兵庫県加東市で、平資盛が埋めた黄金の鶏形香炉。世に出たいと訴え続けた。

黄金塚の香炉とはどんな妖怪か
黄金塚の香炉はひとことで言えば、掘り出してほしいと訴えた宝です。兵庫県加東市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、淺田芳郎「播磨の金鶏埋宝伝説―古墳関係資料の整理―」(『旅と伝説』7巻6号・通巻78号、1934年、85頁)を典拠に、平資盛が敗走するとき、愛する香器(黄金製鶏形香爐)を捨てる事ができず埋めた。以来七百余年の間、香爐の霊が附近の深山に現れ、哀れな声をもらして、世に出たいと訴えることが度々あったと記します。
「平資盛」は平重盛の子で、壇ノ浦で亡くなったとされます。
報告の題にある「金鶏埋宝伝説」は、黄金の鶏を埋めたという話を指します。
古墳と結び付けて語られることが多いものです。
黄金塚の香炉の漢字表記と読み方
見出しの読みは「こがねづかのこうろ」です。
日文研データベースの呼称は「黄金塚,鶏,香炉」ですが、そのままでは塚の名としか読めません。この図鑑では、話の中身が分かる見出しにしています。
「金鶏埋宝伝説」は黄金の鶏を埋めたという話で、古墳と結び付けて語られます。
この図鑑には薬師の面(島根)も収めています。
黄金塚(こがねづか)
日文研データベースが示す呼称。塚の名です。
黄金塚の香炉(こがねづかのこうろ)
この図鑑での見出し。話の中身が分かる形にしています。
金鶏(きんけい)
黄金の鶏。埋宝伝説の代表的な形です。
黄金塚の香炉の姿と特徴
この記録に妖怪の姿はありません。あるのは、声です。
埋めた人 … 平資盛。
埋めたもの … 黄金製の鶏形香炉。
理由 … 敗走するとき、愛する香器を捨てる事ができなかった。
その後 … 七百余年の間、香炉の霊が附近の深山に現れた。
声 … 哀れな声をもらし、世に出たいと訴えた。
姿がどう見えたかは書かれていません。
黄金塚の香炉の伝承記録
敗走のとき埋める
平資盛が敗走するときのことです。
愛する香器(黄金製鶏形香炉)を捨てる事ができず、埋めました。==
逃げる身で、持って行けず、捨てられなかったわけです。
「平資盛」は平重盛の子です。 壇ノ浦で亡くなったとされます。
この図鑑には隠里も収めています。 平家の落人の話が背景にあります。
七百年、声をもらす
以来七百余年の間、香炉の霊が附近の深山に現れました。
哀れな声をもらして、世に出たいと訴えることが度々あったといいます。
祟ったとは書かれていません。 掘り出してほしいと訴えています。
埋められたものの側から見た話になっています。
報告は、古墳関係資料の整理として書かれました。
黄金塚の香炉の伝承地域
公的データベースの地域欄は兵庫県加東市を示します。報告は播磨の金鶏埋宝伝説を集めたものです。
塚の位置は書かれていないため、地図で指せるのは市の範囲までです。
黄金塚の香炉の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、埋められた宝の訴えです。
金鶏埋宝伝説は各地にあり、古墳や塚と結び付けて語られます。
報告の副題が「古墳関係資料の整理」であることが、それを示しています。
塚を掘ってはならないという戒めと、宝が眠っているという期待は、しばしば同じ場所に重なります。
この図鑑には薬師の面(島根)、薬師の祟り(岐阜)も収めています。
黄金塚の香炉が記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『旅と伝説』の記事です。
金鶏埋宝伝説は各地にあり、古墳の由来として語られる例が数多くあります。併せて読むと、この話の型が見えてきます。
黄金塚の香炉が記録された民俗資料
播磨の金鶏埋宝伝説―古墳関係資料の整理―
淺田芳郎が『旅と伝説』通巻78号(1934年)に載せた中心資料です。
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黄金塚の香炉についてよくある質問
黄金塚の香炉とは何ですか。
兵庫県加東市で、平資盛が埋めたとされる黄金製の鶏形香炉です。
なぜ埋めたのですか。
敗走するとき、愛する香器を捨てる事ができなかったためと記録されています。
どんな声ですか。
哀れな声をもらし、世に出たいと訴えたと記録されています。
金鶏埋宝伝説とは何ですか。
黄金の鶏を埋めたという話です。古墳や塚と結び付けて語られます。
黄金塚の香炉と併せて覚えたい言葉・用語
平資盛(たいらのすけもり)
平重盛の子。壇ノ浦で亡くなったとされます。
金鶏(きんけい)
黄金の鶏。埋宝伝説の代表的な形です。
香炉(こうろ)
香を焚く器。この話では鶏の形をしています。
黄金塚の香炉の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。