解体された巨船の魂。板を穴蔵のふたにされた酒屋の召使いに憑き、取り殺すと言った。

安宅丸とはどんな妖怪か
安宅丸はひとことで言えば、扱いを怒った船の魂です。江戸(東京)の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、神谷養勇軒『新著聞集』(『日本随筆大成第二期』5巻、1974年、341頁)を典拠に、次のように記します。
天和年中に、安宅丸を解体して払い下げたところ、柳原和泉殿橋の酒屋市兵衛という者がその板を買って穴蔵のふたにしていた。しかしその召使いの女に安宅丸の魂が憑いた。自分を穴蔵のふたにするのが許せず、取り殺すと言った。そこで亭主は驚いて作り替えたという。
安宅丸は、江戸幕府が作らせた巨大な軍船として知られます。天和年中(1681〜1684年)に解体されました。
憑いたのは船の魂です。 人でも獣でもなく、船そのものが怒っています。
作り替えたところで話は終わります。
安宅丸の漢字表記と読み方
読みは「あたかまる」です。
安宅は、安宅船(あたけぶね)という大型軍船の呼び名にちなみます。丸は船の名によく付く語です。
道具や器物に魂が宿るという考え方は各地にあります。付喪神(つくもがみ)は、古い道具が変化したものとされます。安宅丸の話も、その系列に置けます。
安宅丸(あたかまる)
日文研データベースが示す漢字表記。
アタカマル(あたかまる)
同データベースの呼称読み。
安宅丸の姿と特徴
安宅丸に姿はありません。現れるのは、憑いた女の口を通した言葉です。
もと … 解体された巨船。
板の行き先 … 酒屋の穴蔵のふた。
憑いた相手 … 召使いの女。
言葉 … 自分を穴蔵のふたにするのは許せない。取り殺す。
結末 … 亭主が驚いて作り替えた。
船の姿が現れたという記述はありません。
安宅丸の伝承記録
巨船が解体され、板が売られる
安宅丸は、江戸幕府の巨大な軍船でした。天和年中(1681〜1684年)に解体され、材が払い下げられます。
その板を買ったのが、柳原和泉殿橋の酒屋市兵衛でした。
使い道は、穴蔵のふたです。穴蔵は、床下に掘った貯蔵の穴。そのふたに、軍船の板が使われました。
安く手に入る良材だったのでしょう。 話はここから動きます。
「取り殺す」と言った魂
召使いの女に、安宅丸の魂が憑きました。
言い分ははっきりしています。自分を穴蔵のふたにするのが許せない。そして取り殺すと告げます。
亭主は驚いて、ふたを作り替えました。 要求どおりにすると、話は収まります。
祟りが続いたとは書かれていません。
扱いを改めれば済むという形は、道具の怪異によく見られます。
安宅丸の伝承地域
記録は柳原和泉殿橋の酒屋と記します。柳原は、現在の東京都千代田区にあたる地域です。
店の位置は書かれていないため、地図で指せるのは地域の範囲までです。
柳原周辺(やなぎわらしゅうへん)
記録が示す江戸の地名
柳原周辺の所在地:東京都千代田区
記録は「柳原和泉殿橋の酒屋市兵衛」と記します。柳原は現在の千代田区にあたる地域です。
酒屋の位置や穴蔵の場所は、資料に書かれていません。
安宅丸の正体と考えられているもの
安宅丸の怪異の正体は、記録では船の魂とされています。
人の霊でも獣のしわざでもありません。解体された船そのものが、扱いを怒っています。
古い道具に魂が宿るという考え方は、付喪神として語られてきました。安宅丸は、巨大な軍船という特別な来歴を持つ材でした。
穴蔵のふたにされた——その落差が、怪異の理由として語られています。
安宅丸が登場する作品
安宅丸の話は、『新著聞集』で読めます。江戸期の説話集で、日本随筆大成に収められています。
安宅丸そのものは、江戸幕府の巨船として歴史の本にも出てきます。船としての来歴と、この怪談を並べて読むと背景が分かります。
安宅丸が登場する古典籍
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安宅丸についてよくある質問
安宅丸とは何ですか。
江戸幕府の巨大な軍船です。解体して払い下げられた板が穴蔵のふたにされ、その魂が召使いの女に憑いたと記録されています。
魂は何と言ったのですか。
自分を穴蔵のふたにするのが許せない、取り殺すと言ったと記録されています。
どうなりましたか。
亭主が驚いてふたを作り替えたところで話は終わります。
いつの話ですか。
天和年中(1681〜1684年)の出来事として記録されています。
安宅丸と併せて覚えたい言葉・用語
穴蔵(あなぐら)
床下に掘った貯蔵の穴。そのふたに船板が使われました。
付喪神(つくもがみ)
古い道具が変化したとされるもの。道具の怪異の系列です。
新著聞集(しんちょもんじゅう)
神谷養勇軒による江戸期の説話集。安宅丸の話が載ります。
安宅丸の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。