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全国に伝わるもの

縊鬼(いき)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品

縊鬼  / イキ

幽霊と霊憑き物 怪談・百物語

人に取り憑いて首を括らせるという鬼。自分の身代わりを求める死者の霊とされた。

縊鬼の姿を描いた図

作者不明 「夜窓鬼談 縊鬼」 1889年 / パブリックドメイン 出典

縊鬼とはどんな妖怪か

縊鬼はひとことで言えば、自分の代わりを探している死者です。

読みは「いき」「いつき」「くびれおに」と定まりません。「縊」は首を括ることを表す字です。

中国の『太平御覧』『聊斎志異』などに記述があり、日本では幕末の旗本・鈴木桃野の随筆『反古のうらがき』に見えます。

中国の考えでは、冥界の人数は一定に保たれる必要があるため、死者は自分に代わる者が入らないかぎり生まれ変われないとされます。

そこで死者は、生きている者が死ぬのをただ待つのではなく、自ら死を手引きします。これを「鬼求代」といいます。

首を括って死んだ者は、生きている者に同じ死に方をさせようとする。それが縊鬼です。

人を殺めるのではなく、自分と同じ道へ引き入れるところが特徴です。

縊鬼の漢字表記と読み方

読みは一定していません。中国の書物に拠るときは「いき」、日本の随筆に拠るときは「いつき」と読み分けられてきました。

「くびれおに」という訓読みもあります。「くびれる」は首を括ることです。

」の字は、糸で首を絞めることを表します。人が自ら命を絶つ方法のうち、最も古くから記録されてきた形にあたります。

「鬼」は、中国語で死者の霊を指します。中国では死者の霊を指す字です。

つまり縊鬼とは、首を括って死んだ者の霊、という意味の言葉です。

中華民国の時代に入ると「吊殺鬼」「吊死鬼」と呼ばれるようになりました。同じように身代わりを求める霊として語られています。

縊鬼(いき)

中国の書物における読み。

縊鬼(いつき)

日本の随筆における読み。

吊死鬼(ちょうしき)

中華民国の時代に用いられた呼び名。吊殺鬼とも。

縊鬼の姿と特徴

縊鬼には、はっきりした姿の記述がありません。

見えるもの … 紐を手にした何者かの影。
見え方 … 影として現れることが多く、姿かたちは語られません。
振る舞い … 人に取り憑き、首を括るよう仕向けます。
見える人 … 限られた者だけが見ます。

宿に泊まった者が、紐を手にした影を見かける。その後、隣の部屋で女が首を括ろうとしていた。慌てて止めたところ、先の影が縊鬼であったと分かる。

この筋が、中国の民間伝承や昔話にほぼ同じ形で繰り返し現れます。

隣室の女には、死ぬ理由がありませんでした。ただ縊鬼に取り憑かれていただけだったのです。

理由のない死を説明するための存在だと言えます。

日本の記録では、水死者の霊とされ、憑かれた者は川に飛びこみたくなる、と解説される場合もあります。ただしこれは昭和以降の本による解釈です。

縊鬼の伝承物語

  1. 鬼求代という考え方
  2. 同じ死に方を継がせる
  3. 宿で影を見た話
  4. 止めれば助かるという教え
  5. 日本に伝わった縊鬼
  6. 絵本百物語の死神と重なる
  7. 日本には随筆に一例が残るだけ
  8. 借りてきた考え方として残った

鬼求代という考え方

縊鬼を理解する鍵は、「鬼求代」という考え方にあります。

中国の伝承では、冥界には一定の人数が定められているとされます。この人数を常に保つ必要があるため、死者が別の人間として生まれ変わろうとしても、自分に代わる死者が冥界に入らなければ、転生の許可が下りないというのです。

そこで死者は、生きている者の死へ積極的に手を貸します。

自殺や事故死を助け、自分の代わりを送りこむ。これが鬼求代です。

同じ死に方を継がせる

さらに条件があります。亡者が生まれ変わるには、他者に自分と同じ死に方をさせなければならないとされました。

だから、首を括って死んだ者は、生きている者に首を括らせようとします。溺れて死んだ者は、溺れさせようとします。

死に方が受け継がれていくという発想です。

この考えは、日本の七人ミサキの話にも近い形で見られます。取り憑いた者を死なせることで、自分は列を抜けるという形です。

宿で影を見た話

中国の民間伝承や昔話に見られる縊鬼の話は、どれもほぼ同じ形をしています。

宿に泊まった者が、紐を手にした何者かの影を見かけます。

その後、隣の部屋で女が首を括ろうとしているのに気づきます。慌てて止めに入り、事なきを得ます。

そこで初めて、先ほど見た影が縊鬼であったと分かるのです。

女には、死ななければならない理由がありませんでした。ただ、縊鬼によって死へ引き寄せられていただけでした。

止めれば助かるという教え

この筋には、二つの意味が込められています。

一つは、理由のない死の説明です。何も悪いことのない人が突然自ら命を絶とうとする。それを説明するために縊鬼が置かれました。

もう一つは、止めれば助かるという教えです。話のなかで、女はたいてい助かります。気づいて止めに入る者がいれば、縊鬼の企ては失敗するのです。

これは、恐ろしい話であると同時に、救いのある話でもあります。

日本に伝わった縊鬼

日本では「いつき」と読まれ、幕末の旗本文士鈴木桃野の随筆『反古のうらがき』巻一に語られています。

桃野は幕臣の家に生まれ、市井の見聞をこの随筆に書き留めました。縊鬼の話も、その一つとして収められています。

日本において、縊鬼は中国ほど厚い伝承を持ちません。大陸の考え方が書物を通じて伝わり、随筆に一例が記されたという形です。

絵本百物語の死神と重なる

昭和や平成以降の妖怪の本では、この縊鬼を水死者の霊とし、憑かれた者は川に飛びこんで死にたくなる、と解釈するものがあります。

この解釈は、後の書き手による読み替えです。

江戸時代の奇談集『絵本百物語』には「死神」と題した絵があります。悪い念を持ったまま死んだ者の霊が、同じように悪い念を持つ者を首括りなどに遭わせようとしている、とされるものです。

この死神は、近世の宗教でいう死をつかさどるものより、縊鬼に近いと指摘されています。

日本には随筆に一例が残るだけ

縊鬼は、中国では民間伝承や昔話として広く語られました。ところが日本では、記録がごくわずかです。理由はいくつか考えられます。

背景となる考え方が根づかなかった可能性があります。冥界の人数が一定であるという発想は、日本の死後の世界の考え方とはうまく重なりません。

似た役割を果たすものが既にあった可能性もあります。日本には、取り憑いて人を死なせるものが数多く語られてきました。七人ミサキもその一つです。外から入ってきた縊鬼が入る隙間が、あまり残っていなかったとみることもできます。

借りてきた考え方として残った

書物のなかにとどまった可能性もあります。中国の古書を読める人々のあいだで知られ、口で語られるところまでは広がらなかったのかもしれません。

いずれにせよ、日本の縊鬼は借りてきた考え方として記録されました。

そのぶん、記述はすっきりしています。余計な尾ひれが付く前の形が、そのまま残っているとも言えます。

分からないことは、分からないままです。

縊鬼の伝承地域

縊鬼は、特定の土地に結び付いていません。

中国の書物に記された考え方が日本に伝わったもので、日本での記録は幕末の随筆『反古のうらがき』にほぼ限られます。

その随筆にも、どこの土地の話であるかを特定できる記述は確かめられませんでした。

中国の伝承に見られる「宿に泊まった者が影を見る」という話も、宿の場所は語られません。

そのため、この妖怪をたずねて行ける場所はありません。

縊鬼の正体と考えられているもの

縊鬼の正体については、次のような見方があります。

冥界の人数をめぐる考え方から生まれたとする見方が基本です。死者は自分の代わりを立てなければ生まれ変われないという発想が先にあり、そこから縊鬼が導かれました。

理由のない死を説明するものとする見方もあります。何の不足もない人が突然自ら命を絶とうとする。その不可解さに名を与えたのが縊鬼だという読み方です。

残された人の心を救うものとする見方もできます。身近な人を失った者にとって、外から来たものの仕業とすることは、耐えるための一つの形でした。

日本では読み替えられたとする見方もあります。昭和以降の本では水死者の霊とされ、川に飛びこみたくなると解説されました。これは後の書き手による読み替えです。

どれか一つに決めることはできません。 ただ、縊鬼が「人を襲うもの」ではなく「同じ道へ引き入れるもの」として語られてきたことは一貫しています。

縊鬼をめぐる妖怪のつながり

縊鬼が登場する作品

縊鬼は、日本より中国で厚く語られてきた存在です。

中華民国の時代に入ると「吊殺鬼」「吊死鬼」と呼ばれ、同じように身代わりを求める霊として民間伝承や昔話のなかで語られました。

日本の記録は限られていますが、そのぶん、外から入ってきた考え方の形をよく留めています。

『絵本百物語』の「死神」は、名こそ違うものの、同じ発想を持つ絵として並べられます。

身代わりを立てなければ先へ進めないという考えは、いまも物語の題材として使われ続けています。

縊鬼が登場する書物

太平御覧

中国の類書。縊鬼についての記述を含みます。

聊斎志異

清の蒲松齢による怪異譚集。縊鬼の話を収めます。

反古のうらがき

鈴木桃野の随筆。日本における縊鬼の記録として知られます。

小豆棚

縊鬼について記述のある書物として挙げられます。

縊鬼が登場する絵

絵本百物語

「死神」と題した絵があり、縊鬼に近いものと指摘されています。

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縊鬼が登場するそのほか

怪異を扱う各種の作品

身代わりを求める霊という着想が、繰り返し使われています。

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縊鬼についてよくある質問

縊鬼とは何ですか。

人に取り憑いて首を括らせるとされるものです。中国の『太平御覧』『聊斎志異』などに記述があり、日本では幕末の随筆『反古のうらがき』に見えます。首を括って死んだ者が、自分の身代わりを求めて生者に同じ死に方をさせようとするとされます。

鬼求代とは何ですか。

死者が自分の代わりとなる死者を積極的に求めることをいいます。冥界の人数は一定に保たれる必要があるため、代わりが入らないかぎり生まれ変われない、という考えに基づきます。

なぜ同じ死に方をさせるのですか。

亡者が生まれ変わるには、他者に自分と同じ死に方をさせることが条件とされたためです。そのため首を括って死んだ者は縊鬼となり、生者に首を括らせようとします。

水死者の霊というのは本当ですか。

昭和以降の妖怪の本による解釈です。憑かれた者は川に飛びこみたくなる、と説明されます。後の書き手による読み替えです。

日本ではどのくらい語られましたか。

記録はごくわずかです。幕末の随筆『反古のうらがき』にほぼ限られます。中国の考え方が書物を通じて伝わったもので、口で語られるところまでは広がらなかったとみられます。

縊鬼と併せて覚えたい言葉・用語

鬼求代(きぐうだい)

死者が自分の身代わりとなる死者を積極的に求めること。

反古のうらがき(ほごのうらがき)

幕末の旗本文士・鈴木桃野の随筆。日本の縊鬼の記録が見える。

聊斎志異(りょうさいしい)

清の蒲松齢による怪異譚集。縊鬼の話を収める。

吊死鬼(ちょうしき)

中華民国の時代の呼び名。同じく身代わりを求める霊とされる。