島根県で、すり替えられて怒り、海に投げられて浜へたどり着いた面。

contri 「温泉津の町並み(島根県大田市)」 2007年 / CC BY-SA 2.0 出典
薬師の面とはどんな妖怪か
薬師の面はひとことで言えば、海を渡って帰ってきた面です。島根県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、牛尾三千夫「狒の舞」(『民間伝承』4巻8号、民間伝承の会、1939年、6頁)を典拠に、次のように記します。
山田寺の薬師の面の漆を塗り替えるために、京都の漆屋へ送ったが、その木が大金になるというので他の木で面を作り送り返した。すると面が怒ったので、八代の山田寺へ帰れと言って面を海へ投げたところ、同郡の温泉津の濱へたどり着いた。子供が面を拾って舞を舞っているのを八代の庄屋が見た。その夜、面が庄屋の枕神に立ったので、庄屋は面を山田寺へ持ち帰ったという。
すり替えたのは、京都の漆屋です。
そして、にせの面のほうが怒りました。
薬師の面の漢字表記と読み方
読みは「やくしのめん」です。
報告の題は「狒の舞」です。 狒(ヒヒ)の面を用いる舞を扱った記事の中に、この話が置かれています。
面は神楽や祭りの舞で使われます。石見の神楽は今も盛んです。
薬師の面(やくしのめん)
日文研データベースが示す表記。
狒の舞(ひひのまい)
記録が載る報告の題。
薬師の面の姿と特徴
この記録にあるのは、面です。
もとの面 … 山田寺の薬師の面。
送った先 … 京都の漆屋。
送り返されたもの … 他の木で作った面。
したこと1 … 怒った。
したこと2 … 海に投げられ、温泉津の浜へたどり着いた。
したこと3 … 庄屋の枕神に立った。
面が顔つきを変えた、声を出したという記述はありません。
薬師の面の伝承記録
すり替えられる
山田寺の薬師の面は、漆を塗り替えるために京都の漆屋へ送られました。
ところが、その木が大金になるというので、他の木で面を作り送り返しました。
中身がすり替えられたことになります。
そして、面が怒りました。
怒ったのは、送り返された面のほうです。
海に投げると浜に着く
寺の側は、「八代の山田寺へ帰れ」と言って面を海へ投げました。
同郡の温泉津の濱へたどり着きました。
温泉津は、石見の港町です。
海に投げたものが、自分で行き先を選んだ形になります。
この図鑑の弥勒菩薩の漂着(愛媛)も、磯に流れ着いた仏の話です。
枕神に立つ
子供が面を拾って舞を舞っているのを、八代の庄屋が見ました。
面は、子供の手に渡っていました。
その夜、面が庄屋の枕神に立ちます。
枕神に立つは、夢枕に現れて告げることです。
庄屋は、面を山田寺へ持ち帰りました。
薬師の面の伝承地域
公的データベースの地域欄は島根県大田市の一部、江津市の一部、邑智郡川本町の一部を示します。
記録が名を挙げるのは温泉津と八代の山田寺です。温泉津は大田市の港町で、石見銀山の積み出し港として知られます。
薬師の面の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、もとの場所へ帰ろうとする面です。
すり替えという人の不正が、話の始まりにあります。
面は、海を渡り、子供の手を経て、夢枕へとたどり着きました。
三つの段をふんで帰っています。
この図鑑には、器物のものとして面霊気、生面も収めています。
薬師の面が記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『民間伝承』の記事です。
題の「狒の舞」は、狒(ヒヒ)の面を用いる舞を指します。石見の神楽を扱った本と併せて読むと、面の重みが見えてきます。
薬師の面が記録された民俗資料
狒の舞
牛尾三千夫が『民間伝承』4巻8号(1939年)に載せた中心資料です。
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薬師の面についてよくある質問
薬師の面とは何ですか。
島根県の山田寺に伝わる面です。京都の漆屋にすり替えられて怒ったと伝わります。
なぜ海に投げたのですか。
面が怒ったので「八代の山田寺へ帰れ」と言って投げたと記録されています。
どこにたどり着きましたか。
同郡の温泉津の浜です。子供が拾って舞を舞っていたとされます。
どうやって寺へ戻ったのですか。
その夜、面が庄屋の枕神に立ち、庄屋が山田寺へ持ち帰ったと記録されています。
薬師の面と併せて覚えたい言葉・用語
枕神に立つ(まくらがみにたつ)
夢枕に現れて告げることです。
温泉津(ゆのつ)
島根県大田市の港町。面がたどり着いた浜です。
狒(ひひ)
神楽などで用いる面の一種。報告の題になっています。
薬師の面の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。