妖怪に出会うとされる夕暮れどき。石燕は町の空を見開きで描いた。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 逢魔時」 1779年 / パブリックドメイン 出典
逢魔時とはどんな妖怪か
逢魔時はひとことで言えば、妖怪が出はじめる時刻です。
逢う魔が時(おうまがとき)や逢う魔時(おうまどき)とも表記されます。
黄昏時(たそがれどき)のことであり、古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」とも称され、現在の18時頃を指します。
「黄昏」の黄が太陽を表し、昏が暗いを意味します。
「誰そ、彼」——そこにいる彼は誰だろう、よく分からない——という薄暗い夕暮れの様子を、そのまま言葉にしたものです。
石燕の絵は、実体化しようとしている魑魅魍魎を表しています。
逢魔時の漢字表記と読み方
読みは「おうまがとき」です。「おうまどき」とも読みます。
「たそがれ」は「誰そ、彼」から来ています。人の顔がはっきり見えない時分を指す言葉です。
柳田國男は、タソガレドキもまた「誰ぞ彼」の意味だが、単に言葉の戯れではなく「元は化け物に対する警戒の意を含んでいたように思う」としています。
岐阜県飛騨地方にはガマガドキという同義語があります。
逢魔時(おうまがとき)
石燕の絵に添えられた表記。
大禍時(おおまがとき)
「大きな災禍」の意で書く表記。
黄昏時(たそがれどき)
同じ時刻を指す言い方。
逢魔時の姿と特徴
石燕の絵の逢魔時は、見開きの空です。
左 … 沈みかけた日輪。雲がたなびく。
右 … 塔の上を飛ぶ鳥の群れ。
下 … 町の屋根が重なる。
空 … 横に引かれた線で、暮れゆく光を表す。
人 … 描かれていない。
妖怪の姿は、はっきりした形をとっていません。 雲のかたちが、それらしく見えるだけです。
逢魔時が登場する古典の物語
本領を発揮する時刻
逢魔時は、何やら妖怪、幽霊など怪しいものに出会いそうな時間を表します。
大禍時は、著しく不吉な時間を表します。
昼間の妖怪が出難い時間から、いよいよ彼らの本領発揮といった時間となることを示すとされます。
昔から他界と現実を繋ぐ時間の境目と伝えられてきました。
この時刻に魔物や妖怪がうごめき始めて災いが起きるとされます。
町の空を見開きで描く
石燕の一枚は、妖怪が一体も描かれていない点でめずらしいものです。
沈みかけた日、たなびく雲、塔の上を飛ぶ鳥、重なる町の屋根——それだけです。
それでも、雲のかたちが何かの姿に見えてきます。
実体化しようとしている魑魅魍魎を表したものと解されます。
この図鑑には、同じく風景を主題にした一枚として骸骨も収めています。
逢魔時の伝承地域
逢魔時をまつる社は見当たりません。指しているのは場所ではなく時刻です。
現在の18時頃、暮れ六つ、酉の刻にあたります。
逢魔時の正体と考えられているもの
逢魔時は、妖怪そのものではなく、妖怪が出る条件です。
石燕がこれを一枚に立てたことで、時刻もまた図鑑の項目になりました。
柳田國男は「オオマガドキ」に触れ、地方語をいくつか挙げています。
ただし、それらは人の顔がはっきり見えない時分に由来する語と説明があるだけで、魔に逢うことには触れていません。
柳田は、「東北地方で黄昏をオモアンドキというのも、やはりアマノジャクが出てあるく時刻だというから〈思わぬ時〉の義であったらしく考えられる」と付け加えました。
逢魔時が登場する作品
逢魔時は、石燕の絵と柳田國男の記述で読めます。
この図鑑には百鬼夜行も収めています。逢魔時に始まり、夜が更けると行列になる——そう並べて読むこともできます。
逢魔時が登場する古典
逢魔時が登場する絵巻
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逢魔時についてよくある質問
逢魔時とは何ですか。
夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻です。魔物に遭遇するとされました。
何時ごろですか。
現在の18時頃です。古くは「暮れ六つ」「酉の刻」とも称されました。
石燕の絵には妖怪がいますか。
はっきりした姿はありません。実体化しようとしている魑魅魍魎を表したものと解されます。
黄昏時と同じですか。
同じ時刻です。「誰そ、彼」から来た語で、人の顔が見分けにくい時分を指します。
逢魔時と併せて覚えたい言葉・用語
大禍時(おおまがとき)
同じ時刻の別表記。著しく不吉な時間を意味します。
暮れ六つ(くれむつ)
江戸期の時刻の呼び名。現在の18時頃にあたります。
ガマガドキ(がまがどき)
岐阜県飛騨地方の方言。オオマガドキと同義です。