山梨県笛吹市で、畑から出た骨を掘り出して祀った、辻の屋敷神。

セキモリさんとはどんな妖怪か
セキモリさんはひとことで言えば、名の分からない骨に付けられた名です。山梨県笛吹市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、影山正美「甲州山村における民俗的世界観―東八代郡芦川村のヤマ領域をめぐる考察を中心に―」(『甲斐路』第76号、1993年、45頁)を典拠に、芦川村上芦川部落の集落の最東部に大きな辻があり、ここにセキモリさんとよばれる屋敷神がある。その由来は、50年ほど前に具合が悪くなった人がいたため易者にみてもらったところ、畑の中に骨が埋まっているのでそれを掘り出して供養せよといわれ、それを近隣4軒共同の屋敷神として祭るようになった。また、議論の末、口留番所の関守の骨ではないかということになったと記します。
骨が先にあり、名は後から付いています。
「セキモリ」は口留番所の関守とされました。 つまり、村の入口を見張った役人です。
祀りは近隣4軒の共同でした。
セキモリさんの漢字表記と読み方
読みは「せきもりさん」です。
「セキモリ」は関守にあたるとみられます。 報告でも口留番所の関守の骨ではないかと議論されています。
ただし、骨が誰のものかは分かっていません。 名は、後から当てられたものです。
この図鑑にはオナンネイサン(山梨)も収めています。
セキモリさん(せきもりさん)
日文研データベースが示す呼称。
関守さん(せきもりさん)
口留番所の関守の骨とされたことによる読み方です。
セキモリさんの姿と特徴
セキモリさんに姿はありません。記録にあるのは、骨と祠です。
あった場所 … 芦川村上芦川部落の集落の最東部の大きな辻。
出たもの … 畑の中に埋まっていた骨。
きっかけ … 具合が悪くなった人がいて、易者にみてもらった。
告げ … 骨を掘り出して供養せよ。
祀り方 … 近隣4軒共同の屋敷神。
骨の主 … 議論の末、口留番所の関守ではないかとされた。
姿を見たという記述はありません。
セキモリさんの伝承記録
病から易者へ
50年ほど前、具合が悪くなった人がいました。
そこで、易者にみてもらいました。
畑の中に骨が埋まっているので、それを掘り出して供養せよと告げられます。
病の原因を土の下に求める——この形は各地にあります。
辻に祀る
掘り出した骨は、近隣4軒共同の屋敷神として祭られるようになりました。
場所は集落の最東部の大きな辻です。
辻は村の境にあたります。 そこに祀られた点が、名と響き合います。
議論の末、口留番所の関守の骨ではないかということになりました。
関守は村の入口を見張る役でした。 骨の主が分からないまま、土地の記憶が名を決めています。
セキモリさんの伝承地域
公的データベースの地域欄は山梨県笛吹市を示します。報告は旧東八代郡芦川村上芦川の調査です。
祠は集落の最東部の辻にあるとされますが、番地は書かれていません。
セキモリさんの正体と考えられているもの
セキモリさんは、名の分からない骨を祀った屋敷神です。
始まりは病、次に易者の告げ、そして掘り出しと供養でした。
骨の主は最後まで分かっていません。 村は議論の末、口留番所の関守と当てました。
この図鑑にはオナンネイサン(山梨)も収めています。
セキモリさんが記録された資料
セキモリさんを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは郷土研究会の雑誌です。
屋敷神は家や近隣で祀る神で、由来が土地ごとに違います。この図鑑には池の神様(長崎)も収めています。
セキモリさんが記録された民俗資料
甲斐路
山梨郷土研究会の雑誌です。第76号に芦川村の報告が載ります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
セキモリさんについてよくある質問
セキモリさんとは何ですか。
山梨県笛吹市の上芦川で、畑から出た骨を掘り出して祀った屋敷神です。
なぜ祀ることになったのですか。
具合が悪くなった人が易者にみてもらい、畑の骨を掘り出して供養せよと告げられたためです。
骨は誰のものですか。
議論の末、口留番所の関守の骨ではないかとされました。確かなことは分かっていません。
どこに祀られていますか。
集落の最東部の大きな辻です。近隣4軒の共同で祀られました。
セキモリさんと併せて覚えたい言葉・用語
屋敷神(やしきがみ)
家や近隣でまつる神。土地ごとに由来が違います。
口留番所(くちどめばんしょ)
江戸時代に村の出入りを見張った番所です。
易者(えきしゃ)
占いで物事の理由を告げる人。病の原因を尋ねる相手でした。
セキモリさんの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。