大阪府豊中市の話。冤罪で果てた殿様。死してなお人の生き血を吸うと言い残した。

久次米一弥 「服部天神宮の社殿(大阪府豊中市)」 2014年 / CC BY-SA 3.0 出典
川の殿様とはどんな妖怪か
川の殿様は、冤罪で果てた者の恨みです。大阪府豊中市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、岸田定雄「北摂の民間伝承」(『郷土研究上方』上方郷土研究会、1936年)を典拠に、昔、川の殿様が冤罪で果てたと記します。
言い残しがあります。
絶命の間際、死してなお、人の生き血を吸う旨宣言した。だから、殿様は今でも人の生き血を吸っていると、人々の間で言われていると結ばれます。
この図鑑には大光寺の怪異(大阪)も収めています。
川の殿様の漢字表記と読み方
読みは「かわのとのさま」です。
「冤罪」は、無実の罪のことです。
「絶命の間際」は、息を引き取る直前という意味です。
「北摂」は、摂津の北部にあたり、豊中市を含みます。
この図鑑には大光寺の怪異(大阪)も収めています。
川の殿様(かわのとのさま)
日文研データベースが示す呼称です。
冤罪(えんざい)
記録が示す語です。無実の罪のことをいいます。
北摂(ほくせつ)
報告の題が示す地名です。摂津の北部にあたります。
川の殿様の姿と特徴
川の殿様の話は、記録に短くまとめられています。
その人 … 川の殿様。
起きたこと … 冤罪で果てた。
そのとき … 絶命の間際。
宣言したこと … 死してなお、人の生き血を吸う。
今言われていること … 殿様は今でも人の生き血を吸っている。
姿は書かれていません。
川の殿様の伝承記録
冤罪で果てる
昔、川の殿様が冤罪で果てました。
負ったのは無実の罪です。
絶命の間際
絶命の間際のことでした。
残したのは言葉です。
生き血を吸う
死してなお、人の生き血を吸う旨宣言しました。
告げたのは恨みです。
今でも
殿様は今でも人の生き血を吸っていると、人々の間で言われています。
続いているのは言い伝えです。
川の殿様の伝承地域
公的データベースの地域欄は大阪府、市郡名の欄は豊中市を示します。
報告の題は北摂の民間伝承で、摂津の北部の話を集めたものです。
川の殿様の正体と考えられているもの
川の殿様は、冤罪で果てた者の恨みです。
姿を見せるものではありません。 語られているのは、無実の罪で死んだことと、生き血を吸うと言い残したことです。
恨みを残して死んだ人が祟るという語りは、加賀守(島根)とは向きが違います。
この図鑑には大光寺の怪異(大阪)も収めています。
川の殿様が登場する作品
川の殿様を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の郷土研究誌に載った報告です。
無実の罪で死んだ者の恨みの話は各地にあり、多くは祟りとして語り継がれます。
川の殿様が登場する雑誌
郷土研究上方
上方郷土研究会が出した雑誌です。1936年の号に北摂の民間伝承が載ります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
川の殿様についてよくある質問
川の殿様とは何ですか。
大阪府豊中市に伝わる、冤罪で果てたという殿様です。
何を言い残したのですか。
死してなお人の生き血を吸うと宣言したと記されています。
今はどうなっていますか。
今でも人の生き血を吸っていると人々の間で言われていると記されています。
どこで語られていますか。
大阪府豊中市です。
川の殿様と併せて覚えたい言葉・用語
冤罪(えんざい)
無実の罪のことです。
北摂(ほくせつ)
摂津の北部にあたる地域です。
豊中市(とよなかし)
大阪府の北部にある市です。
川の殿様の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。