東京都西東京市で、切ると大病になると信じられ、切った老人が病で世を去ったという古松。

曲がり松とはどんな妖怪か
曲がり松はひとことで言えば、名だけが残った松です。東京都西東京市下保谷の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、高橋文太郎「お松様の話」(『旅と伝説』三元社、1929年)を典拠に、鎌倉街道の傍らに円形塚が今尚残っている。昔この塚の上には幹の曲がりくねった一本の古松がはえていた。この松を切ると大病におかされると、村人は信じていた。だがとうとうある日老人が、多くの人々が止めるのも聞かず松を買い取り切り倒した。その後老人は病にかかりこの世を去った。松はないが、曲がり松という漠然とした地名は残ったと記します。
止められています。
「多くの人々が止めるのも聞かず」と書かれ、村は先に反対していました。
曲がり松の漢字表記と読み方
読みは「まがりまつ」です。
「鎌倉街道」は、各地から鎌倉へ通じた古い道の呼び名です。
「下保谷」は、いまの西東京市の地名です。
曲がり松(まがりまつ)
日文研データベースが示す呼称。
お松様(おまつさま)
典拠の論文名に用いられている呼び方です。
曲がり松の姿と特徴
曲がり松の話は、記録に短く書かれています。
あったところ … 鎌倉街道の傍らの円形塚の上。
その姿 … 幹の曲がりくねった一本の古松。
村人の信じていたこと … この松を切ると大病におかされる。
したこと … ある日老人が、多くの人々が止めるのも聞かず松を買い取り切り倒した。
その後 … 老人は病にかかりこの世を去った。
いま残るもの … 松はないが、曲がり松という漠然とした地名。
塚の由来は書かれていません。
曲がり松の伝承記録
塚の上の古松
鎌倉街道の傍らに円形塚が今尚残っています。昔この塚の上には幹の曲がりくねった一本の古松がはえていました。
松は塚の上に立っていました。
切ると大病
この松を切ると大病におかされると、村人は信じていました。
信じられていたのは村ぐるみです。
止めるのも聞かず
ある日老人が、多くの人々が止めるのも聞かず松を買い取り切り倒しました。
買い取っています。
地名だけが残る
その後老人は病にかかりこの世を去りました。松はないが、曲がり松という漠然とした地名は残りました。
残ったのは名だけです。
曲がり松の伝承地域
公的データベースの地域欄は東京都西東京市を示します。
記録は下保谷と書き、鎌倉街道の傍らと記します。
曲がり松の正体と考えられているもの
曲がり松は、切って障りがあったとされる松です。
姿を持つものは出てきません。 語られているのは、止められたのに切ったことと、そのあと死んだことです。
いま残るのは曲がり松という地名だけです。
この図鑑には墓の雄松(兵庫)も収めています。
曲がり松が登場する作品
曲がり松を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の伝説雑誌です。
切ると障りがある松の話は各地にあり、木が失われても地名だけが残る例が多くあります。
曲がり松が登場する雑誌
旅と伝説
三元社が出した伝説の雑誌です。1929年の号にお松様の話が載ります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
曲がり松についてよくある質問
曲がり松とは何ですか。
東京都西東京市下保谷で、切ると大病になると信じられた古松です。
どこにあったのですか。
鎌倉街道の傍らの円形塚の上と記録されています。
切った人はどうなりましたか。
病にかかりこの世を去ったといいます。
いま松はありますか。
松はなく、曲がり松という地名だけが残ったと記録されています。
曲がり松と併せて覚えたい言葉・用語
鎌倉街道(かまくらかいどう)
各地から鎌倉へ通じた古い道の呼び名です。
円形塚(えんけいづか)
丸く土を盛った塚のことです。
下保谷(しもほうや)
東京都西東京市の地名です。
曲がり松の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。