京都で寺の灯明油を盗んだ僧の顔が炎の中に現れるとされ、鳥山石燕が描いた怪火。

鳥山石燕 「画図百鬼夜行 叢原火」 1776年 / パブリックドメイン 出典
叢原火とはどんな妖怪か
叢原火は、炎の中へ僧の顔が浮かぶ怪火です。石燕『画図百鬼夜行』にあります。詞書は京都の壬生寺にいた宗源という僧が、地蔵堂の灯明油を盗んだ報いで怪火になったという話を添えます。図の題は「叢原火」ですが、宗源という僧の名に結びつくため「宗源火」とも書かれます。
叢原火の漢字表記と読み方
「叢原火」「宗源火」は、いずれも そうげんび と読みます。「宗源火」は僧の名を表し、「叢原火」は鳥山石燕の図に見える題です。
叢原火(そうげんび)
鳥山石燕『画図百鬼夜行』の図に記された表記。
宗源火
灯明油を盗んだ僧・宗源の名に結びつけた表記。
叢原火の姿と特徴
宙へ浮く大きな炎の中から、苦しげな僧の顔がのぞく姿で描かれます。顔だけが残るため、普通の提灯や狐火と区別されます。ただし石燕の一図が実際の目撃姿を写生した証拠ではなく、盗んだ灯明と報いを視覚化した図像です。
叢原火の伝承物語
灯明油を盗んだ僧の報い
詞書によれば、宗源は壬生寺の地蔵堂から灯明油を盗んだ僧です。灯明は仏前へ供える火であり、その油を私物化したことへの罰として、宗源は死後も炎に包まれた姿で現れるようになりました。
盗んだものがそのまま刑罰の形になる因果応報の話です。宗源の顔が炎の中心から消えないため、名と罪が怪火の姿に固定されています。
石燕の絵と京都の伝承
鳥山石燕は、大きく渦巻く炎の中へ、苦しげな僧の顔だけを描きました。足も胴もなく、炎そのものが身体のように見えます。短い詞書は、京都の壬生寺、僧の宗源、地蔵堂の灯明油という三つの手掛かりを添えています。
図と詞書が一体になり、見た目だけでは分からない「なぜ僧の顔が火の中にあるのか」を因果応報の物語で説明しています。
叢原火の伝承地域
鳥山石燕の詞書は、宗源を京都・壬生寺の僧とします。叢原火は壬生の地名だけでなく、地蔵堂の灯明油を盗んだという寺院内の出来事と結びついています。
叢原火の正体と考えられているもの
叢原火は、灯明油の盗みを戒める因果応報の話と、炎の中に僧の顔を置く石燕の造形が結びついた怪火です。正体を自然現象へ結びつける記録はなく、盗んだ灯明の火が死後の姿になるという、罪と罰を一目で伝える妖怪画です。
叢原火をめぐる妖怪のつながり
叢原火が記録された資料
『画図百鬼夜行』は、鳥山石燕が妖怪を図と短い詞書でまとめた江戸時代の画集です。叢原火の図では、顔を持つ炎だけでなく、壬生寺の僧・宗源が灯明油を盗んだという由来まで記されています。
灯明油は仏前の明かりを保つためのものです。それを盗んだ僧が、死後は消えない火に包まれるという反転が物語の中心です。「叢原火」と「宗源火」の二表記も、図の題と僧の名という関係で理解できます。
叢原火が記録された原典・記録
鳥山石燕『画図百鬼夜行』と京都の宗源火伝承
炎の中に僧の顔を描き、壬生寺の宗源と灯明油の盗みを詞書に記した資料。
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叢原火についてよくある質問
叢原火とはどんな妖怪ですか。
京都・壬生寺の灯明油を盗んだ僧・宗源が、死後に怪火となった姿です。鳥山石燕は、大きな炎の中から僧の顔がのぞく姿で描きました。
叢原火は何と読みますか。
「そうげんび」と読みます。石燕の図では「叢原火」、僧・宗源の名に結びつける場合は「宗源火」とも書かれます。
叢原火はどの資料にありますか。
鳥山石燕『画図百鬼夜行』に、炎の中の僧の顔と、壬生寺の宗源にまつわる詞書があります。宗源が灯明油を盗んだことも記されています。
叢原火の正体は分かっていますか。
自然現象としての正体は分かっていません。石燕の図と詞書では、灯明油を盗んだ宗源が、死後も炎に包まれる報いを受けた姿です。
叢原火と併せて覚えたい言葉・用語
叢原火(そうげんび)
京都で寺の灯明油を盗んだ僧の顔が炎の中に現れるとされ、鳥山石燕が描いた怪火。
宗源(そうげん)
壬生寺の地蔵堂から灯明油を盗み、死後に怪火となったと記される僧。
灯明油(とうみょうあぶら)
仏前へ供える明かりに使う油。宗源が盗んだものとして叢原火の由来に登場する。
叢原火の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。