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岐阜県

風玉(かぜだま)とはどんな妖怪か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

風玉  / カゼダマ

火の妖怪 各地の伝説

岐阜県揖斐郡で、大風の間ずっと山から出て行き来したという盆ほどの光。

風玉の姿を描いた図

Alpsdake 「徳山ダムと徳之山八徳橋(岐阜県揖斐川町)」 2012年 / CC BY-SA 3.0 出典

風玉とはどんな妖怪か

風玉はひとことで言えば、大風の夜に山から出た光です。岐阜県揖斐郡の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、廣瀬貫之美濃揖斐郡徳山村郷土誌」(『旅と伝説』13巻5号、1940年、63頁)を典拠に、歴史的な大風に見舞われたとき、盆の周りほどもある風玉が現われた。明るいものであって、大風の吹く間、ずっと山から出て、何度も行き来したと記します。

大きさは盆ほど、明るさははっきりしていました。

現れたのは大風の間だけです。 風がやめば、話も終わります。

風玉の漢字表記と読み方

読みは「かぜだま」です。

風のときに現れる玉を指します。 火の玉の一種として語られました。

報告は旧・徳山村の郷土誌です。 徳山村は、のちにダムの底に沈みました。

この図鑑には戦死塚の怪(愛知)も収めています。そちらも青い火の玉です。

風玉(かぜだま)

日文研データベースが示す表記。

風の玉(かぜのたま)

風とともに現れる玉の意です。

風玉の姿と特徴

風玉の姿は、記録に短く書かれています。

現れたとき … 歴史的な大風に見舞われたとき。
大きさ … 盆の周りほど。
明るさ … 明るいもの。
出た場所 … 山。
動き … 大風の吹く間、ずっと何度も行き来した。

音や熱についての記述はありません。

風玉の伝承記録

  1. 大風の夜
  2. 山から出て行き来する

大風の夜

歴史的な大風に見舞われました。

その夜のことです。

盆の周りほどもある風玉が現われました。

山から出て行き来する

明るいものでした。

大風の吹く間、ずっと山から出て、何度も行き来しました。

一度きりではありません。 風が続くかぎり、何度もでした。

風玉の伝承地域

公的データベースの地域欄は岐阜県揖斐郡揖斐川町を示します。報告は旧徳山村の郷土誌です。

徳山村は徳山ダムの底に沈みました 記録だけが残っています。

揖斐川町(いびがわちょう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

揖斐川町の所在地:岐阜県揖斐郡揖斐川町

記録は旧・徳山村の郷土誌によります。

徳山村は徳山ダムの建設により水没しました。

風玉の正体と考えられているもの

風玉は、大風の間だけ現れた光です

火の玉は各地で語られますが、風と結び付く点がこの話の特徴です。

山から出て、何度も行き来しました。

この図鑑には戦死塚の怪(愛知)も収めています。

風玉が登場する作品

風玉を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の民俗雑誌です。

徳山村は日本最大級のダムの底に沈んだ村で、記録が民俗の資料として残りましたこの図鑑には戦死塚の怪(愛知)も収めています。

風玉が登場する民俗雑誌

旅と伝説

三元社の民俗雑誌です。13巻5号に徳山村の郷土誌が載ります。

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風玉についてよくある質問

風玉とは何ですか。

岐阜県揖斐郡の旧徳山村で、大風のときに山から出たとされる明るい玉です。

どのくらいの大きさですか。

盆の周りほどもあったと記録されています。

いつ現れましたか。

歴史的な大風に見舞われたとき、風の吹く間ずっと現れました。

徳山村は今どうなっていますか。

徳山ダムの建設により水没しました。

風玉と併せて覚えたい言葉・用語

徳山村(とくやまむら)

岐阜県の旧村名。徳山ダムの底に沈みました。

(ぼん)

物を載せる平たい器。大きさのたとえに使われました。

火の玉(ひのたま)

空を飛ぶとされた光。各地で語られます。

風玉の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「風玉」