埼玉県川口市で、富士塚の石を粗末に扱った石屋の一家が絶えたという祟り。

あばさー 「川口神社(埼玉県川口市)」 2013年 / パブリックドメイン 出典
仙元様のたたりとはどんな妖怪か
仙元様のたたりはひとことで言えば、石の扱いで家が分かれた話です。埼玉県川口市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、岡田博「仙元様のお怒り」(『あしなか』通巻190号、1985年、17頁)を典拠に、石屋が塚越の仙元様の石と横曽根の仙元様の石を買い取ったが粗末に扱い、仙元様に祟られて一家は絶えてしまったという。祠と碑を買い取って屋敷に祀った旦那の家はとても栄えたというと記します。
同じ石を、粗末に扱った家は絶え、祀った家は栄えています。
仙元様は富士山を祀る塚の神です。 関東には富士塚が数多く築かれました。
仙元様のたたりの漢字表記と読み方
読みは「せんげんさまのたたり」です。
「仙元」は浅間にあたる字で、富士を祀る信仰を指します。
関東の村には富士塚が築かれ、登れば富士に参ったことになるとされました。
この図鑑にはセキモリさん(山梨)も収めています。そちらは骨を祀った屋敷神です。
仙元様(せんげんさま)
富士を祀る塚の神を指す言い方です。
富士塚(ふじづか)
日文研データベースが併記する呼称です。
仙元様のたたりの姿と特徴
仙元様のたたりに姿はありません。記録にあるのは、二つの家の行方です。
扱われたもの … 塚越の仙元様の石と横曽根の仙元様の石。
買い取った人 … 石屋。
したこと … 粗末に扱った。
起きたこと … 仙元様に祟られて一家は絶えた。
もう一方 … 祠と碑を買い取って屋敷に祀った旦那。
その家 … とても栄えた。
祟りの現れ方は書かれていません。
仙元様のたたりの伝承記録
石を買い取る
石屋が、塚越の仙元様の石と横曽根の仙元様の石を買い取りました。
富士塚の石です。 祀られていたものが、商いの品になりました。
粗末に扱う
石屋は、それを粗末に扱いました。
そして、仙元様に祟られて一家は絶えてしまいました。
何が起きたかは書かれていません。 残っているのは、家が絶えたという結果だけです。
祀った家は栄える
祠と碑を買い取って屋敷に祀った旦那の家は、とても栄えました。
同じ石が、扱い方で逆の結果を生んでいます。
この土地の教えは、はっきりしています。 祀るなら祀る、ということです。
仙元様のたたりの伝承地域
公的データベースの地域欄は埼玉県川口市を示します。記録には塚越と横曽根の名が出ます。
どちらも川口市内の地名です。 富士塚があったとされます。
仙元様のたたりの正体と考えられているもの
仙元様のたたりは、石の扱いが家の行方を分けた話です。
祟りの姿は書かれていません。 語られるのは、絶えた家と栄えた家の対です。
富士塚は村の信仰の中心でした。 その石を商いに回したところに、事の起こりがあります。
この図鑑には千人塚(山形)も収めています。そちらは掘って祟られた話です。
仙元様のたたりが登場する作品
仙元様のたたりを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは民俗の会の雑誌です。
富士塚は関東各地に残り、今も登れるものがあります。この図鑑にはセキモリさん(山梨)も収めています。
仙元様のたたりが登場する民俗雑誌
あしなか
山村民俗の会の雑誌です。通巻190号に岡田博の報告が載ります。
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仙元様のたたりについてよくある質問
仙元様とは何ですか。
富士を祀る塚の神を指す言い方です。関東の村に富士塚が築かれました。
石屋はどうなりましたか。
石を粗末に扱い、仙元様に祟られて一家は絶えたと記録されています。
祀った家はどうなりましたか。
祠と碑を買い取って屋敷に祀った旦那の家は、とても栄えたと伝わります。
どこの話ですか。
埼玉県川口市の塚越と横曽根の富士塚の石をめぐる話です。
仙元様のたたりと併せて覚えたい言葉・用語
富士塚(ふじづか)
富士を模して築いた塚。登れば富士に参ったとされました。
仙元(せんげん)
浅間にあたる字。富士の信仰を指します。
碑(ひ)
文字を刻んだ石。塚に立てられました。
仙元様のたたりの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。