鳥取県鳥取市で、持病に苦しむ人を救うと言い残して神になった人。

疝気の神さんとはどんな妖怪か
疝気の神さんはひとことで言えば、自分の病から神になった人です。鳥取県鳥取市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、上山善造「疝気の神さんと茄子の願聞」(『因伯民俗』通巻18号、1955年、7頁)を典拠に、宇倍野村廣西に疝気の神さんがある。同村の西垣家初代幸右衛門は疝気が持病であったが臨終に際し、この病に苦しむ者が多いので、死後は神となって救ってやると一言残して落命した。その遺言が世間に広がり、西垣家が参拝者の便を計り祠を作ったというと記します。
病んだ人が、同じ病の人を救う神になっています。
祠は参拝者のために家が建てたものでした。 祟りではなく、申し出から始まった祀りです。
疝気の神さんの漢字表記と読み方
読みは「せんきのかみさん」です。
「疝気」は下腹の痛みを広く指した言葉です。 江戸期から使われました。
この図鑑には、病にかかわる神として雪隠の神様(青森)も収めています。
論文の題には茄子の願聞とあります。 願かけに茄子を使う土地の作法とみられます。
疝気の神さん(せんきのかみさん)
日文研データベースが示す呼称。
疝気の神(せんきのかみ)
疝気は下腹の痛みを指す古い言い方です。
疝気の神さんの姿と特徴
疝気の神さんに姿はありません。記録にあるのは、遺言と祠です。
その人 … 宇倍野村廣西の西垣家初代幸右衛門。
持病 … 疝気。
臨終の言葉 … この病に苦しむ者が多いので、死後は神となって救ってやる。
その後 … 遺言が世間に広がった。
祠 … 西垣家が参拝者の便を計って作った。
姿や声についての記述はありません。
疝気の神さんの伝承記録
持病を負って生きる
西垣家初代幸右衛門は、疝気が持病でした。
疝気は下腹の痛みを指します。 長く続く痛みでした。
同じ病の人が、村にも多くいました。
死後は神になると言い残す
臨終に際し、この病に苦しむ者が多いので、死後は神となって救ってやると一言残して落命しました。
恨みではなく、申し出でした。
その遺言が、世間に広がりました。
家が祠を建てる
疝気の神さんの伝承地域
公的データベースの地域欄は鳥取県鳥取市国府町を示します。記録の表記は宇倍野村廣西です。
国府町は因幡国の国府があった土地です。 宇倍神社もこの地にあります。
疝気の神さんの正体と考えられているもの
疝気の神さんは、自分の病から神になった人です。
始まりは臨終の一言でした。 祟りの話ではありません、という言い方はしません。記録にあるのは救うという申し出です。
この図鑑には雪隠の神様(青森)も収めています。そちらはお産の神です。
病ごとに神がある——土地の暮らしの形が見えます。
疝気の神さんが登場する作品
疝気の神さんを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは県の民俗学会の雑誌です。
疝気は江戸期からよく語られた病で、落語や川柳にも出てきます。この図鑑には雪隠の神様(青森)も収めています。
疝気の神さんが登場する民俗雑誌
因伯民俗
因伯民俗学会の雑誌です。通巻18号に上山善造の報告が載ります。
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疝気の神さんについてよくある質問
疝気の神さんとは何ですか。
鳥取市国府町で、疝気を持病とした人が死後に神となって救うと言い残し、祀られたものです。
誰が神になったのですか。
宇倍野村廣西の西垣家初代幸右衛門です。
祠は誰が建てたのですか。
西垣家が参拝者の便を計って作ったと記録されています。
疝気とは何ですか。
下腹の痛みを広く指した古い言い方です。
疝気の神さんと併せて覚えたい言葉・用語
疝気(せんき)
下腹の痛みを広く指した古い言い方です。
宇倍野(うべの)
鳥取市国府町にあった村の名。宇倍神社があります。
祠(ほこら)
小さな社。参る人のために建てられました。
疝気の神さんの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。