静岡県掛川市で、寄進した田を質に入れられ、青い火となって田をさまよう怨霊。

大鐘婆サの火とはどんな妖怪か
大鐘婆サの火はひとことで言えば、約束を破られて火になった人です。静岡県掛川市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、渡邊三平「郷土研究」(『郷土研究』3巻7号、1915年、57頁)を典拠に、大鐘という素封家のお婆さんが供養のために寺に田地を喜捨した。その後、何代目かの住職が田地を質に入れた。そのためお婆さんの怨霊が青い火となって、その田地の上を雨が降る晩にさまよい歩くのだというと記します。
火が出る場所は、寄進したその田です。
出る晩も決まっています。 雨が降る晩です。
大鐘婆サの火の漢字表記と読み方
大鐘婆サの火(おおがねばあさのひ)
日文研データベースが示す表記。
青い火(あおいひ)
記録が併記する呼び名です。
大鐘婆サの火の姿と特徴
大鐘婆サの火の姿は、記録に短く書かれています。
もとの人 … 大鐘という素封家のお婆さん。
したこと … 供養のために寺に田地を喜捨した。
その後 … 何代目かの住職が田地を質に入れた。
現れるもの … お婆さんの怨霊が青い火となる。
出る場所 … その田地の上。
出る時 … 雨が降る晩。
姿を見たという記述はありません。 見えるのは火です。
大鐘婆サの火の伝承記録
田を寄進する
大鐘という素封家のお婆さんが、供養のために寺に田地を喜捨しました。
弔いのための寄進です。
質に入れられる
その後、何代目かの住職が田地を質に入れました。
寄進の目的が、果たされなくなりました。
青い火になる
そのためお婆さんの怨霊が青い火となりました。
その田地の上を、雨が降る晩にさまよい歩くといいます。
火が出る場所が、寄進した田そのものである点が要です。
大鐘婆サの火の伝承地域
公的データベースの地域欄は静岡県掛川市を示します。
寺や田の名は書かれていないため、地図で指せるのは市の範囲までです。
大鐘婆サの火の正体と考えられているもの
大鐘婆サの火は、寄進を裏切られた人の火です。
怒りの向く先は田でした。 自分が寄進した土地の上を歩いています。
この図鑑には戦死塚の怪(愛知)と風玉(岐阜)も収めています。
青い火は各地で語られ、人の恨みや死と結び付けられます。
大鐘婆サの火が登場する作品
大鐘婆サの火を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の民俗雑誌です。
寄進した物を粗末にされて祟る話は各地にあり、仙元様のたたりもその形です。この図鑑には仙元様のたたり(埼玉)も収めています。
大鐘婆サの火が登場する民俗雑誌
郷土研究
郷土研究社の雑誌です。3巻7号に渡邊三平の報告が載ります。
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大鐘婆サの火についてよくある質問
大鐘婆サの火とは何ですか。
静岡県掛川市で、寺に寄進した田を質に入れられた婆さんの怨霊が青い火になったという話です。
いつ出ますか。
雨が降る晩に、その田地の上をさまよい歩くといいます。
なぜ怨霊になったのですか。
供養のために喜捨した田地を、何代目かの住職が質に入れたためです。
素封家とは何ですか。
財産のある家を指す言い方です。
大鐘婆サの火と併せて覚えたい言葉・用語
喜捨(きしゃ)
寺社に財を寄進することです。
素封家(そほうか)
財産のある家のことです。
質に入れる(しちにいれる)
物を預けて金を借りることです。
大鐘婆サの火の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。