大阪府の話。札をつけて放した大亀が再び網にかかり、また放された。以来町に水火の難がない。

亀祭とはどんな妖怪か
亀祭は、放した大亀をまつる祭りです。大阪府の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、著者未詳「浪華百事談」(『日本随筆大成第三期』吉川弘文館、1976年)を典拠に、引用文献を『摂津名所図会』として、例年4月酉の日には、亀祭をすると記します。
始まりが語られます。
元禄年中、5尺余の大亀が来たので人々が憐み、首に大坂鋪屋町と書いた札を結びつけて河口の沖に放ったと続き、後にその亀が地引網にかかった時も、札のおかげで海に放たれた。それからこの町では祭を始めたが、その後水火の難はないというと結ばれます。
この図鑑には白蔵主(大阪)も収めています。
亀祭の漢字表記と読み方
読みは「かめまつり」です。
「酉の日」は、十二支で酉にあたる日のことです。
「五尺余」は、約1.5メートル余りにあたります。
「元禄」は、江戸時代の年号です。
この図鑑には白蔵主(大阪)も収めています。
亀祭(かめまつり)
日文研データベースが示す呼称です。
鋪屋町(しきやちょう)
記録が示す町名です。データベースの区町村名の欄も鋪屋町を示します。
水火の難(すいかのなん)
記録が示す語です。水害と火災のことをいいます。
亀祭の姿と特徴
亀祭の話は、記録に順を追って書かれています。
いつ … 例年4月酉の日。
すること … 亀祭。
始まり … 元禄年中。
来たもの … 5尺余の大亀。
人々のしたこと … 憐んで、首に大坂鋪屋町と書いた札を結びつけて河口の沖に放った。
後に起きたこと … その亀が地引網にかかった。
そのときのこと … 札のおかげで海に放たれた。
そこから … この町では祭を始めた。
その後 … 水火の難はない。
亀祭の伝承記録
四月酉の日
例年4月酉の日には、亀祭をします。
行うのは決まった日です。
五尺余の大亀
元禄年中、5尺余の大亀が来ました。
現れたのは大きな亀です。
札をつけて放す
人々が憐み、首に大坂鋪屋町と書いた札を結びつけて河口の沖に放ちました。
結んだのは町の名です。
再び網に
後にその亀が地引網にかかりました。
かかったのは同じ亀です。
札のおかげ
札のおかげで海に放たれました。
助けたのは結んだ札です。
水火の難なし
それからこの町では祭を始め、その後水火の難はないといいます。
続いているのは祭です。
亀祭の伝承地域
公的データベースの地域欄は大阪府、区町村名の欄は鋪屋町を示します。市郡名の欄は空欄です。
記録は『摂津名所図会』を引用文献に挙げています。
亀祭の正体と考えられているもの
亀祭は、放した大亀をまつる祭りです。
怪しいものの話ではありません。 語られているのは、札をつけて放したことと、再び網にかかったとき札が助けたことです。
海がめを放す習わしは各地の海辺にあり、カメのたたり(千葉)とは向きが逆です。
この図鑑には白蔵主(大阪)も収めています。
亀祭が登場する作品
亀祭を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは江戸期の書と、それを収めた叢書です。
放した亀が戻る話は各地にあり、多くは放した側に良いことが起きる筋になっています。
亀祭が登場する古い書物
浪華百事談
大坂の事どもを集めた江戸期の書です。
摂津名所図会
記録が引用文献に挙げる、摂津の名所を絵入りで記した書です。
亀祭が登場する本
日本随筆大成
吉川弘文館が出した叢書です。浪華百事談を収めています。
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亀祭についてよくある質問
亀祭とは何ですか。
大阪の鋪屋町で、毎年4月の酉の日に行われたという祭りです。
なぜ始まったのですか。
札をつけて放した大亀が再び網にかかり、札のおかげで放されたためだといいます。
亀の大きさは。
5尺余、およそ1.5メートル余りだと記されています。
そのあとどうなりましたか。
その後水火の難はないと記されています。
亀祭と併せて覚えたい言葉・用語
酉の日(とりのひ)
十二支で酉にあたる日のことです。
地引網(じびきあみ)
浜から網を引いて魚を捕る漁のことです。
水火の難(すいかのなん)
水害と火災のことです。
亀祭の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。