和歌山県で、空から降った伊勢の御祓をまつる社。夢のお告げの場所から鏡が出た。

Kansai explorer 「二川ダム(和歌山県有田川町)」 2014年 / CC BY-SA 3.0 出典
御祓様とはどんな妖怪か
御祓様はひとことで言えば、空から降ったお札の社です。和歌山県有田郡の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、森口清一「御祓様」(『郷土研究』3巻4号、1915年、55頁)を典拠に、御祓様という社がある。寛永2年11月8日午の上刻、中島利兵衛の家に空から伊勢の御祓が降ってきた。そこでこの地に祠を建てようとして敷地を決めたら、利兵衛の頭が痛くなり始めた。床についていると夢に大神が現れ、祀る場所を告げた。早速お告げのところを掘ると鏡が出てきた。そこで御祓をご神体にして社を建て、鏡を納めたのが、由来であると記します。
「御祓」は伊勢神宮のお札(大麻)です。
寛永二年は1625年です。日付と時刻まで記されています。
空からお札が降る——「お札降り」と呼ばれる出来事です。
御祓様の漢字表記と読み方
読みは「おはらいさま」です。
「御祓」は伊勢神宮のお札で、大麻(たいま)とも呼ばれます。
空からお札が降る出来事は各地で記録されており、「お札降り」「御蔭降り」と呼ばれます。
江戸末期の「ええじゃないか」も、お札降りから始まったとされます。
御祓様(おはらいさま)
日文研データベースが示す表記。
御祓(おはらい)
伊勢神宮のお札。大麻とも呼ばれます。
御祓様の姿と特徴
この記録に妖怪の姿はありません。あるのは、降ったものと出たものです。
日 … 寛永二年十一月八日、午の上刻。
降ったもの … 伊勢の御祓。
降った先 … 中島利兵衛の家。
起きたこと … 祠の敷地を決めたら、利兵衛の頭が痛くなった。
お告げ … 夢に大神が現れ、祀る場所を告げた。
掘って出たもの … 鏡。
神の姿がどう見えたかは書かれていません。
御祓様の伝承記録
空から御祓が降る
寛永二年十一月八日、午の上刻。
「午の上刻」は正午前後にあたります。
中島利兵衛の家に、空から伊勢の御祓が降ってきました。
日付と時刻が、はっきり記されています。
そこで、この地に祠を建てようとしました。
頭が痛くなる
敷地を決めたら、利兵衛の頭が痛くなり始めました。
場所が違っていた、という知らせです。
床についていると、夢に大神が現れ、祀る場所を告げました。
この図鑑の薬師の面(島根)でも、面が庄屋の枕神に立ちました。
夢で場所を告げる——祀りの由来によく現れる形です。
掘ると鏡が出る
早速お告げのところを掘ると、鏡が出てきました。
鏡は、神が宿るものとされます。
そこで御祓をご神体にして社を建て、鏡を納めました。
それが、この社の由来です。
この図鑑には芍薬(長野)も収めています。 そちらは、埋めた鏡から花が咲きました。
御祓様の伝承地域
公的データベースの地域欄は和歌山県有田郡有田川町を示します。
社の現在については書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
御祓様の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、社の由来です。
空からお札が降るという出来事は各地で記録されています。「お札降り」「御蔭降り」と呼ばれました。
この記録の特徴は、頭痛と夢が続くことです。
降ったものを祀ろうとして、場所を間違えると頭が痛くなる。
正しい場所を掘ると、鏡が出る。 筋が一本通っています。
御祓様が記録された資料
この社を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『郷土研究』の記事です。
お札降りは江戸期を通じて各地で記録され、「ええじゃないか」の始まりとも結び付けられます。併せて読むと、この記録の位置が見えてきます。
御祓様が記録された民俗資料
御祓様
森口清一が『郷土研究』3巻4号(1915年)に載せた中心資料です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
御祓様についてよくある質問
御祓様とは何ですか。
和歌山県有田川町の社です。空から降った伊勢の御祓をご神体としてまつります。
いつの話ですか。
寛永二年(1625年)十一月八日、午の上刻と記録されています。
なぜ頭が痛くなったのですか。
祠の敷地を決めたところ痛くなり、夢に大神が現れて祀る場所を告げたと記録されています。
鏡とは何ですか。
お告げの場所を掘ると出てきたものです。社に納められました。
御祓様と併せて覚えたい言葉・用語
御祓(おはらい)
伊勢神宮のお札。大麻とも呼ばれます。
お札降り(おふだふり)
空からお札が降るとされた出来事。各地で記録されています。
午の上刻(うまのじょうこく)
正午前後にあたる時刻です。
御祓様の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。