和歌山県紀の川市の面。旱魃で洞窟の岩を取ると、あふれた水とともに浮かんできたという。

生面とはどんな妖怪か
生面はひとことで言えば、水とともに現れた面です。和歌山県紀の川市貴志川町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、『近畿民俗』通巻82号(1980年、14頁)の「口頭伝承」を典拠に、次のように記します。
生面と呼ばれている面がある。昔、旱魃で干あがった時、洞窟の岩を取ったところ、あふれ出てきた水と同時に面が浮かんで来たという。また、竜宮に通じる穴から湧き出てきて、その水面に浮かんできたともいう。
由来が二通り記録されています。 どちらも水とともに現れたという点は同じです。
竜宮は、海の底にあるとされる宮です。内陸の洞窟が、そこに通じているという語りになります。
面の形や大きさは記録されていません。
生面の漢字表記と読み方
読みは「いきめん」です。
「生」の字が入る理由は記録されていません。生きているように見えたのか、現れ方が特別だったのかも書かれていません。
岩手の生石も「生」の字を持ちます。動く石と現れた面。どちらも、ものが生きているように扱われています。
生面(いきめん)
日文研データベースが示す漢字表記。
イキメン(いきめん)
同データベースの呼称読み。
生面の姿と特徴
生面は、面です。
現れた場面1 … 旱魃で干あがったとき、洞窟の岩を取ると水があふれ、同時に浮かんできた。
現れた場面2 … 竜宮に通じる穴から湧き出て、水面に浮かんできた。
面の顔つき、材質、大きさは記録されていません。
現れたあと、どこに納められたかも書かれていません。
生面の伝承記録
旱魃の洞窟から水と一緒に
一つめの由来は、旱魃から始まります。
水が干あがり、村は困りました。 洞窟の岩を取ったのは、水を得るためだったとみられます。
すると、あふれ出てきた水と同時に、面が浮かんで来ました。
水と面が、同時に出ています。 面が水を連れてきたとも読める形です。
竜宮に通じる穴
二つめの由来は、竜宮に通じる穴です。
竜宮は、海の底にあるとされる宮です。内陸の紀の川筋から、海の底へ通じているという語りになります。
長崎の池の神様も、池の底の穴が竜宮に通じていると語られました。離れた土地に、同じ形の話があります。
面は、その穴から湧き出た水に浮かんできました。
どちらの由来でも、面は水の側から来ています。
生面の伝承地域
公的データベースの地域欄は和歌山県紀の川市貴志川町を示します。
洞窟や面の所在は書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
貴志川町周辺(きしがわちょうしゅうへん)
日文研データベースが示す伝承地域
貴志川町周辺の所在地:和歌山県紀の川市貴志川町
『近畿民俗』の報告地域に対応します。
洞窟や面の所在は資料に書かれていません。
生面の正体と考えられているもの
生面の正体は分かっていません。
記録が伝えるのは、二通りの由来だけです。 旱魃の洞窟から水とともに、あるいは竜宮に通じる穴から。
誰が作った面か、いつのものかは書かれていません。
水の底から面や仏が現れる話は各地にあります。京都の阿弥陀ヶ淵では黄金の阿弥陀仏が出ました。
生面も、その仲間として土地に残りました。
生面が記録された資料
生面を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『近畿民俗』の記事です。
近畿民俗学会が出す雑誌で、聞き書きをそのまま収めた報告が並びます。県内の図書館の郷土資料が探し先です。
生面が記録された民俗資料
口頭伝承
『近畿民俗』通巻82号(1980年)に載った中心資料です。
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生面についてよくある質問
生面とは何ですか。
和歌山県紀の川市に伝わる面です。旱魃のとき洞窟の岩を取ると、あふれた水とともに浮かんできたと伝わります。
竜宮との関係は何ですか。
竜宮に通じる穴から湧き出た水に浮かんできたという、もう一つの由来が記録されています。
どんな顔の面ですか。
記録されていません。形も材質も書かれていません。
今も見られますか。
資料に所在の記載はありません。日文研データベースの地域欄は紀の川市貴志川町を示します。
生面と併せて覚えたい言葉・用語
竜宮(りゅうぐう)
海の底にあるとされる宮。洞窟の穴が通じているとされました。
旱魃(かんばつ)
雨が降らず水が干あがること。面が現れた場面です。
近畿民俗(きんきみんぞく)
近畿民俗学会の雑誌。この話の記録が載りました。
生面の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。