奄美大島に伝わる片耳のないブタの妖怪。股をくぐられると魂を抜かれる。

片耳豚とはどんな妖怪か
片耳豚はひとことで言えば、片耳のないブタの姿をした妖怪です。
鹿児島県奄美大島に伝わります。奄美の民俗研究家・恵原義盛の著書『奄美怪異談抄』に記述があります。
「ウワ」は、この地域の言葉でブタを意味します。名前のとおり、片耳の無いブタの姿をしています。
人間がこれに股の下をくぐられると魂を抜かれて死んでしまい、かろうじて命が助かったとしても、性器を損傷して一生腑抜けになってしまうといいます。
沖縄のマジムンに似た伝承です。
現れる場所は一定しており、なかでも名瀬市、現在の奄美市の市役所付近がもっとも知られます。ほかにも永田川など、二、三か所の出没地があったといいます。
光を当てても影ができないので、ふつうのブタと区別できます。
片耳豚の漢字表記と読み方
読みは「かたきらうわ」です。
「ウワ」、あるいは「ウヮー」は、沖縄や奄美の言葉でブタを意味します。
「カタキラ」は片方が欠けていること。つまり「片耳のブタ」が、そのまま名になっています。
同じ発想の名が、ほかにもあります。
耳無豚(みんきらうわ) … 両耳のないブタ。
ムィティチゴロ … 片目豚の意。徳之島阿布木名に伝わる。
いずれも、体の一部が欠けていることが名になっています。
これらの妖怪に共通する特徴は、目や耳など体の一部が欠損したブタの姿という外見です。
欠けているという一点で、ふつうのブタと見分けがつきます。
片耳豚(かたきらうわ)
もっとも一般的な書き方。
耳無豚(みんきらうわ)
両耳のないブタの姿をしたもの。
ムィティチゴロ(むぃてぃちごろ)
徳之島に伝わる片目豚の意の呼び名。
片耳豚の姿と特徴
片耳豚の姿には、はっきりした特徴があります。
耳 … 片方が無い。
動き … ウサギのように飛び跳ね、ウサギのように素早い。
捕らえられるか … 素早く動くために捕らえることはできない。
匂い … 濃いクレゾールのような、雄のヤギの強い匂いのような嫌な匂いがする。
影 … 光を当てても影ができない。
影ができないという点が、もっとも確かな見分け方です。
夜道でブタらしきものに出会ったとき、明かりを当てて影がなければ、それは片耳豚です。
匂いも手がかりになります。強い獣のような嫌な匂いは、遠くからでも分かります。
なお、この種の妖怪は女性の一人歩きか二人連れの前によく現れたともいわれます。
耳無豚は両耳のないブタの姿で、同様に人間の股をくぐって魂を抜き去るといいます。
徳之島阿布木名のムィティチゴロは、目が一つしかありません。同様に股をくぐられると死ぬといわれる妖怪です。
どれも、欠けている場所が違うだけで、やってくることは同じです。
片耳豚の伝承物語
股をくぐられると魂を抜かれる
片耳豚がしてくることは、一つだけです。
人間の股の下をくぐろうとします。
そして、くぐられると魂を抜かれて死んでしまいます。
かろうじて命が助かったとしても、性器を損傷して一生腑抜けになってしまうといいます。
これは沖縄のマジムンに似た伝承です。マジムンでも、動物の姿をしたものに股をくぐられると死ぬとされます。
では、どうすればよいのか。
避け方も伝わっています。
もし出遭ってしまった場合、咄嗟に両脚を交差させてこれを避けると良いといいます。
脚を交差させて備える
脚を交差させれば、股の下に通り道ができません。たいへん単純ですが、確かな備えです。
徳之島阿布木名では、ムィティチゴロが現れるといわれた場所で、股をくぐられないように両脚を交差しながら歩いたといいます。
恐ろしい場所を、脚を交差させて歩く人の姿。
これがこの妖怪への備えの、実際の形でした。
また、この種の妖怪は女性の一人歩きか二人連れの前によく現れたともいわれます。夜道を一人で歩くことへの戒めとも読めます。
出る場所は決まっている
片耳豚には、現れる場所が一定しているという特徴があります。
多くの妖怪は、山や海など広い場所に現れるものとして語られます。
しかし片耳豚は違います。
なかでも名瀬市、現在の奄美市の市役所付近がもっともよく知られています。
ほかにも永田川など、二、三か所の出没地があったといいます。
市役所の付近というのは、たいへん具体的な場所です。
山奥でも、寂しい海辺でもありません。町の中心に近いところです。
人の暮らしのすぐそばで語られた
このことは、片耳豚が人の暮らしのすぐそばで語られていたことを示しています。
夜、その道を通るときには気をつける。脚を交差させて歩く。そうした備えが、日々の暮らしの中にありました。
ブタの姿であることも、この土地の暮らしと結び付いています。
沖縄や奄美では、伝統的に豚肉が大切な食べ物でした。ブタは身近な家畜であり、民話にブタの化け物が登場することがとても多いのです。
身近な生き物だからこそ、それが化けたものが恐ろしい。
片耳豚は、そうした暮らしの中から生まれた妖怪です。
書き手が限られていた
片耳豚について確かめられることは、多くありません。
主な記録は、奄美の民俗研究家・恵原義盛の著書『奄美怪異談抄』です。
また、奄美出身の民俗学者・田畑英勝の著書『奄美物語』には、徳之島阿布木名のムィティチゴロについての記述があります。
書物に残された記録が、この二つに集中しています。
なぜ記録が少ないのか。理由はいくつか考えられます。
第一に、島の言葉で語られてきたことです。「ウワ」「カタキラ」「ムィティチゴロ」といった語は、そのままでは本土の読者に通じません。書き留めるには、翻訳の手間がかかります。
書き残したのは島の出身者だった
第二に、記録者が限られていたことです。奄美の妖怪について書き残したのは、恵原義盛や田畑英勝といった、島の出身者やそこに深く関わった人々でした。
第三に、話が短いことです。片耳豚の話には、筋書きらしい筋書きがありません。現れる、股をくぐろうとする、避ける。それだけです。
しかし、短いことは価値が低いことを意味しません。
現れる場所が具体的であること、避け方が伝わっていること、影ができないという見分け方があること。
これらはすべて、実際に恐れられ、実際に備えられていたことを示しています。
物語として面白く語られる妖怪ではなく、日々の道で気をつけるべきものとして伝えられてきました。
片耳豚の伝承地域
片耳豚の伝承地は、鹿児島県奄美大島です。
出没地は一定しており、かつての名瀬市、現在の奄美市の市役所付近がもっともよく知られます。ほかに永田川など、二、三か所の出没地があったといいます。
同じ形の妖怪として、両耳のない耳無豚が奄美大島に、片目のムィティチゴロが徳之島阿布木名に伝わります。
なお、この記事では大分類を鹿児島県としています。沖縄のマジムンによく似た伝承ですが、片耳豚そのものは奄美大島の伝承であり、奄美大島は鹿児島県に属するためです。
片耳豚を祀る場所は確かめられませんでした。
名瀬市街(なぜしがい)
片耳豚がもっともよく出るとされた地
名瀬市街の所在地:鹿児島県奄美市名瀬
片耳豚の出没地としてもっともよく知られる場所です。
かつての名瀬市、現在の奄美市の市役所付近がとくに知られます。
山奥でも寂しい海辺でもなく、町の中心に近いところです。
このことは、片耳豚が人の暮らしのすぐそばで語られていたことを示しています。
示しているのは伝承の残る地域です。
永田川(ながたがわ)
片耳豚の出没地の一つ
永田川の所在地:鹿児島県奄美市名瀬
名瀬の市街を流れる川です。
片耳豚の出没地の一つとして伝えられます。
現れる場所が一定していることが、この妖怪の特徴です。 市役所付近とあわせて、二、三か所の出没地があったといいます。
川のどのあたりかを示すものは確かめられませんでした。
片耳豚の正体と考えられているもの
片耳豚の正体については、次のように考えられています。
マジムンの一種とする見方があります。沖縄のマジムンでも、動物の姿をしたものに股をくぐられると死ぬとされます。片耳豚の伝承は、これとよく似ています。
身近な家畜が化けたものとする見方も成り立ちます。沖縄や奄美では伝統的に豚肉が大切な食べ物であり、民話にブタの化け物が登場することがとても多くあります。
欠けたものへの恐れとする見方もあります。片耳、両耳無し、片目。いずれも体の一部が欠損しています。ふつうと違うものへの畏れが、この形をとったと読めます。
夜道への戒めとする見方も可能です。この種の妖怪は女性の一人歩きか二人連れの前によく現れたといわれます。
影ができないという特徴は、これが生き物ではないことを示すためのものとみられます。
確かなことは多くありません。 記録は恵原義盛の『奄美怪異談抄』と、田畑英勝の『奄美物語』に集中しており、それ以外の資料は限られています。
片耳豚をめぐる妖怪のつながり
片耳豚が登場する作品
片耳豚は、作品での扱いが多くない妖怪です。
記録が限られており、筋書きらしい筋書きもありません。
しかし「股をくぐられると死ぬ」「両脚を交差させて避ける」という具体的な決まりは、たいへん印象に残ります。
恐ろしい場所を、脚を交差させながら歩く。その姿がこの妖怪への備えの実際でした。
沖縄のマジムンと並べて紹介されることが多くあります。
片耳豚が登場する書物
奄美怪異談抄
恵原義盛の著。片耳豚と耳無豚について記しています。
奄美物語
田畑英勝の著。徳之島阿布木名のムィティチゴロについて記しています。
片耳豚が登場する漫画・アニメ
南島の妖怪を扱う各種の作品
マジムンと並べて紹介されることがあります。
片耳豚が登場するゲーム
日本の妖怪を扱う各種の作品
片耳の欠けたブタの姿で登場することがあります。
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片耳豚についてよくある質問
片耳豚とは何ですか。
鹿児島県奄美大島に伝わるブタの妖怪です。「ウワ」はこの地域の言葉でブタを意味し、名前のとおり片耳の無いブタの姿をしています。奄美の民俗研究家・恵原義盛の『奄美怪異談抄』に記述があります。
何をしてくるのですか。
人間の股の下をくぐろうとします。くぐられると魂を抜かれて死んでしまい、かろうじて命が助かったとしても、性器を損傷して一生腑抜けになってしまうといいます。
避ける方法はありますか。
あります。出遭ってしまった場合、咄嗟に両脚を交差させて避けると良いといいます。徳之島阿布木名では、股をくぐられないように両脚を交差しながら歩いたと伝えられます。
ふつうのブタと見分けられますか。
できます。なぜか光を当てても影ができないので、これによりふつうのブタと区別することができます。また、濃いクレゾールのような、雄のヤギの強い匂いのような嫌な匂いがするといいます。
似た妖怪はいますか。
います。両耳のないブタの姿をした耳無豚が奄美大島に、目が一つしかないムィティチゴロが徳之島阿布木名に伝わります。いずれも股をくぐられると死ぬといわれます。
片耳豚と併せて覚えたい言葉・用語
ウワ(うわ)
沖縄や奄美の言葉でブタのこと。ウヮーとも書く。
奄美怪異談抄(あまみかいいだんしょう)
恵原義盛の著。片耳豚の主な記録。
耳無豚(みんきらうわ)
両耳のないブタの姿をした妖怪。同様に股をくぐって魂を抜く。
ムィティチゴロ(むぃてぃちごろ)
徳之島阿布木名に伝わる片目豚。股をくぐられると死ぬとされる。