青森県田子町で、松の下敷きになって死んだ人の霊か狐かが、夜な夜な出たという。三年で止んだ。

死者のたたりとはどんな妖怪か
死者のたたりはひとことで言えば、三年で終わった夜の光です。青森県三戸郡田子町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、東洋大学民俗研究会『上郷の民俗―青森県三戸郡田子町旧上郷村―』(1977年、296頁)の「口承文芸」を典拠に、旧道の松の木を切り倒すときに、木の下敷きになって死んだ人がいた。その人の霊だか狐だか、夜な夜なテラテラテラ出るようになった。3年ほどして出なくなったと記します。
「テラテラテラ」は、光る様子を表した言い方とみられます。
正体は決められていません。 その人の霊だか狐だかと記録されています。
そして、三年ほどして出なくなりました。
死者のたたりの漢字表記と読み方
読みは「ししゃのたたり」です。
「テラテラテラ」という言い方が、記録にそのまま残っています。光る様子を表したものとみられます。
この図鑑には、木を切って起きた話として、鳥取の依掛松や愛媛の上の山の松も収めています。 木を切ることは、各地で重く語られてきました。
死者のたたり(ししゃのたたり)
日文研データベースが示す表記。
テラテラテラ(てらてらてら)
記録が使う、光る様子の言い方。
死者のたたりの姿と特徴
この怪異に姿はありません。記録にあるのは、光です。
きっかけ … 旧道の松の木を切り倒すとき、木の下敷きになって死んだ人がいた。
正体 … その人の霊だか狐だか。
現れ方 … 夜な夜なテラテラテラ出る。
期間 … 三年ほどして出なくなった。
人の形が現れたという記述はありません。
死者のたたりの伝承記録
松を切って人が死ぬ
旧道の松の木を切り倒す作業中、木の下敷きになって死んだ人がいました。
事故です。
その後、夜な夜なテラテラテラ出るようになりました。
光る何かが、夜ごと現れます。
切った木のせいか、死んだ人のせいか——記録は決めていません。
三年で出なくなった
記録は、正体をその人の霊だか狐だかと書きます。
狐が光を出すという話は各地にあります。 神奈川のキツネッピも、狐の口のあぶくが光るとされました。
そして、三年ほどして出なくなりました。
祀ったとも、供養したとも書かれていません。
ひとりでに終わったという結びです。
死者のたたりの伝承地域
公的データベースの地域欄は青森県三戸郡田子町を示します。報告は旧上郷村の調査です。
旧道や松の位置は書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
死者のたたりの正体と考えられているもの
この怪異の正体は決められていません。記録はその人の霊だか狐だかと書きます。
霊とも、狐とも言い切らない——そのままの語りが残されています。
木を切ったことと、人の死が、怪異の背景にあります。
三年で出なくなったという結びも、理由が語られていません。
残ったのは、「テラテラテラ」という光の言い方です。
死者のたたりが記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の調査報告書です。
木を切って起きた怪異は各地にあります。この図鑑には、鳥取の依掛松、愛媛の上の山の松も収めています。
死者のたたりが記録された民俗資料
上郷の民俗―青森県三戸郡田子町旧上郷村―
東洋大学民俗研究会が1977年にまとめた調査報告です。
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死者のたたりについてよくある質問
死者のたたりとは何ですか。
青森県田子町の話です。松を切り倒す際に下敷きになって死んだ人の霊か狐かが、夜な夜な光って出たと記録されています。
正体は何ですか。
決められていません。記録は「その人の霊だか狐だか」と書いています。
いつまで出たのですか。
三年ほどして出なくなったと記録されています。
供養はしたのですか。
記録されていません。ひとりでに出なくなったと書かれています。
死者のたたりと併せて覚えたい言葉・用語
テラテラテラ(てらてらてら)
光る様子を表した言い方。記録にそのまま残っています。
依掛松(いかけまつ)
鳥取県の松。身を投げた女が衣をかけたと伝わります。
キツネッピ(きつねっぴ)
神奈川県の狐火。狐の口のあぶくが光るとされます。
死者のたたりの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。