埼玉県吉見町で、死の間際の病人が寺に現れたという話。翌日その人は亡くなった。

京浜にけ 「吉見百穴(埼玉県比企郡吉見町北吉見)」 2010年 / CC BY-SA 3.0 出典
生魂とはどんな妖怪か
生魂はひとことで言えば、死ぬ前に抜け出た魂です。埼玉県比企郡吉見町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、神谷養勇軒『新著聞集』(『日本随筆大成第二期』5巻、1974年、386頁)を典拠に、次のように記します。
武州熊谷に近い上吉見村に住む坂田喜兵衛は長く煩っているが、ある雨が降った時に竜梅院の住持が仏前で拝んでいると喜兵衛がいた。住持は快気を喜んで後から祝いの使者を送ったが、喜兵衛は最期の時を迎えていた。先のは喜兵衛の魄がやって来たのだろう。翌日喜兵衛は死んだという。
魄(はく)は、からだに宿る魂を指す語です。
住持は、本人が来たと思っていました。 快気を喜んで使者まで送っています。
そこに、この話の怖さがあります。
生魂の漢字表記と読み方
読みは「いきみたま」です。
生きている人の魂を指します。死者の霊とは区別されます。
生霊(いきりょう)と近い言葉ですが、生霊が恨みをもって人に憑く話が多いのに対し、生魂は本人の知らないうちに現れる形です。
兵庫の遊び魂も、死の前に体を離れる魂の例です。
生魂(いきみたま)
日文研データベースが示す漢字表記。
魄(はく)
記録の本文で使われている語。
生魂の姿と特徴
生魂の姿は、本人そのものです。
場所 … 竜梅院の仏前。
天気 … 雨が降っていた。
見た人 … 寺の住持。
受け取り方 … 病が治って参りに来たと思った。
実際 … 本人は臨終の床にあり、翌日死んだ。
透けていた、宙に浮いていたといった記述はありません。
生きた人と見分けがつきませんでした。
生魂の伝承記録
雨の日、寺に現れる
坂田喜兵衛は、長く患っていました。
ある雨の日、竜梅院の住持が仏前で拝んでいると、喜兵衛がそこにいました。
住持は疑いませんでした。 病が癒えて参りに来たと受け取ったのです。
そして、後から祝いの使者を送りました。
知らせは、届きませんでした。
翌日、本人は死んだ
使者が着いたとき、喜兵衛は最期の時を迎えていました。
寺に現れることは、できないはずでした。
記録はこう書きます。先のは喜兵衛の魄がやって来たのだろう。
そして、翌日、喜兵衛は死にました。
死の前に、魂が縁のある場所へ行く。 同じ形の話は各地にあり、魂呼びや虫の知らせとも重なります。
生魂の伝承地域
公的データベースの地域欄は埼玉県比企郡吉見町を示します。記録は上吉見村、熊谷に近いと記します。
寺の現在は書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
生魂の正体と考えられているもの
生魂の正体は、記録では病人の魄とされています。からだに宿る魂が、死の前に抜け出たという見方です。
姿は本人と変わりませんでした。 住持が疑わなかったことが、それを示しています。
死の前に魂が現れる話は各地にあります。兵庫の遊び魂は光の玉として現れました。この話では、人の姿のままです。
残ったのは、送られた使者と、翌日の死です。
生魂が登場する作品
生魂の話は、『新著聞集』で読めます。江戸期の説話集で、日本随筆大成に収められています。
同じ本には、この図鑑に収めた安宅丸の話も載ります。当時の見聞をまとめた本として読めます。
生魂が登場する古典籍
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生魂についてよくある質問
生魂とは何ですか。
生きている人の魂です。死の間際の病人が寺に現れ、翌日亡くなったと記録されています。
生霊とは違うのですか。
生霊は恨みをもって人に憑く話が多く、生魂は本人の知らないうちに現れる形です。
見た人は気づいたのですか。
気づいていません。住持は病が癒えたと思い、祝いの使者を送りました。
いつの話ですか。
年代は記録されていません。『新著聞集』は江戸期の説話集です。
生魂と併せて覚えたい言葉・用語
魄(はく)
からだに宿る魂を指す語。記録が使っています。
住持(じゅうじ)
寺の住職。喜兵衛の姿を見た人です。
遊び魂(あそびだま)
兵庫県明石市の記録。死の前に体を離れる魂の例です。
生魂の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。