島根県津和野町の話。壊された墓を建て直しても祭らないので、宮司を通じて不満を漏らした霊。
加賀守とはどんな妖怪か
加賀守は、祭りを求めた武将の霊です。島根県鹿足郡津和野町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、大庭良美「霊なるもの石見国鹿足郡日原の民俗」(『山陰民俗』山陰民俗学会、1982年)を典拠に、話者を三渡八幡の宮司として、下瀬山城址にあった下瀬加賀守の墓が精神異常者に破壊された。墓は建てかえたが、祭りはしなかったと記します。
宮司が来ました。
すると三渡八幡宮の宮司がやって来て、祭りをしてくれないことに加賀守が不満を漏らしているから祭をするようにと提案したと続き、そこで部落総出での手入れする際に、菩提寺さんと宮司にも上がってもらい、お祭りをしたと結ばれます。
この図鑑には小豆洗い(島根)も収めています。
加賀守の漢字表記と読み方
読みは「かがのかみ」です。
「加賀守」は、加賀国の国司にちなむ官の名です。武将の名乗りに用いられました。
「菩提寺」は、家の墓を預かる寺のことです。
「部落総出」は、集落の者が皆で出ることをいいます。
この図鑑には小豆洗い(島根)も収めています。
加賀守(かがのかみ)
データベースの呼称欄は「加賀守,霊」と示します。
下瀬加賀守(しもせかがのかみ)
記録が示す名です。下瀬山城の城主にあたります。
三渡八幡宮(みわたりはちまんぐう)
記録が示す社です。宮司が話者になっています。
加賀守の姿と特徴
加賀守の話は、記録に順を追って書かれています。
その墓 … 下瀬山城址にあった下瀬加賀守の墓。
起きたこと … 破壊された。
したこと(一) … 墓は建てかえた。
しなかったこと … 祭り。
来た人 … 三渡八幡宮の宮司。
伝えたこと … 祭りをしてくれないことに加賀守が不満を漏らしている。
したこと(二) … 部落総出で手入れし、菩提寺と宮司に上がってもらって祭りをした。
姿を見せたとは書かれていません。
加賀守の伝承記録
壊された墓
下瀬山城址にあった下瀬加賀守の墓が破壊されました。
あったのは城の跡です。
建て直しただけ
墓は建てかえましたが、祭りはしませんでした。
欠けたのは祭ることです。
宮司が来る
三渡八幡宮の宮司がやって来ました。
伝えたのは社の人です。
不満を漏らす
祭りをしてくれないことに加賀守が不満を漏らしているといいます。
求めたのは祭りです。
部落総出の祭り
部落総出で手入れし、菩提寺さんと宮司にも上がってもらってお祭りをしました。
集まったのは集落の者みなです。
加賀守の伝承地域
公的データベースの地域欄は島根県、市郡名の欄は鹿足郡、区町村名の欄は津和野町を示します。
報告の題は霊なるもの石見国鹿足郡日原の民俗で、日原の霊にまつわる話を集めています。
加賀守の正体と考えられているもの
加賀守は、祭りを求めた武将の霊です。
祟る話ではありません。 語られているのは、建て直しただけでは足りなかったことと、宮司を通じて伝わったことです。
墓を直すだけでなく祭ることまでを求める語り方は、各地の武将の墓にあります。
この図鑑には小豆洗い(島根)も収めています。
加賀守が登場する作品
加賀守を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは山陰の民俗誌に載った報告です。
祭りを求める霊の話は各地にあり、多くは社の人や拝み屋を通じて伝えられます。
加賀守が登場する雑誌
山陰民俗
山陰民俗学会が出した雑誌です。1982年の号に日原の民俗が載ります。
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加賀守についてよくある質問
加賀守とは誰ですか。
島根県津和野町の下瀬山城の城主、下瀬加賀守のことです。
何を求めたのですか。
墓を建て直すだけでなく、祭りをすることを求めたと記されています。
誰が伝えたのですか。
三渡八幡宮の宮司がやって来て伝えたといいます。
そのあとどうなりましたか。
部落総出で手入れし、菩提寺と宮司に上がってもらって祭りをしたといいます。
加賀守と併せて覚えたい言葉・用語
城址(じょうし)
城のあった跡のことです。
菩提寺(ぼだいじ)
家の墓を預かる寺のことです。
鹿足郡(かのあしぐん)
島根県の西部にある郡です。
加賀守の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。