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岐阜県

幽霊街道(ゆうれいかいどう)とはどんな妖怪か|姿と伝承

幽霊街道  / ユウレイカイドウ

幽霊と霊 各地の伝説

岐阜県高山市で、夜中に数十人の群れが枕元を通り、御仏米は食べられないと言って過ぎた尾根。

幽霊街道の姿を描いた図

Alpsdake 「安望山から見た飛騨山脈(岐阜県高山市国府町)」 2025年 / CC0 出典

幽霊街道とはどんな妖怪か

幽霊街道は、夜中に群れが通る尾根です。岐阜県高山市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、代情山彦山小屋のむかし話」(『ひだびと』飛騨考古土俗学会、1935年)を典拠に、平湯峠から広瀬に至る尾根に何時の頃からか夜中に得体の知れぬものが通ると言われるようになった。ある時百姓が正体を確かめようと仲間とそこに向かい、夜尾根で野宿した。すると枕元を数十人の群れが「御仏米を食べているのでとれない」と言いながら通過したと記します。

声だけが残っています。

通り過ぎながら「御仏米を食べているのでとれない」と言ったのです。

この図鑑には幽霊(各地)も収めています。

幽霊街道の漢字表記と読み方

読みは「ゆうれいかいどう」です。

「御仏米」は仏に供える米のことです。

「平湯峠」は高山市の東にある峠です。

「野宿」は屋根のない所で夜を明かすことです。

この図鑑には幽霊(各地)も収めています。

幽霊街道(ゆうれいかいどう)

日文研データベースが示す呼称。

御仏米(おぶくまい)

記録が示す、群れが口にした語です。

幽霊街道の姿と特徴

幽霊街道の話は、記録に順を追って書かれています。

その道 … 平湯峠から広瀬に至る尾根。
言われていたこと … 何時の頃からか夜中に得体の知れぬものが通る。
確かめに行った人 … 百姓と仲間。
したこと … 夜尾根で野宿した。
通ったもの … 数十人の群れ。
通ったところ … 枕元。
言ったこと … 御仏米を食べているのでとれない。

群れの姿は書かれていません。

幽霊街道の伝承記録

  1. 峠から広瀬への尾根
  2. 尾根で野宿する
  3. 枕元を通る群れ
  4. 御仏米はとれない

峠から広瀬への尾根

平湯峠から広瀬に至る尾根に何時の頃からか夜中に得体の知れぬものが通ると言われるようになりました。

通り道は尾根です。

尾根で野宿する

ある時百姓が正体を確かめようと仲間とそこに向かい、夜尾根で野宿しました。

待ったのはその場でです。

枕元を通る群れ

すると枕元を数十人の群れが通過しました。

数は数十人でした。

御仏米はとれない

「御仏米を食べているのでとれない」と言いながら通過しました。

守ったのは供えた米です。

幽霊街道の伝承地域

公的データベースの地域欄は岐阜県高山市、区町村名の欄は国府町を示します。

記録は道すじを平湯峠から広瀬と書いています。

国府町(こくふちょう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

国府町の所在地:岐阜県高山市国府町

報告は飛騨考古土俗学会のひだびとによります。

記録は平湯峠から広瀬に至る尾根と書いています。

幽霊街道の正体と考えられているもの

幽霊街道は、夜中に群れが通る尾根です

害をなしてはいません。 語られているのは、通ったことと、何と言って通ったかです。

確かめに行った者が無事だったところが、害のない通り道として語られる形です。

この図鑑には幽霊(各地)も収めています。

幽霊街道が登場する作品

幽霊街道を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは飛騨の考古土俗学会の雑誌です。

夜に列をなして通る霊の話は各地にあり、百鬼夜行や無縁仏の行列として語られます。

幽霊街道が登場する学会誌

ひだびと

飛騨考古土俗学会が出した雑誌です。1935年の号に山小屋のむかし話が載ります。

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幽霊街道についてよくある質問

幽霊街道とは何ですか。

岐阜県高山市で、夜中に得体の知れぬものが通るとされた尾根です。

確かめた人はいますか。

百姓が仲間と尾根で野宿したと記録されています。

何が通ったのですか。

数十人の群れが枕元を通過したといいます。

何と言っていましたか。

御仏米を食べているのでとれない、と言っていたといいます。

幽霊街道と併せて覚えたい言葉・用語

御仏米(おぶくまい)

仏に供える米のことです。

平湯峠(ひらゆとうげ)

岐阜県高山市の東にある峠です。

尾根(おね)

山の高い所が続く筋のことです。

幽霊街道の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「幽霊街道」