スサノオが吐いた猛気から生まれた女神。天狗と天邪鬼の祖とされる。

鳥山石燕 「今昔画図続百鬼 天逆毎」 1779年 / パブリックドメイン 出典
天逆毎とはどんな妖怪か
天逆毎はひとことで言えば、あべこべにしないと気の済まない女神です。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』(巻44「治鳥 付 天狗 天魔雄」)は、「ある書」からの引用としてスサノオが体内にたまった猛気を吐き出し、その猛気が形を成して誕生したと記します。
姿は人間に近いものの、顔は獣のようで、高い鼻、長い耳と牙を持つとされます。
物事が意のままにならないと荒れ狂う性格で、力のある神をも千里の彼方へと投げ飛ばし、鋭い武器でもその牙で噛み壊すといいます。
そして、天邪鬼のように物事をあべこべにしないと気の済まない性格でした。 前のことを後ろ、左のことを右と言ったといいます。
鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』(1779年)にこの神を描いています。
天逆毎の漢字表記と読み方
読みは「あまのざこ」です。
「逆」の字が示すとおり、さかさまにする性格が名に表れています。
江戸時代の僧・諦忍は『天狗名義考』(1754年)で、天逆毎・天魔雄を「日本天狗ノ元祖ナリ」と評しました。ただし、この説は他の書に見られません。
この図鑑には、天邪鬼も収めています。
天逆毎(あまのざこ)
石燕の絵に添えられた表記。
天魔雄(あまのさく)
その子の名。同じ絵に描かれています。
天逆毎の姿と特徴
石燕の絵は、天逆毎と、その子の天魔雄を並べて描きます。
顔 … 獣のよう。
鼻 … 高い。
耳 … 長い。
牙 … 鋭い武器でも噛み壊す。
性格 … 意のままにならないと荒れ狂う。
そばの子 … 天魔雄。
画面の左手には、赤い顔の童子のような姿が寄り添っています。
天逆毎が登場する古典の物語
猛気から生まれる
『和漢三才図会』は、スサノオが体内にたまった猛気を吐き出したと記します。
その猛気が形を成して、天逆毎が生まれました。
父も母も、ひとりの神の「気」です。
天逆毎もまた、自分ひとりで子の天魔雄をもうけました。
生まれ方が、二代続いて同じ形をとります。
あべこべに言う
天逆毎は、物事をあべこべにしないと気が済みません。
前のことを後ろ、左のことを右と言ったといいます。
力のある神をも、千里の彼方へと投げ飛ばしました。
この図鑑の天邪鬼も、人の心に逆らう性質で語られます。
両者は、しばしば同じ系統として並べられます。
子は九天の王になる
子の天魔雄は、後に九天の王になりました。
荒ぶる神や逆らう神は、皆この魔神に属したといいます。
そして、彼らが人々の心に取り憑くことで、賢い者も愚かな者も心を乱されるとされました。
天逆毎の話は、神話ではなく「心の乱れ」の説明として結ばれています。
天逆毎の伝承地域
天逆毎をまつる社として広く知られたものは見当たりません。
語られてきたのは、書物の中です。『和漢三才図会』『天狗名義考』、そして石燕の絵が伝えてきました。
天逆毎の正体と考えられているもの
天逆毎は、天狗や天邪鬼の祖先とされてきました。
その根拠は、諦忍『天狗名義考』(1754年)の評価です。
『天狗名義考』は『先代旧事本紀』からの引用として天逆毎を記しますが、そのような本文は確認されていません。同じ内容を持つのは『先代旧事本紀大成経』であり、こちらを指していると推察されています。
天狗の研究家知切光歳(1902〜1982)は、天狗にのみ結び付けて考えるのはおかしいと述べました。
石燕が描いた天逆毎と天魔雄は、『和漢三才図会』を直接の引用元としていると考えられています。
天逆毎が登場する作品
天逆毎は、石燕の絵と『和漢三才図会』で読めます。
名の元になった『先代旧事本紀』には、この神の記述が見当たりません。書物をたどっていくと行き止まるという、めずらしい経過をたどった神です。
天逆毎が登場する古典
天狗名義考
諦忍、1754年。天逆毎・天魔雄を天狗の元祖と評しました。
天逆毎が登場する研究
天狗の研究
知切光歳。天狗と結び付ける説に疑いを示しています。
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天逆毎についてよくある質問
天逆毎とは何ですか。
スサノオが吐いた猛気から生まれたとされる女神です。天狗や天邪鬼の祖先とされてきました。
どんな姿ですか。
人間に近いものの顔は獣のようで、高い鼻、長い耳と牙を持つとされます。
天魔雄とは何ですか。
天逆毎が自分ひとりでもうけた子です。後に九天の王になったとされます。
石燕はどの本に描きましたか。
『今昔画図続百鬼』(1779年)です。天魔雄とともに描かれています。
天逆毎と併せて覚えたい言葉・用語
猛気(もうき)
荒々しい気。体内にたまったものを吐き出したとされます。
天魔雄(あまのさく)
天逆毎の子。九天の王になったとされます。
天狗名義考(てんぐみょうぎこう)
諦忍による1754年の書。天狗の元祖と評しました。