千葉県銚子市の話。大きな海がめを食べた船が転覆。生き残りもうわ言を残して死んだ。

カメのたたりとはどんな妖怪か
カメのたたりは、食べた海がめの返しです。千葉県銚子市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、小島孝夫「漁業の近代化と漁撈儀礼の変容」(『日本常民文化紀要』成城大学大学院文学研究科、2003年)を典拠に、引用文献を『銚子の民話(改訂版)』として、明治の終わり頃,利根川口で機械船が一匹の大きな海がめを生け捕りにし,乗組員はそのカメを料理して食べたと記します。
その日のうちに起きました。
その日の作業が終わって船が港に入ろうとすると,海が急に荒れだして舟は転覆してしまったと続き、ただ一人陸にたどり着いた船員は「カメが,大ガメが・・・」といううわ言を残し,腑抜けになって間もなく死んだ。銚子の漁師達はカメの祟りだとして恐れおののいたと結ばれます。
この図鑑には赤えい(千葉)も収めています。
カメのたたりの漢字表記と読み方
読みは「かめのたたり」です。
海がめは海の神の使いとされ、獲っても放すのが習わしでした。
「生け捕り」は、生きたまま捕らえることです。
「うわ言」は、正気を失って口にする言葉です。
この図鑑には赤えい(千葉)も収めています。
カメのたたり(かめのたたり)
日文研データベースが示す呼称です。
機械船(きかいせん)
記録が示す船です。発動機を積んだ漁船をいいます。
腑抜け(ふぬけ)
記録が示す語です。気力を失った状態をいいます。
カメのたたりの姿と特徴
カメのたたりの話は、記録に順を追って書かれています。
いつ … 明治の終わり頃。
どこ … 利根川口。
したこと(一) … 機械船が大きな海がめを生け捕りにした。
したこと(二) … 乗組員はそのカメを料理して食べた。
その日のうちに … 船が港に入ろうとすると海が急に荒れだした。
起きたこと … 舟は転覆した。
生き残り … ただ一人陸にたどり着いた船員。
残した言葉 … 「カメが,大ガメが・・・」。
その後 … 腑抜けになって間もなく死んだ。
カメのたたりの伝承記録
利根川口
明治の終わり頃、利根川口でのことでした。
いたのは川と海の境です。
海がめを捕る
機械船が一匹の大きな海がめを生け捕りにしました。
捕らえたのは大きな亀です。
料理して食べる
乗組員はそのカメを料理して食べました。
したのはその場でです。
海が荒れる
船が港に入ろうとすると海が急に荒れだしました。
変わったのは帰り際です。
舟が転覆
舟は転覆してしまいました。
沈んだのは港の前です。
うわ言
ただ一人たどり着いた船員は「カメが,大ガメが・・・」と残し、腑抜けになって間もなく死にました。
残ったのは言葉だけです。
カメのたたりの伝承地域
公的データベースの地域欄は千葉県、市郡名の欄は銚子市を示します。
記録は『銚子の民話(改訂版)』を引用文献に挙げています。
カメのたたりの正体と考えられているもの
カメのたたりは、食べた海がめの返しです。
姿を見せるものではありません。 語られているのは、その日のうちに海が荒れたことと、生き残りが言葉を残して死んだことです。
海がめを獲ってはいけないという決まりは各地の漁村にあり、海の神の使いとされます。
この図鑑には赤えい(千葉)も収めています。
カメのたたりが登場する作品
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の紀要に引かれた民話です。
海がめを獲ると祟る話は各地の漁村にあり、獲れても放すのが習わしとされてきました。
カメのたたりが登場する雑誌
日本常民文化紀要
成城大学大学院文学研究科が出した紀要です。2003年の23号に載ります。
カメのたたりが登場する本
銚子の民話
記録が引用文献に挙げる、銚子の話を集めた本です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
カメのたたりについてよくある質問
カメのたたりとは何ですか。
千葉県銚子市の話で、大きな海がめを食べた船が転覆したというものです。
いつのことですか。
明治の終わり頃だと記されています。
生き残った人はどうなりましたか。
うわ言を残し、腑抜けになって間もなく死んだといいます。
なぜ亀を獲ってはいけないのですか。
海がめは海の神の使いとされ、獲っても放すのが習わしでした。
カメのたたりと併せて覚えたい言葉・用語
機械船(きかいせん)
発動機を積んだ漁船のことです。
生け捕り(いけどり)
生きたまま捕らえることです。
銚子市(ちょうしし)
千葉県の東端にある市です。
カメのたたりの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。