京都府南丹市の淵。黄金の阿弥陀仏を別の場所に祀ると洪水で御堂が流れ、戻すと収まった。

阿弥陀ヶ淵とはどんな妖怪か
阿弥陀ヶ淵はひとことで言えば、仏が動くのを拒んだ淵です。京都府南丹市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、田中勝雄「水に関する伝説―京都府船井郡に於ける―」(『旅と伝説』11巻12号・通巻132号、1938年、31頁)を典拠に、淵の中に黄金の阿弥陀仏を見つけ、別の場所に祀ったが、洪水のたびに御堂が流失するので以前の場所に戻したところ、悪事災難に見舞われることが無くなったと記します。
筋は単純です。 動かす→災いが続く→戻す→収まる。
淵から仏が見つかる話は各地にあります。兵庫のショージワンの池のように、水の底には何かがあると考えられてきました。
仏の大きさや、見つけた人の名は記録されていません。
阿弥陀ヶ淵の漢字表記と読み方
阿弥陀ヶ淵(あみだがふち)
日文研データベースが示す漢字表記。
アミダガフチ(あみだがふち)
同データベースの呼称読み。
阿弥陀ヶ淵の姿と特徴
この淵に妖怪の姿はありません。記録にあるのは、仏と水の動きです。
見つかったもの … 淵の中の黄金の阿弥陀仏。
動かした結果 … 洪水のたびに御堂が流失する。
戻した結果 … 悪事災難に見舞われることが無くなった。
仏が語った、姿を見せたという記述は残っていません。
起きたのは、洪水と流失です。
阿弥陀ヶ淵の伝承記録
淵から出た黄金の阿弥陀仏
話は、淵の中に黄金の阿弥陀仏を見つけたところから始まります。
水の底から仏が出る——各地に伝わる形です。引き上げて祀るのが、ふつうの流れになります。
この話でも、別の場所に祀りました。御堂を建てたことが、後の文から分かります。
誰が見つけ、どこへ祀ったかは記録されていません。
洪水のたびに御堂が流れる
ところが、洪水のたびに御堂が流失しました。
記録はたびにと書いており、繰り返し流されたことが分かります。
そこで、以前の場所に戻しました。淵のもとの場所に、ということになります。
すると、悪事災難に見舞われることが無くなりました。
仏が元の場所を選んだ、と読める形です。動かしてはならないものがあるという言い伝えの一つです。
阿弥陀ヶ淵の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府南丹市を示します。報告は船井郡の水の伝説を集めたものです。
淵や御堂の位置は書かれていないため、地図で指せるのは市の範囲までです。
南丹市周辺(なんたんししゅうへん)
日文研データベースが示す伝承地域
南丹市周辺の所在地:京都府南丹市
報告は京都府船井郡の水に関する伝説を集めたものです。
淵や御堂の位置は資料に書かれていません。
阿弥陀ヶ淵の正体と考えられているもの
この話に妖怪は出てきません。語られているのは、場所を動かしてはならない仏です。
淵から出た仏を別の場所に祀ると、洪水が続きました。
災いは仏の意思として受け取られ、戻すことで収まりました。
川の近くに御堂を建てれば、洪水で流されることはあります。 その繰り返しが、仏の意思として語られたとも読めます。
残ったのは、淵の名です。
阿弥陀ヶ淵が記録された資料
阿弥陀ヶ淵を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『旅と伝説』の記事です。
題のとおり、一つの郡の水の伝説をまとめた報告です。淵・池・井戸の話が並び、土地の水との付き合い方が見えてきます。
阿弥陀ヶ淵が記録された民俗資料
水に関する伝説―京都府船井郡に於ける―
田中勝雄が『旅と伝説』11巻12号(1938年)に載せた中心資料です。
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阿弥陀ヶ淵についてよくある質問
阿弥陀ヶ淵とは何ですか。
京都府南丹市の淵です。中から黄金の阿弥陀仏が見つかったという由来を持ちます。
別の場所に祀るとどうなったのですか。
洪水のたびに御堂が流失したと記録されています。
戻したらどうなりましたか。
悪事災難に見舞われることが無くなったと記録されています。
淵は今もありますか。
資料に位置の記載はありません。日文研データベースの地域欄は南丹市を示します。
阿弥陀ヶ淵と併せて覚えたい言葉・用語
阿弥陀如来(あみだにょらい)
仏の一つ。淵から黄金の像が出たとされます。
淵(ふち)
川の深くよどんだところ。仏が見つかった場所です。
船井郡(ふないぐん)
京都府の旧郡名。報告が扱った地域です。
阿弥陀ヶ淵の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。