山梨県道志村で、十王堂前の橋から六本の径が走り、極楽や地獄に通じるとされた。

閻魔サマの六本径とはどんな妖怪か
閻魔サマの六本径はひとことで言えば、行き先の決まった六つの道です。山梨県南都留郡道志村の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、羽賀正太郎「道志の伝説」(『あしなか』通巻2号、1939年、22頁)を典拠に、十王堂の前のこうろん橋を中心に走る六本の径は御堂の主の閻魔大王の取り調べを受けて、極楽や地獄に行く径だという。一本は氏神様に通じていて氏神様の境内で神様と仏様が喧嘩したり化け物が出たりしたと記します。
「十王堂」は閻魔大王ら十王をまつる堂です。
「六本」は六道——仏教で説く六つの行き先にあたるとみられます。
そのうち一本が、氏神様に通じています。
閻魔サマの六本径の漢字表記と読み方
見出しの読みは「えんまさまのろっぽんみち」です。
日文研データベースの呼称は「閻魔サマ,化物」ですが、そのままでは閻魔大王そのものの項目と区別がつきません。この図鑑では、話の中身が分かる見出しにしています。
「六道」は仏教で説く六つの行き先です。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天をいいます。
この図鑑には方相氏も収めています。
閻魔サマ(えんまさま)
日文研データベースが示す呼称。
閻魔サマの六本径(えんまさまのろっぽんみち)
この図鑑での見出し。話の中身が分かる形にしています。
こうろん橋(こうろんばし)
六本の径の中心にある橋の名。
閻魔サマの六本径の姿と特徴
この記録に妖怪の姿はありません。あるのは、道と、境内の出来事です。
中心 … 十王堂の前のこうろん橋。
走る道 … 六本の径。
主 … 御堂の主の閻魔大王。
行き先 … 取り調べを受けて、極楽や地獄に行く。
一本の行き先 … 氏神様。
その境内で起きたこと … 神様と仏様が喧嘩した。化け物が出た。
化け物の姿は書かれていません。
閻魔サマの六本径の伝承記録
橋を中心に六本
十王堂の前に、こうろん橋があります。
そこを中心に、六本の径が走っています。
「十王堂」は閻魔大王ら十王をまつる堂です。
御堂の主の閻魔大王の取り調べを受けて、極楽や地獄に行く径だといいます。
「六本」は六道にあたるとみられます。
氏神の境内で喧嘩する
一本は、氏神様に通じています。
その氏神様の境内で、神様と仏様が喧嘩したり、化け物が出たりしました。
仏の道と、神の社が一本の径でつながっています。
その接するところで、もめごとが起きたという語りです。
この図鑑には方相氏も収めています。
閻魔サマの六本径の伝承地域
公的データベースの地域欄は山梨県南都留郡道志村を示します。記録は十王堂の前のこうろん橋と記します。
堂や橋の現在は書かれていません。
閻魔サマの六本径の正体と考えられているもの
この記録に妖怪の姿はありません。語られているのは、道の行き先です。
六本の径が、六道にあたるとみられます。
この記録の特徴は、そのうち一本が氏神様に通じていることです。
仏の裁きの道と、神の社がつながっています。
その境内で神様と仏様が喧嘩する——神仏が同じ土地にあった頃の話です。
閻魔サマの六本径が記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『あしなか』の記事です。
『あしなか』は山村民俗の会が出した雑誌で、山の暮らしの記録が数多く載ります。
閻魔サマの六本径が記録された民俗資料
道志の伝説
羽賀正太郎が『あしなか』通巻2号(1939年)に載せた中心資料です。
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閻魔サマの六本径についてよくある質問
閻魔サマの六本径とは何ですか。
山梨県道志村で、十王堂前のこうろん橋を中心に走る六本の径です。極楽や地獄に行く径とされました。
六本とは何ですか。
仏教で説く六道にあたるとみられます。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天をいいます。
氏神様の境内で何が起きたのですか。
神様と仏様が喧嘩したり、化け物が出たりしたと記録されています。
十王堂とは何ですか。
閻魔大王ら十王をまつる堂です。
閻魔サマの六本径と併せて覚えたい言葉・用語
十王堂(じゅうおうどう)
閻魔大王ら十王をまつる堂です。
六道(ろくどう)
仏教で説く六つの行き先。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天です。
あしなか(あしなか)
山村民俗の会が出した雑誌です。
閻魔サマの六本径の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。