遠州浜松で出会った老僧の一行。箱の中には生首が入っていた。

疫鬼とはどんな妖怪か
疫鬼はひとことで言えば、病を連れて歩く老僧です。静岡県浜松市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、百井塘雨『笈埃随筆』(『日本随筆大成第2期』12巻、吉川弘文館、1974年、126〜128頁)を典拠に、次のように記します。
遠州浜松で、身長6尺余りで赤い衣を着て、左に赤木の錫杖、右に払子を持った、多くの弟子を連れた老僧に出会い問答を行った。老僧が示した箱を開けると生首が入っており、臭気が鼻を突いた。大声を上げると老僧たちは消えたが、臭いは鼻に残り、同行者はその後しばらく病気になった。
六尺は約180センチメートルです。
疫邪(やくじゃ)とも呼ばれます。
この図鑑には、同じ随筆から広島の疫鬼の話も知られます。
疫鬼の漢字表記と読み方
読みは「やくおに」です。「やくじゃ」(疫邪)とも記されます。
「疫」は流行り病を指します。
疫病をもたらすものを鬼の形で語る——この考え方は追儺の行事にもつながります。この図鑑には方相氏も収めています。
その方相氏が追い払う相手が、疫鬼です。
疫鬼(やくおに)
日文研データベースが示す表記。
疫邪(やくじゃ)
同データベースが併記する呼称。
疫鬼の姿と特徴
疫鬼は、老僧の姿で現れます。
背丈 … 六尺余り(約180センチメートル)。
衣 … 赤い衣。
左手 … 赤木の錫杖。
右手 … 払子。
連れ … 多くの弟子。
持ち物 … 箱。中に生首。
鬼の角や牙は記録されていません。
疫鬼の伝承記録
老僧と問答をする
遠州浜松で、一行が老僧に出会いました。
身長六尺余り、赤い衣、左に赤木の錫杖、右に払子。
多くの弟子を連れています。
立派な僧の姿です。
そして、問答を行いました。
何を問うたかは記録されていません。
箱の中の生首
老僧が箱を示しました。
開けると、生首が入っており、臭気が鼻を突きました。
大声を上げると、老僧たちは消えます。
しかし、臭いは鼻に残りました。
同行者はその後しばらく病気になったといいます。 臭いが、病を運んだ形です。
疫鬼の伝承地域
公的データベースの地域欄は静岡県浜松市を示します。記録は遠州浜松と記します。
道の位置までは書かれていないため、地図で指せるのは市の範囲までです。
疫鬼の正体と考えられているもの
疫鬼は、流行り病が形をとったものとされてきました。
この記録では、立派な老僧の姿で現れます。
箱の中の生首と臭気が、その正体を示しました。
消えた後も臭いだけが残り、同行者が病気になっています。
病がうつる筋道を、臭いで説明しているとも読めます。
この図鑑には、疫病を追う側として方相氏も収めています。
疫鬼が登場する作品
この話は、『笈埃随筆』で読めます。日本随筆大成第2期12巻(吉川弘文館)に収められています。
百井塘雨は各地を歩いて見聞を集めた人で、同じ随筆には備後三次の疫鬼の話も載ります。
疫鬼が登場する古典籍
笈埃随筆
百井塘雨による江戸期の随筆。この話を載せています。
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疫鬼についてよくある質問
疫鬼とは何ですか。
流行り病をもたらすとされたものです。この記録では老僧の姿で現れました。
どんな姿ですか。
身長六尺余り、赤い衣、左に赤木の錫杖、右に払子を持ち、多くの弟子を連れていました。
箱には何が入っていましたか。
生首です。開けると臭気が鼻を突いたと記録されています。
その後どうなりましたか。
大声を上げると老僧たちは消え、臭いは鼻に残り、同行者はしばらく病気になったとされます。
疫鬼と併せて覚えたい言葉・用語
払子(ほっす)
獣の毛を束ねた僧の持ち物。老僧が右手に持っていました。
錫杖(しゃくじょう)
頭に輪の付いた僧の杖。赤木のものを左手に持っていました。
笈埃随筆(きゅうあいずいひつ)
百井塘雨による江戸期の随筆。この話を載せています。
疫鬼の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。