愛媛県松山市の笠松。人骨が出たといい、切ると祟って親類中が死んだと伝わる。

上の山の松とはどんな妖怪か
上の山の松はひとことで言えば、切ってはならない松です。愛媛県松山市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、森正史監修『あゆみ―忽那諸島の民俗―』8号(1968年、46頁)を典拠に、上の山の松は笠松といい、昔、人骨が出たことがあった。誰かが入定したのだろうといわれている。この松を切ったら祟りがあり、切った本人だけでなく親類中が死んだという。また、その家では口の曲がった子が生まれるというと記します。
入定は、僧が生きたまま土中に入る行いです。秋田のアサヒミコも、自ら土に入りました。
人骨が出た——その下に誰かが眠っているという前提が、祟りの理由になります。
祟りは、本人だけでなく親類にまで及びました。
上の山の松の漢字表記と読み方
読みは「うえのやまのまつ」です。笠松(かさまつ)とも呼ばれます。
笠松は、枝が笠のように広がった松を指す言い方です。姿から付いた名とみられます。
切ってはならない木の話は各地にあります。鳥取の依掛松は身を投げた女の松、この松は人骨の出た松です。
上の山の松(うえのやまのまつ)
日文研データベースが示す表記。
笠松(かさまつ)
記録が示す呼び名。
上の山の松の姿と特徴
この松に妖怪の姿はありません。記録にあるのは、由来と祟りです。
呼び名 … 笠松。
由来 … 昔、人骨が出た。誰かが入定したのだろうといわれる。
祟り1 … 切った本人だけでなく、親類中が死んだ。
祟り2 … その家では口の曲がった子が生まれる。
霊が現れたという記述はありません。
上の山の松の伝承記録
人骨が出た松
この松からは、昔、人骨が出たことがあったといいます。
そして、誰かが入定したのだろうと語られました。
入定は、僧が生きたまま土に入る行いです。祈りの極みとされました。
その上に、松が育っていたことになります。
木と、土の下の人が結び付けられています。
切れば、親類まで死ぬ
祟りは重いものです。切った本人だけでなく、親類中が死んだ。
さらに、その家では口の曲がった子が生まれるといいます。
祟りが、代を越えて続くという語り方です。
切ってはならない木の言い伝えは各地にあります。 多くは切った人が死ぬという形ですが、この松は家と血筋にまで及びます。
それだけ強く、切らせないための話でもありました。
上の山の松の伝承地域
公的データベースの地域欄は愛媛県松山市を示します。報告は忽那諸島の民俗を扱ったものです。
松の位置は書かれていないため、地図で指せるのは諸島の範囲までです。
上の山の松の正体と考えられているもの
この話に妖怪は出てきません。語られているのは、切ってはならない木です。
人骨が出たことと、入定した人がいるだろうという見立てが、祟りの理由になっています。
祟りは、切った本人・親類・生まれてくる子にまで及ぶとされました。
木を守るための言い伝えとしても働きます。大木は、切れば二度と戻りません。
残ったのは、松の名と、その下にいるとされた人です。
上の山の松が記録された資料
上の山の松を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『あゆみ―忽那諸島の民俗―』です。
同じ報告から、この図鑑には赤大婆も収めています。島ごとの言い伝えをまとめた報告です。
上の山の松が記録された民俗資料
あゆみ―忽那諸島の民俗―
森正史監修で1968年に出た報告書です。上の山の松の記録が載ります。
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上の山の松についてよくある質問
上の山の松とは何ですか。
愛媛県松山市の笠松です。昔、人骨が出たといい、切ると祟りがあると伝えられました。
どんな祟りですか。
切った本人だけでなく親類中が死に、その家では口の曲がった子が生まれると記録されています。
人骨は誰のものですか。
分かっていません。誰かが入定したのだろうといわれたと記録されています。
入定とは何ですか。
僧が生きたまま土中に入る行いです。祈りの極みとされました。
上の山の松と併せて覚えたい言葉・用語
笠松(かさまつ)
枝が笠のように広がった松。この松の呼び名です。
入定(にゅうじょう)
僧が生きたまま土中に入る行い。人骨の由来として語られます。
依掛松(いかけまつ)
鳥取県若桜町の松。身を投げた女が衣をかけたと伝わります。
上の山の松の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。