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鹿児島県

トシドンとはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

トシドン  / トシドン

人型の妖怪神になった妖怪 各地の伝説

大晦日の夜、首切れ馬に乗って家々を回り、悪い子を諌めるという来訪者。

トシドンの姿を描いた図

うぃき野郎 「トシドンの面(国立民族学博物館)」 2021年 / CC BY-SA 出典

トシドンとはどんな妖怪か

トシドンは、大晦日に子どもを叱りに来ます

日本各地に伝わる年神で、秋田県のナマハゲに似るとされます。鹿児島県薩摩川内市の下甑島に伝わるものが広く知られています。

トシドンは鬼のような顔をしています。普段は天上界に住んで下界を眺めており、特に子どもを好み、彼らの挙動を見ています。

毎年、大晦日の夜になると山の上に降り立ち、首切れ馬に乗って鈴を鳴らしながら家々を回ります。

その年に悪さをした子どもを諌め、そして長所を褒めます。

最後に歳餅という餅を与えて去ります。歳餅は人に一つ歳を取らせる餅といわれ、これを貰わないと歳を取ることができないとされました。

歳餅はお年玉の原型とされます。

トシドンの漢字表記と読み方

読みは「トシドン」です。

「トシ」は年、「ドン」はこの地域で敬って呼ぶときに付ける言い方です。つまり「年殿」、年の主を敬った呼び名にあたります。

仮面をかぶって仮装した来訪の行事は南九州の多くの地域に残っており、それぞれ違う名で呼ばれます。

トイノカンサマ … 屋久島の宮之浦。
トシトイドン … 種子島の国上。
メン … 末吉町の熊野神社、指宿市山川利永、黒島の大里。
八朔メン … 硫黄島、三島村。

種子島の鞍勇地区や野木平地区でもトシドンが行われており、甑島からの移住者がもたらしたとされます。

トシドン(としどん)

もっとも一般的な書き方。

甑島のトシドン(こしきじまのトシドン)

重要無形民俗文化財としての指定名称。

トシドン餅(としどんもち)

歳餅の別の呼び方。

トシドンの姿と特徴

トシドンの姿は、行事のなかで人が身につけるものとして定まっています。

… 鼻の長い、鬼のような面。色を塗った段ボールで作る。
装い … 蓑や黒いマント。地元産のシュロやソテツの葉で飾られる。
演じる者 … 地元の青年や年配の人。
乗り物 … 伝承では首切れ馬。
… 鈴を鳴らしながら来る。

面や衣装の製作現場は非公開であり、写真やビデオでの撮影も禁止されています。

そして、行事の後、十二月三十一日から一月一日までのあいだに、これらの衣装はすべて焼却されます。

残さないという点は、悪石島のボゼと共通します。

装いにシュロやソテツの葉が使われることから、ポリネシアの島々の祭礼を思わせるとも指摘されています。

なお、伝承では首切れ馬に乗って来るとされます。行事に馬は出ません。

トシドンの伝承物語

  1. 天から見ているんだぞ
  2. 悪い子はいないか
  3. 歳餅とは何か
  4. 歳餅を背で受け取る
  5. 子どもが減り、なり手も減る
  6. 演じ手が足りない
  7. 見世物にはしない
  8. 観光の見世物にしない

天から見ているんだぞ

甑島のトシドンは、鹿児島県薩摩川内市の下甑島に伝わる年中行事です。

はっきりした起源を示す記録は残っていませんが、明治時代以前から子弟教育や農耕儀式として口伝えされてきたといい、江戸時代から行われてきたともいわれます。

大晦日の夜、地元の青年や年配の人がトシドンの姿に扮し、子どものいる家をまわります。

訪問先は、三、四歳、または七、八歳の子どものいる家が対象です。

そしてその子どもたちが年内に仕出かした悪戯などを、「いつも天から見ているんだぞ」とばかりに怖い声で指摘し、懲らしめます。

種明かしをすれば、これは事前に家族がトシドン役の人々に対し、叱って欲しい内容を知らせているのです。

悪い子はいないか

しかし子どもにしてみれば、なぜ知っているのかと恐怖におののき、反省を促されることになります。

悪行について一通り懲らしめた後、勉強や趣味、習い事のことなど、最近の長所や良い行いについて褒めあげます。

さらに、歌を歌わせる、数を数えさせる、片足跳びをさせるなどの注文をし、子どもはその言いなりとなります。

これらを終えた後、トシドンは褒美として歳餅を与え、来年まで行儀良くすることを子どもに約束させて去ってゆきます。

一通りに要する時間は十五分ほどです。

トシドンが帰って行った後、甑島の人々は無事に新年を迎えることができるとされます。

歳餅とは何か

歳餅は「トシドン餅」とも呼ばれます。

これは、一年を越えるための証です。

かつて米は貴重品であり、生命の源とも考えられていました。そこから、トシドン餅は子どもの生命の源泉であり、子どもの魂をさらに健康に成長させるものとされています。

歳餅は人に一つ歳を取らせる餅といわれ、これを貰わないと歳を取ることができないとされました。

歳餅はお年玉の原型とされます。

いま、お年玉は金銭を渡すものになっていますが、もとは餅を渡すものでした。年の変わり目に、生きる力を分け与える行いであったわけです。

歳餅を背で受け取る

島の子どもたちにとって、トシドンは避けて通ることのできない通過儀礼です。

子ども一人が適齢になるまで、五年間は毎年訪れる習わしです。

子どものしつけと成長を願う行事であり、幼い子どもをしっかりとした大人へと成長させる、人格転換の儀式ともされています。

年末に訪れて贈り物をするという点では、西洋の伝説にあるサンタクロースとも共通しています。

ただし、単に日本版のサンタクロースと見るには、あまりに多くの示唆を孕んでいるとの意見もあります。

子どもが減り、なり手も減る

トシドンの行事は、一九五五年頃がもっとも盛んでした。

各地区ごとに二十軒近くの家をトシドンが訪れていたといいます。

しかし過疎や少子化にともない、子どものいる家庭は年々減少し、行事の継続が危ぶまれています。

甑島の港地区は二〇〇〇年から行事が行われておらず、二〇〇五年に行事が開催されたのは、もっとも多い地区でも四軒のみでした。

暮らし方や価値観の多様化の影響により、トシドンの訪問を断る家もあるといいます。

問題は、演じ手の側にもあります。

トシドン役の後継者の減少も深刻です。平成の時期には、トシドンの成り手である青年たちが島を出ており、島の仕事が少ないことから戻らないことが多いため、地区によっては中学生がトシドンを務めるようになっています。

演じ手が足りない

かつては上甑島・中甑島・下甑島のそれぞれでトシドンが行われていましたが、いま伝承されているのは下甑島のみです。

文化財としての歩みも記しておきます。

一九七七年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。二〇〇九年には、ユネスコの無形文化遺産の新制度の第一号のひとつとして「甑島のトシドン」が登録されています。

後にナマハゲの登録が提案された際、「甑島のトシドンに形式的にも象徴的にも類似している」と指摘されて登録されませんでした。

このため、対象を広げる案が検討され、二〇一八年十一月に「来訪神 仮面・仮装の神々」として十件に拡張しての登録を果たしました。

見世物にはしない

トシドンは、神聖な儀式として一般公開が拒まれてきました。

無形文化遺産への登録を機に、島ではトシドンを観光客に公開する希望も上がっています。

自治体などからは保存会に対し「行事として実施してほしい」との依頼もあります。

しかし、保存会ではトシドンを見世物ではなく神聖な家庭行事と見なしており、また無理に形を変えては本来の意味がなくなるとして、観光化に否定的な意見が多いのです。

観光客に対して大々的に公開を行う秋田のナマハゲと異なり、一部の集落を除いて取材も受け付けていません。

反発の例もいくつか伝わっています。

観光の宣伝のため川内駅にトシドンの面を飾る話が出たときには、保存会の反対に遭いました。

観光の見世物にしない

薩摩川内市がトシドンをかたどったマンホールの蓋を島に設置したこともありましたが、その際も「踏みつける行為は許されない」「悪乗り」との強い反発により撤去されています。

この態度は、面や衣装を焼却する習わしと一続きのものです。

物として残さない、見せ物にしない。それがこの行事の筋です。

しかしながら、少子化などの問題による先行きの不安は深刻です。

人数を制限して見学者を受け入れる集落もあり、ユネスコの評価以前の二〇〇八年には本町トシドン保存会で、関心のある訪問者の受け入れが限定的ながら始まっています。二〇〇七年には保存会により記録の映像も作られました。

トシドンの伝承地域

トシドンの伝承地は、鹿児島県薩摩川内市の下甑島です。

保存会は下甑町の手打、片野浦、瀬々野浦、青瀬にあります。

かつては上甑島・中甑島・下甑島のそれぞれで行われていましたが、いま伝承されているのは下甑島のみです。

種子島の鞍勇地区や野木平地区でもトシドンが行われており、こちらは甑島からの移住者がもたらしたとされます。

トシドンは神聖な家庭行事とされており、一部の集落を除いて取材も受け付けていません。見学の可否は、その年ごとに保存会の判断によります。

下甑島(しもこしきしま)

トシドンが訪れる島

地図で開く

下甑島の所在地:鹿児島県薩摩川内市

トシドンの行事が現在も伝わる島です。

大晦日の夜、地元の青年や年配の人がトシドンに扮し、三、四歳または七、八歳の子どものいる家をまわります。

かつては上甑島・中甑島・下甑島のそれぞれで行われていましたが、いま伝承されているのはこの島のみです。

保存会は下甑町の手打、片野浦、瀬々野浦、青瀬にあります。

神聖な家庭行事とされ、一部の集落を除いて取材も受け付けていません。

トシドンの正体と考えられているもの

トシドンの正体については、次のように考えられています。

年神とする見方が基本です。年の変わり目に訪れ、歳餅を与えて人に一つ歳を取らせるものとされます。

来訪神とする見方も広く行われています。定まった時期に外から訪れ、家々を回るものを指す言い方で、ユネスコの無形文化遺産にもこの枠組みで登録されました。

子どものしつけの仕組みとする見方は、行事の実際にもっとも近いものです。事前に家族が叱ってほしい内容を伝えており、子どもはなぜ知っているのかと恐れて反省します。

人格転換の儀式とする見方もあります。子ども一人が適齢になるまで五年間毎年訪れ、幼い子どもをしっかりとした大人へ成長させることを願うものとされます。

お年玉の原型とする見方も重要です。歳餅は、かつて貴重品であった米を子どもの生命の源として与えるものでした。

サンタクロースと比べられることもあります。 ただし、単に日本版のサンタクロースと見るにはあまりに多くの示唆を孕んでいるとの意見もあります。

トシドンをめぐる妖怪のつながり

トシドンが登場する作品

トシドンは、見せないことを選んできた行事です。

面や衣装は製作現場が非公開で、撮影も禁止され、行事の後には焼却されます。観光化にも否定的な意見が多くあります。

そのため、作品で描かれることはナマハゲに比べて多くありません。

しかし、ユネスコの無形文化遺産の新制度の第一号のひとつとして登録されたのはトシドンのほうでした。後にナマハゲが「トシドンに類似している」と指摘されて登録されなかった経緯もあります。

知られ方と、認められ方が食い違っている珍しい例です。

トシドンが登場するそのほか

甑島のトシドン

一九七七年に国の重要無形民俗文化財、二〇〇九年にユネスコの無形文化遺産となりました。

来訪神 仮面・仮装の神々

十件の行事からなる枠組み。二〇一八年に拡張登録されました。

トシドンが登場する書物

子育ての民俗

大藤ゆきの著。柳田国男の伝えたものを扱っています。

下甑村郷土誌

島の側から行事を記録した資料です。

トシドンが登場する漫画・アニメ

来訪の行事を扱う各種の作品

ナマハゲと並べて紹介されることが多くあります。

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トシドンについてよくある質問

トシドンとは何ですか。

大晦日の夜に訪れて子どもを諌める年神です。普段は天上界に住んで下界を眺めており、大晦日の夜に山の上へ降り立ち、首切れ馬に乗って鈴を鳴らしながら家々を回るとされます。

どこで行われていますか。

鹿児島県薩摩川内市の下甑島です。かつては上甑島・中甑島・下甑島のそれぞれで行われていましたが、いま伝承されているのは下甑島のみです。種子島の一部でも行われており、甑島からの移住者がもたらしたとされます。

歳餅とは何ですか。

トシドンが最後に与える餅で、「トシドン餅」とも呼ばれます。人に一つ歳を取らせる餅といわれ、これを貰わないと歳を取ることができないとされました。お年玉の原型とされます。

なぜ子どもの悪戯を知っているのですか。

事前に家族がトシドン役の人々に対し、叱って欲しい内容を知らせているためです。しかし子どもにしてみればなぜ知っているのかと恐怖におののき、反省を促されることになります。

見学できますか。

神聖な家庭行事とされ、一部の集落を除いて取材も受け付けていません。ただし人数を制限して見学者を受け入れる集落もあり、二〇〇八年には本町トシドン保存会で限定的な受け入れが始まっています。

トシドンと併せて覚えたい言葉・用語

歳餅(としもち)

トシドンが与える餅。人に一つ歳を取らせるとされ、お年玉の原型とされる。

首切れ馬(くびきれうま)

トシドンが乗って来るとされる馬。首の無い馬の怪異。

下甑島(しもこしきしま)

鹿児島県薩摩川内市の島。現在トシドンが伝わる唯一の甑島。

通過儀礼(つうかぎれい)

人が次の段階へ進むために通る儀式。トシドンは五年間毎年訪れる。