんじゃ)
討たれた賊の首を埋めた上に建てたと伝わる社
大馬神社の所在地:三重県熊野市井戸町4333
坂上田村麻呂が討った賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を作ったのが始まりと伝わります。
七里御浜に面した岬にあります。
主祭神は天照大御神ほか11柱です。
金平鹿の正体と考えられているもの
金平鹿については、次のように整理できます。
一つめは、鬼の大将です。紀伊国熊野の海を荒らし回った鬼の大将で、熊野灘の鬼の岩屋を本拠とし、数多くの鬼共を部下にしていました。
二つめは、海賊です。文献によっては海賊多娥丸とも記されます。
三つめは、首の上の社です。三重県熊野市井戸町の大馬神社に、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったとの伝承があります。
四つめは、史実との食い違いです。田村麻呂が熊野へ遠征した歴史的事実は確認できません。
五つめは、名の入れ替わりです。桐村栄一郎は、「南蛮」が「鬼」に、「榎本、宇井、鈴木」が「田村麻呂」に入れ替わったのが、熊野の坂上田村麻呂伝説のルーツではと推測しています。
この鬼は、外から来た勢力を指しているとみられています。 討った側の名も、後から置き換えられました。
金平鹿をめぐる妖怪のつながり
金平鹿が登場する作品
金平鹿は、社の由緒として残った鬼です。
首を埋めた上に社殿が建ったという伝承が、大馬神社に伝わっています。
資料は熊野の寺社縁起と、郷土史の研究に分かれます。
金平鹿が登場する古典
熊野山略記
熊野三党が南蛮を討ったと記します。田村麻呂は脇役です。
金平鹿が登場する漫画・アニメ
妖怪をまとめて扱う作品
討たれた鬼として、大嶽丸や酒呑童子と並べて取り上げられます。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
金平鹿についてよくある質問
金平鹿とは何ですか。
紀伊国熊野の海を荒らし回った鬼の大将です。文献によっては海賊多娥丸とも記されます。
どこに棲んでいたのですか。
熊野灘の鬼の岩屋を本拠として棲み、数多くの鬼共を部下にしていたといいます。
大馬神社との関係は何ですか。
鬼ヶ城に於ける討伐で、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を造ったとの伝承があります。
坂上田村麻呂は本当に来たのですか。
確認できません。 田村麻呂が熊野へ遠征した歴史的事実は確認できないとされます。桐村栄一郎は、地元の熊野三党が主役だった話に、後から田村麻呂の名が入れ替わったのではと推測しています。
金平鹿と併せて覚えたい言葉・用語
鬼ヶ城(おにがじょう)
三重県熊野市の海岸の景勝地。鬼退治の舞台とされる。
熊野三党(くまのさんとう)
榎本氏、宇井氏、穂積氏。熊野の有力氏族。
大馬神社(おおまじんじゃ)
三重県熊野市井戸町の神社。金平鹿の首を埋めたと伝わる。