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徳島県

大きな爺さん(おおきなじいさん)とはどんな妖怪か|姿と伝承

大きな爺さんと大きな婆さん  / オオキナジイサン

人型の妖怪 各地の伝説

徳島県三好市で、川に残る巨大な足跡の主とされた爺と婆。

大きな爺さんの姿を描いた図

さかおり 「大歩危の遊覧船(徳島県三好市山城町)」 2016年 / CC BY-SA 出典

大きな爺さんとはどんな妖怪か

大きな爺さんはひとことで言えば、足跡だけが残った巨人です。徳島県三好市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、岩崎重雄土の鈴」(『土の鈴』通巻13号、1922年、67頁)を典拠に、山城谷村の長友名と相川名との境にある川に大きな婆さんと大きな爺さんがいた。足跡は東西10間、南北15間、深さ2間3尺で、人間の足跡に似ていると記します。

寸法がはっきり記されています。 1間はおよそ1.8メートルです。

つまり東西18メートル、南北27メートルほどの窪みでした。

大きな爺さんの漢字表記と読み方

読みは「おおきなじいさん」です。

固有の名は付いていません。 見たままが呼び名になっています。

足跡の寸法は間と尺で記されます。 1間はおよそ1.8メートル、1尺はおよそ30センチです。

この図鑑には夜行さん(徳島)も収めています。同じ山城谷の話です。

大きな爺さん(おおきなじいさん)

日文研データベースが示す表記。

大きな婆さん(おおきなばあさん)

同じ記録に並んで記されます。

大きな爺さんの姿と特徴

大きな爺さんの姿は、記録に短く書かれています。

場所 … 山城谷村の長友名と相川名との境にある川。
いたもの … 大きな婆さんと大きな爺さん。
足跡の東西 … 10間。
足跡の南北 … 15間。
深さ … 2間3尺。
… 人間の足跡に似ている。

顔や体についての記述はありません。 あるのは足跡だけです。

大きな爺さんの伝承記録

  1. 境の川にいた
  2. 足跡の寸法

境の川にいた

山城谷村の長友名と相川名との境にある川に、大きな婆さんと大きな爺さんがいました。

「名」は古い村の区画を指します。

境に現れる点が要です。

足跡の寸法

足跡は東西10間、南北15間、深さ2間3尺でした。

人間の足跡に似ているといいます。

大きさが数で示されているところが、この記録の特徴です。

大きな爺さんの伝承地域

公的データベースの地域欄は徳島県三好市を示します。記録の表記は山城谷村です。

山城谷は吉野川の谷あいにあたります。 この図鑑の夜行さんも同じ土地の話です。

山城町(やましろちょう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

山城町の所在地:徳島県三好市山城町

記録では山城谷村の長友名と相川名の境と記されます。

足跡の場所は資料に詳しく書かれていません。

大きな爺さんの正体と考えられているもの

大きな爺さんは、足跡だけが残った巨人です

巨人が土地に足跡を残す話は、ダイダラボッチとして各地にあります。

ここでは爺と婆の二人である点が変わっています。

この図鑑には夜行さん(徳島)も収めています。

大きな爺さんが登場する作品

大きな爺さんを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大正期の郷土雑誌です。

ダイダラボッチは各地にあり、足跡が池や窪みになったと語られます。この図鑑には夜行さん(徳島)も収めています。

大きな爺さんが登場する民俗雑誌

土の鈴

土の鈴会の雑誌です。通巻13号に岩崎重雄の報告が載ります。

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大きな爺さんについてよくある質問

大きな爺さんとは何ですか。

徳島県三好市の山城谷で、川に足跡を残したとされる巨人です。

足跡の大きさは。

東西10間、南北15間、深さ2間3尺と記録されています。

一人ですか。

大きな婆さんと大きな爺さんの二人として語られます。

姿は伝わっていますか。

顔や体についての記述はありません。伝わるのは足跡だけです。

大きな爺さんと併せて覚えたい言葉・用語

(けん)

長さの単位。1間はおよそ1.8メートルです。

(みょう)

古い村の区画の呼び方です。

ダイダラボッチ(だいだらぼっち)

各地に伝わる巨人。足跡が池になったと語られます。

大きな爺さんの参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「大きな爺さん,大きな婆さん」